川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

MGS3ブックレットに書いた宇宙開発ストーリー

2008-06-30 21:07:35 | 雑誌原稿などを公開
松浦晋也さんのこういった本をぱらぱらめくっていたら、かつて、メタルギアソリッド3の初回限定版につけられたブックレットに書いた文章を思い出した。
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ぼくはこういうマニアックなネタは弱いので、ディテールにおいて、間違いはあるかもしれないけれど、「再録」しておきます。



夢はどこだろう?──1960年代の宇宙開発

 1960年代の宇宙開発、特に有人宇宙飛行の分野での到達点は、21世紀のわれわれがいまだに超えることが出来ない高みにある。

 通常、我々は科学技術は常に進歩しており半世紀近く前の技術よりも、今現在の技術の方が優れていると仮定しがちだ。だが、こと有人宇宙飛行の技術については、こういった仮定がかならずしも当てはまらないかもしれない。

 もちろん、ディテールにおいては、現在の技術の方が優れていると言い切れる。例えば情報処理技術は有人宇宙飛行の成功の鍵を握るほど重要だが、現在のディジタル・コンピュータは、60年代後半の未だ黎明期のものとは比べると、もはや「同じもの」とは思えないほどの進歩を遂げている。ロケットエンジンだって、当時は難しかった液体水素・液体酸素の組み合わせでのロケット・エンジン(化学燃料のエンジンとしては理論的には最高の性能を示す)が実現している。

 にもかかわらず、今この瞬間、1961年のケネディ大統領の大号令のように「○○年までに月に人を送り届け、無事に連れかえる」という目標が我々に与えられたとしても、それが実現出来るかというと、はなはだ疑問なのだ。

 巨大なロケットを新たに再設計し、作り上げ、打ち上げる。宇宙船を設計し、作り上げ、運用する。複雑なシステムを統合し、管理し、リスク・マネジメントを徹底する……。

 リクツとしては、やってできないことはないだろう。けれど、出来る気がしない。なにが違うかというと……それは、モチベーションだ。本気度、というか、やる気、というか。

 1960年代のやつらは、限りなく「本気」だった。どうやってその本気スイッチがオンになったかというと……ぼくの考えでは二つの要素がある。

 それは、「敵」と「夢」。

 まず、「敵」について語ろう。
 アメリカ対ソビエト。あるいは、西対東。いわゆる東西冷戦の時代だ。強大な「敵」の存在が、ロケット技術の発展の種を撒いた。いやそれどころか、初期の有人宇宙飛行の成功の決定要因になった、という話。

 有人宇宙飛行を実現したロケット技術は、第二次世界大戦でナチスドイツが開発した、史上初の液体燃料ミサイルV2号(報復兵器2号)だったということになっている。終戦時、アメリカはウェルナー・フォン・ブラウンをはじめとする主要な技術者たちの投降を受け入れ(「おみやげ」はV2号を100機!)、一方、ソビエトはV2号の開発研究および運用が行われていたペーネミュンデの研究所そのものを接収した。つまり、アメリカもソビエトも、スタート地点は同じだった、ということだ。

 アメリカもソビエトも、V2号から得た知見を、当然のごとくミサイル技術として発展させていった。アメリカ側ではのちに「ロケット移民」と呼ばれるようになるフォン・ブラウンのチームが中心になり、ソビエトではセルゲイ・コロリョフを中心とする自国の開発チームが、ドイツから連れてこられた技術者から知識を吸収する形でそれぞれV2号が発展させられていった。

 ミサイル開発により熱心だったのは、ソビエトの方だったらしい。このあたりは通常軍備で劣るが故にそちらに力を注いだということらしいが、とにかく、そのせいで、ソビエトは1957年、史上初の大陸間弾道ミサイル(西側からはSS6と呼ばれた)を完成させることになった。そして、ソビエト政府は、その技術がそのまま宇宙ロケットに転用できることに気づいた。

 大陸間を巨大な核弾頭を載せて飛行するミサイルならば、相対的に軽い人工衛星(スプートニク1号)やライカ犬の入ったカプセル(スプートニク2号)くらい、地球周回軌道に持ち上げることができる。つまり、「ロケット=ミサイル」なのであり、その違いはと言えば「何を載せるのか」ということにすぎない。世に言う「スプートニク・ショック」は、かくして実現された。

 一方、先を越されたアメリカが、どうしたかというと、やはり、既存のミサイルを活用することで「やりかえす」しかなかった。アイゼンハワー大統領の肝煎りのバンガード・ロケットが無惨にも失敗した後で、翌1958年になってやっと、フォン・ブラウンのチームが、エクスプローラー衛星の打ち上げに成功する。この時に使ったジュノー1型ロケットの一段目は、レッドストーンと呼ばれるミサイルだった。とにもかくにも、V2号という出発点から歩き始め、「敵」の存在によって磨き上げた技術によって、有人宇宙飛行への第一歩が、二つの国において、それぞれしるされたのだった。

 ミサイル技術の転用によるロケット開発競争。いよいよ60年代が始まる。

 その前半は、ソビエトが先んじ、アメリカが追うというスタイルが常態だった。
 これにははっきりした理由があって、つまり、当時、ミサイル技術においてソビエトがアメリカを圧倒していたからだ。エクスプローラーを打ち上げたレッドストーンは、大陸間を飛ぶことなどほど遠い射程300キロ程度の短距離ミサイルだった。搭載したエクスプローラーの重量もわずか14キロほどで、84キログラムのスプートニク1号や508キロのスプートニク2号に比べると、なんとも貧弱だった。この時点での二国のロケット技術の差は、まさにミサイル技術の差そのものだった。

 スプートニク・ショックに続く、もうひとつの事件が1961年4月に起きる。ソビエトは、二段式のSS-6の上にさらに三段目を取り付けたヴォストーク・ロケットを開発し、人類初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの周回飛行をあっさり成功させてしまったのだ。このインパクトはある意味でスプートニク以上のものがあり、当時のアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディをして、「1960年代が終わる前に人間を月に送り届け、無事に連れ戻す」と目標設定させるに至った。

 とはいっても、すぐにアメリカが有人宇宙飛行を成功させられるわけでもなく、レッドストーンやアトラスなど液体燃料ミサイルをあれやこれやと試しつつ、なんとか有人弾道飛行に成功したのがガガーリンの周回飛行の翌月。周回飛行にいたっては62年2月まで待たなければならなかった。

 アメリカはこの後、タイタン、デルタといった弾道ミサイルを次々とロケットに転用していくのだけれど(これらはその後長い間、アメリカの主力使い捨てロケットとして使われ続けることになる)、先を行くソビエトとの距離は詰まったかと思えばまた突き放され、せいぜい肩を並べたところまでで精一杯、という時代か続いた。

 ざっと年表などで確認してみると、ソビエトによる「初」の成功事例は、有人宇宙飛行関連だけでも、テレシコワによる女性の宇宙飛行(63年6月)、ウォスホート1号での複座式宇宙船(3人乗り)の成功(64年10月)、レオーノフによる宇宙遊泳(65年3月)などなどがあり、アメリカ側はすべて「後追い」だ。大陸間弾道ミサイルを先んじてロケットに転用したソビエトの「スタートダッシュ」が60年代前半だったといえる。

 さて、最初に挙げた「夢」はどこにいったのか、という話に当然、なる。

 それは、60年代後半に突如、はっきりと形を取る(とぼくは信じる)。
「敵」の存在により、ミサイル技術として発展されられたロケット技術が、この時点で、純粋宇宙開発技術になっていく。それがアポロ計画であり、要となったサターン・ロケットだ。

 ちなみに、1964年生まれのぼくは、1960年代の宇宙開発競争の記憶をリアルタイムのものとしては持っていない。それは、最初からひとつの完結した物語としてぼくの前にあった。最後はアポロの輝かしい成功に終わる「夢」のような物語であり、つまりはぼくの世代の子供たちの「将来の夢」を軒並み「宇宙飛行士」にさせた、宇宙的サクセスストーリーなのだった。

 こういうことは後から再構成された物語であり、60年代の宇宙開発競争の時代を生きた人たちにとって(特に当事国の人々にとって)は、もっと生々しく「夢だけでは語れない」ものだったに違いない。

 にもかかわらず、60年代後半の「月へ向かって一直線」といった勢いには、「敵」がどうしたとか、「国威発揚」といった要素を超えて、人々をモチベートした「宇宙への夢」をぼくは感じざるを得ない。

 それが証拠に、フォン・ブラウンだって、何十年もミサイルを開発し続けながら、夢はロケットだったと公言してはばからなかったし(評伝にも書いてある)、ソビエト側の立役者であるセルゲイ・コロリョフにしても、最初の大陸間弾道ミサイルの開発段階から、すでにロケットへの転用を夢想していた、という。いや、そもそも、宇宙ロケットよりもミサイルを作りたくてその道にはいった技術者なんてきわめて少数派だろう。

 宇宙開発はとにかくカネがかかるがゆえに、「敵」の存在によって活性化された軍事技術からの転用としてのみ、これまで実現されてきた。ところが、60年代後半において、少なくともアメリカという国では、ハードウェア、ソフトウェアの両面で軍事から独立した宇宙開発がありえた。その時、国威発揚や、冷戦下の安全保障と同じくらい大きな声で、人々は「夢」を語り、それを力にすることができた。一方、ソビエトにはそれがなかった。結果、アメリカ人たちは、彼らの歴史の中でも一番大きなアメリカン・ドリームを手に入れた。

 そんなことが実現できたのは、古今東西を俯瞰しても、この時代のアメリカ合衆国だけであり、「敵」と「夢」が絶妙にブレンドした、60年代の真骨頂なのだとぼくは感じている。

 最後に、メタルギアソリッド3にも少し関係するトリビア。

 1962年のキューバ危機の際に、ソビエトがキューバに配備しようとした中距離ミサイル、通称「SS-4(サンダル)」は、ソビエト側ではV-5Vと呼ばれる、いわばV2号の直接的な後継ラインだった。これはライカ犬やガガーリンを打ち上げたSS-6や、エクスプローラーを打ち上げたレッドストーン、果てはサターンロケットにいたるまでの、一連のミサイル/ロケットの進化の中で、きわめて正統的な位置を占めるものでもある。

 つまり、すべてのミサイルがそうであるように、あのミサイルも「きわめてロケット」だったのです。

 夢、感じますか?


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速く、強く、美しい、正しい勝利

2008-06-30 11:26:02 | サッカーとか、スポーツ一般
R0018094写真は根津神社。サッカーとは関係ありません(神職さんが、ユーロの観戦に熱中するあまり、蹴鞠をはじめた、とか、そういうことはありませんでした)。

で、ユーロ2008の決勝戦。素晴らしかった。
美しく、確信に満ちたサッカーをしたチームが優勝をしたってことに興奮。

美しいパス回しと、あきらめないど根性。
ぜーんぶ持っている者が勝つのね。
こんなに「正当」な優勝って、サッカーでは珍しい。
個人的MVP。マルコス・セナ。あるいはカシージャス。
得点こそ少なかったけれど、存在感をみせつけたトーレスもすばらしかった。
あと、セスクのプレーを今大会ではじめて見たけれど、非常に印象的だった。

ほかのチームに広げて印象にのこったことといえば、ロシア、かなあ。
FWのアルシャーヒンなんかは、これから欧州中央リーグで活躍するのでしょう。


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雨に煙る

2008-06-29 21:07:31 | 日々のわざ
R0018107東大農学部のちょっと先にある根津神社にて。
年少の義理のいとこの結婚式。
雨だったけれど、緑が瑞々しくて、なんともまあ素敵な雰囲気に。
考えてみれば、久々の結婚式。なんかいいかんじ、でした。
実は来週は、ニシウラさんの結婚式におよばれしてる。
とても楽しみナリ。中澤君にもそこで会うのだろうか。


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文庫版解説のことなど

2008-06-28 21:03:39 | 自分の書いたもの
R0018034あまり顔が広いわけでもないので、「文庫版解説」などどいうものに時々苦労する。8月にでる二冊の文庫「みんないっしょにバギーに乗って」と「ニコチアナ」で、さて、誰に書いてもらおうか……と思案した結果。前者は、永井美奈子さん、後者は松浦晋也さんということになった。
永井さんは、日本テレビの元同僚で、子育ての「同期」にして同志みたいなとこがあって、本当に快く引き受けてくださった。感謝感謝。実は草稿をみせてもらったのですが、素敵な解説です。楽しみにしててください。

一方松浦さんは、宇宙つながりの関係なのだけれど、著者が想定してがんばって書いた「読み筋」をさらに深めて読んでくださった方。すごく解説が難しい作品だけに、だれに頼むか慎重に考えていて、最後の最後に、そうだ松浦さんがいた!と思った訳です。だから、発注が遅くなってしまってすみません、なのだけれど。

ちなみに、「ニコチアナ」の文庫版は、かなり手を入れて読みやすくしました。リーダビリティが上がるかわり、情報密度は薄くなっています。単行本版と見比べるなんてマニアックなことをする方がいたら、違いを楽しんでくださいませ。

永井さんの本はこちら。
永井美奈子のベランダでワイン永井美奈子のベランダでワイン
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:1999-11

この頃は優雅な雰囲気を漂わせる「ワインのある暮らし」なのだけれど、その後に続く、「子育てによって開かれる世界」は、また、別の次元のお話。いつか、永井さんと、子育て系の仕事をしたいなあと野望を持っております。

一方、松浦さんの代表作は、ぼくとしてはごきふたつ。
スペースシャトルの落日~失われた24年間の真実~スペースシャトルの落日~失われた24年間の真実~
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2005-05-12
恐るべき旅路 新版―火星探査機「のぞみ」のたどった12年恐るべき旅路 新版―火星探査機「のぞみ」のたどった12年
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発売日:2007-10

前者については、こういうレヴューを書いたことがある。
オススメ。
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小笹で満腹

2008-06-27 21:18:28 | 日々のわざ
R0017987_2何週間か前に、しのぶんが上京して、アオキさんと会うというので、寿司屋ディナーに乱入。
知る人ぞ知る名店、小笹(神泉の方じゃなくて、下北沢)。
ちなみに、このペンギンは近所の雑貨屋さんなんですが、特に関係ないです。
で、小笹は貝類が豊富でおいしかった。それとその日は、真鯛がとてもいいかんじに熟成していて、鮨っ発酵食品!と思いました。

ちなみに、山口瞳さんのこの本にも、小笹が出てる。
行きつけの店 (新潮文庫)行きつけの店 (新潮文庫)
価格:¥ 700(税込)
発売日:1999-12

先代の頃の話だけれど、ここのアナゴには宇宙を感じるなんて書かれている訳ですよ。
宇宙を感じる寿司屋がでてくる小説を書いている途中のぼくとしては、行くしかないでしょ。
というのでもありました。

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スタジアムに轟く雷鳴

2008-06-27 07:36:15 | サッカーとか、スポーツ一般
Img_1946これは何年か前に言ったマドリッドの、アトレティコの練習場。まだ、フェルナンド・トーレスがいて(今よりずっと線の細い若者で)、日本人のおねえさんんがキャーキャーさわいでたっけ。この中にいると言うのだけれど、本当? ぼくにはわかりませんでした。

さてさて、ロシア戦は本当にすごかった!
しかし、ロシアはあのオランダ戦が嘘みたいな試合だったなあ。アルシャーヒンなんて最後の方で一回惜しいヘッドかました以外では、完全に「消えて」いた。中継の中でスーパーで名前がでることも一度もなかった。

たった数日で、相手が変わっただけで、こんなにも変わってしまうもの?あれだけダイナックなサッカーをみせてくれていたのに。
で、スペイン。これだけ楽しいパスサッカーを見せられると、満腹で、満腹で、もうどうでもいいやって気になってくる。狭いとこをズバズバ通すこういうのって、通用するんだなあ。決勝のドイツとはどううかなあ。こうやって攻めて攻めて、ふとした隙をズバッと決められちゃうなんて、ダメだよ、と既に次のことを考えて、妄想中。

解説が岡ちゃん(一度対談しただけでダチ扱い……)だったのだけれど、スタジオの宮沢ミシェルとのマニアックな掛け合いが消化不良気味。もっとやればいいのに。

印象に残ったのは、スペイン代表が仲がいいってことね。
今大会に関してはサポーターも、普段のわだかまりを超えてチームを応援しているそうな(実況のアナウンサーが言っていた)。

バスク出身のジァビ・アロンソだって中心選手だしね。

フランス代表の絶頂期が、緊張関係にあった「多民族・多人種」の宥和の象徴だったように、スペイン代表もナショナルアイデンティティを担う存在になるのでしょうか。
そうなったら……、もっと強くなるような気もするのだよね。
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トルコ行進曲、止まる。

2008-06-26 08:10:21 | サッカーとか、スポーツ一般
R0018017ええと、このチームはどこかのチームとよく似てる。
テクニックはまずまず、ボールも回るし、ペナルティエリアの近傍までのボール運びには問題なし。どことなく集中力を欠いたドイツ代表を相手に、まずまずの戦いぶりをみせる。
でも、ツメが甘い。最後のところでの果敢さ、アイデアの欠如。いや、アイデアの問題ではなくて(アイデアでゴールが決まればさぞ楽であろう)、なにかその危険臭がしないのだ。
あ、これ、どこぞの国の代表チームみたいでしょう。

なのに、くらいつく。
これって、なにかの神通力ですか? なんて思うくらいの決まり方。
決して「ファイン」ゴールではないし、いくつかの幸運が重なった上で「個」の瞬間的なきらめきが決めたってかんじのゴール。
ジーコがいた頃の日本代表にも、そんなことよくありませんでしたか。

最後はラームでしたね。
あれはきちんと崩しきった上でのファインゴール。
直前の失点につながる守備のミスを帳消しにしたね。
それにしても、サイドバックってポジションは大変だなあ……と思いました。あれ、過酷すぎるって。

ちなみに「トルコ」関連で、ぼくが好きなのはこの本だ。
村田エフェンディ滞土録 (角川文庫 な 48-1)村田エフェンディ滞土録 (角川文庫 な 48-1)
価格:¥ 500(税込)
発売日:2007-05

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最初の記憶

2008-06-25 19:11:38 | 雑誌原稿などを公開
R0018055たぶん、ずいぶん前に何か雑誌に書いたエッセイ。「最初の記憶」というタイトル。
短いですが、ご賞味のほど。

*********************
 最初の記憶
 
 夏の日、祖母の家の庭。水を張った盥に、魚の形の菓子をいくつも浮かべた。水をかき回すと、菓子の魚が渦に飲み込まれる。ぼくは菓子が本物の魚のようにやがて泳ぎ出すと信じ、じっと見つめる。
 
 これをずっと「最初の記憶」だと思っていた。ところが、それがかなり怪しいのだ。古いアルバムには、このシーンを撮影した白黒写真が張ってある。父母から、その時の様子を聞かされたこともある。とすると、この記憶は、写真や父母の話から後になって再構成したものではないか。
 
 身近な人たちに聞いてみても、こういう「再構成派」はいる。ぼくのつれあいの場合は傑作で、「お腹の中から、母親がオルガンをひく姿を見たのが最初の記憶」と思っていたそうだ。
 
 人は何故そのように「最初の記憶」を求めるのだろう。たぶん、不安だから、ではないか。自分がどこから来たのか知りたいという欲求は誰にもある。それが切実だった子供の頃、ぼくは利用できる様々な材料を駆使して、あのしあわせな夏の日の「記憶」を作り上げた。今、それが本物の記憶ではないことを確信し、ちょっと寂しくもある。幼年期を「損した」気分。
 
 今、2歳の息子がいる。彼を見ながら思うのは、直接の記憶が残らないとして、逆に彼は、どういったことをこの時期に心の中に取り込むのだろう。先日、緑豊かな近所の公園に遊びに行った時、ひとつの答えを見つけた。緑が見えたとたん彼は歓声をあげた。足下に蟻を見つけ、顔を地面につけるようにして追いかける。父親であるぼくと一緒に──つまり、そういうことなのだ。
 
 緑の中で、楽しい気持ち、大地に足を踏みしめて立つ感覚を、ぼくはその時抱いていた。これは「記憶」にはない幼年期に形作られた情動。そして同じ時空を共有した息子は、やがてこの「記憶」を昇華して、この世界とのつき合い方、感受性のありようを決めていく。そんな気がしたのだ。
 
 ぼくにとって最初の記憶は、ある特定の出来事ではない。自分が世界の中にあるという感覚、情動そのものに違いない。そんなふうに考えたらストンと腑に落ちた。ぼくは損なんてしていない。


*****************
追記@2008



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転落系、ほのぼの系

2008-06-25 14:05:42 | 日々のわざ
R0018049R0018051きょうもがんばるピクトさん。転落系とほのぼの系。
ピクトさんって、ほぼかならず、首が切れているんですね。
ほのぼのがいいなあ……。

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スルーパスの意味、聖なる者としてのキーパー対決

2008-06-23 07:55:40 | サッカーとか、スポーツ一般
R0017597なんて重苦しい試合!
前半は両者とも慎重でリスクをテイクしようとしない。トレーレスとジャビにはうならされたけれど、なんといっても見所は「守備ブロック」。攻められた時のイタリア自陣のなんと美しく均整のとれたディフェンス。理屈以前にカタチが美しい。それが、スペイン側にまで伝染して、重苦しくも美しいディフェンス対決となる。

ディフェンスで対決していても勝敗がつくわけがないし、実際にPK戦になってしまったわけだけれど、後半の後半(?)くらいから、「スルーパス」という言葉の意味を久しぶりに思い出した。

狭いところをずばっずばっと通す快感というのはやっぱり素晴らしい。それをイタリアのディフェンス相手にやってしまうわけだから、本当に技術の高い人たちなのだけれど、それでも攻めきれないのね……。
あ、心情的にスペインびいきになっています。

いずれにしてもPK戦ってのはいつみても胸がつぶれる。
解説で、カシージャスのことをサン(聖)カシージャスと呼ぶメディアのことを言っていたけれど、キーパーってこういう時、聖性を帯びて見えるのは本当だと思う。

決勝はドイツ・スペインか、ロシア・トルコにしてほしい、と思う。
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内田の冗談みたいなゴールをみたあとで、温暖化について考える

2008-06-22 21:32:54 | 日々のわざ
バーレーン戦の後半45分、ぎこちないパワープレーの中で、内田がふんわりあげた「放り込み」のキックが、ワンバウンドしてゴールに吸い込まれた後、たまたま温暖化議論と温暖化懐疑論について盛り上がっているMLをフォローする。

温暖化論争の歴史で論文を書こうと思ったことがあるけれど文献が膨大すぎて諦めた科学史の大学院生が紹介してくれたウェブページ。

「地球温暖化問題懐疑論へのコメントVer.2.31」

また、本を二冊。購入。

地球温暖化―埋まってきたジグソーパズル (シリーズ・地球と人間の環境を考える)地球温暖化―埋まってきたジグソーパズル (シリーズ・地球と人間の環境を考える)
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2003-01

地球温暖化論のウソとワナ地球温暖化論のウソとワナ
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2008-04-26



お勉強。です。

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我、ロッベンも見ず

2008-06-22 11:50:34 | サッカーとか、スポーツ一般
R0017943カイザースウラテルンでこてんぱんにやられた時のこと思い出した。帰り道、というか、帰りの電車で、なんともいえない脱力感にとらわれて、宿をとってあったボーフム(小野伸二が今いるところ)についた頃には、なんだか死にそうだった。
きっと、きょうのロシア戦でスタジアムにいたオランダの人たちもそんな気分なんじゃないだろうかなあ。
なんて比較の対象ではない?

すばらしい試合だったと思う。
ロシアにとって。ため息がでちゃう。
勝利に値する戦いぶり。オランダに対して攻めきっちゃうんだもの。

ボールポゼッションはオランダ。
でも、攻めきれない。
スナイデルがミドルシュートを連発するけれど、惜しい、ってのはほとんどなし。
シュート数だけみると、一見オランダが圧倒的に押しているのだけれど、ほとんどがミドル。枠内の数だけなら、ロシアの方が倍以上だったっけ。

攻められつつのカウンター攻撃というのはちょっと違う。
それだと4年前のギリシアみたいなチームということになってしまう。
4年前のギリシアは、ほんとどの時間攻め込まれていたけれど、それでも、カウンターでは中盤より前が全員で波状攻撃をかけてゴールを陥れた。

でも、ロシアは、常にラインを保とうとするし、ゴール前でもミドルシュートしか打たせなかった。当然、その前あたりでボールを奪い変えすことが多くて、より攻撃的に見えた。

ほんとんどが、ロシアリーグの選手だというけれと、アルシャービン、パブリュチェンコ、ジルコフ、トルビンスキといったあたりは、移籍マーケットできっと大きなリーグからオファーがくるだろうなあ。すごい攻撃のタレントだ。
この日オランダがほとんどできなかった、サイドアタッカーがゴールラインまでつっかけての折り返しパスなんて、何度も何度も演出していた。

ロッベンが出たら変わったかな。
そんなことを思いつつも、これはロシアの正当な勝利です。

決勝戦、ロシア対トルコだったら、どうする?

追記
この試合のロシアは本当に印象的だった。
前回の大会で、大物食いで優勝したギリシアは、ひたすら守って、一発全員カウンターで点を取るというコンセプトだったと思うのだけれど、ロシアは似ているとはいえかなり違う。
非常にスペクタクルで、この日に限ってはオランダのサッカーより楽しかった。
どこがどう違うのかってのをもう一度みて検証してみたい気分になる。
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我、ロナウドを見ず

2008-06-20 08:32:27 | サッカーとか、スポーツ一般
R0018013あーあ。無情であり、無常であり。ドイツ代表が勝つのは「常」だって?
ガツガツ強烈なプレスにいかなくて、ある程度パスをまわされても、それがむしろいいふうにまわさせている、というふうに見えるのは、「ほうりこまれても真ん中のブロックを固めておけば大丈夫」という自信ゆえとみた。
本当に残念。
ロナウドの大会と言われてたらしいし、実際にそれに近い輝きを放とうとしていた矢先だ。
でも、プレッシャーの大きなこの試合(事実上の決勝戦とはいいすぎ?)で、充分に動けなかったよね。切れ込んでのシュートがこぼれて、結局ヌノ・ゴメスが決めた一点目は「アシスト」なのだろうけど、後半、真ん中に張った時にはもう窮屈そうでみてらんなかった。

ナニがサイドで3人もの囲みを引き裂いて、クロスをあげて、それをポスティガが頭で押しこんだ2点目をみてると、それはそれでめちゃくちゃ素晴らしいプレーだったのだけれど、そこでロナウドなら何をしたか、とつい考えてしまうのでした。

ちなみに、ドイツ……なんだか吹っ切れたかんじで元気そう。
シュバインシュタイガーも、ラームも、ポドルスキも活き活きしてました。
あと、うとうとしてておぼえてないんだけど、すごいロングシュート、あれだれだったのだろう。守備的中盤の選手。
それで、中だるみの時、目が覚めた。
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迷いのこと、第三種のこと、いろいろ

2008-06-18 20:59:26 | ひとが書いたもの
ソニーが子ども向けのCSRブックとしてだした「未来を生きる君たちへ」に、キーノート的な文章を書いた。かれこれ半年くらい前の話。

で、つい最近、こういう本を、この本にかかわったFJNさんからご恵贈いただいた。
「子供の森」計画―親子で読む環境問題
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2008-05


なにかすごく共通項があるなあと考えていたら、それは「迷い」なのだった。


『「子供の森」計画―親子で読む環境問題』は、地球温暖化に対して、どんなことが出来るか、子どもたちにむけて説き起こす本。

実は地球温暖化については、ある程度決着はついたとはいえまだ「どれくらい温暖化するのか」「本当に温暖化するのか」問題は残っているわけだし、また、実際に提案されている様々な対策だって決定打となるようなものは今のところない。「寒くなるよりも、温暖になる方が害は少ない」などというロンボルク本の主張は、ある意味で正しい。

けれど、やっぱり、どかーんと温暖化したり、海水面がぐーんとあがったりすると困る訳で、対策どうするよ。というのは、大人たちの間でも、それこそ「温度差」があるし、それを子どもに伝えるとなると、非常に難しい。

エコキッズを量産して、次世代に託す、みたいな発想で危機感をあおっても、「エコフォビア」(怖い環境問題から、目をそらしたり、無力感にとらわれたりする現象)を誘発したりするのはこまったものだし、だから、子どもに伝えるには、バランスのよい現状認識への目配りと、「今できること」がセットで語られなきゃというのが、ぼくの持論。

ぼくの「オランウータンを森に返す日」は、ぼくにとっては失敗作で(自分で読んでもアパシーにとらわれる)、「サボテン島のペンギン会議」はその点に考慮した作品。

で、閑話休題で、『「子供の森」計画―親子で読む環境問題』はその条件を満たしている本であった。「疑問を抱きながら、今できることを」というのが根幹のメッセージと読んだ。

疑問は常に持っていろ。行動しつつ、考えろ。というのは、「それしかない」んじゃないかというほどの「いまできること」だと感じる。

セヴァン・スズキの本と、ロンボルク本が、同時に参考文献に載っている。
そういう立ち位置で書かれないと、子どもに向ける意味がないとすら感じる。

で、この勢いで、また、「疑似科学入門」を読んだ続きもあって、こういった本を二冊続けて読む。
環境問題のウソ (ちくまプリマー新書)環境問題のウソ (ちくまプリマー新書)
価格:¥ 798(税込)
発売日:2006-02

環境問題の杞憂 (新潮新書)環境問題の杞憂 (新潮新書)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2006-11-16

両者とも、不確かな情報や仮説に基づいた環境問題の暴走について警鐘をならすタイプの本。ロンボルク本との親和性が高い。いずれも、環境を守れといっても無限のコストをかけるわけにはいかず、どこかで妥当のポイントを探さないといかん、ということを根幹に述べるのも共通。

前者は、温暖化に唾をつけて、ダイオキシンを嗤い、みずからの専門分野の生物学方面では、外来種問題を斬る。圏央道の高尾山トンネル・ジャンクションについての批判と、希少な昆虫は天然記念物にするのはアナクロニズムだと看破するあたりおもしろい。
ただ、勢いよく断定しまくる語調に、池内了さんがいう「第三種疑似科学」的な部分も入り交じるように感じる。このあたり、線を引くのは不可能だろう。

後者は、温暖化についてはリアリティをもって受け入れており、コストとベネフィットをきちんと評価することをとても強く言っている。ダイオキシンについて語られるのも同様。
おしむらくは、疫学の記述におやっと思わされるところがある。曝露が暴露になっていたり、日本の公害病の歴史を概観するところで、疫学的な因果関係についてナイーヴな言い回しをしていたり。それでも、前者よりも、人に勧めたい気分になるのはなぜか……と考えると、「歯切れが悪い」から。

行動しつつ迷い続けること、というのは常に必要で、ぼくは池田さんの本には、しばしば大きく頷きながらも、その断定度にはぴぴんと危険を感じる。

まあ、そんな迷いの話。

以下、言及された本としては……

オランウータンに森を返す日 (旺文社ジュニア・ノンフィクション)オランウータンに森を返す日 (旺文社ジュニア・ノンフィクション)
価格:¥ 1,300(税込)
発売日:2000-04

サボテン島のペンギン会議 (人と“こころ”のシリーズ)サボテン島のペンギン会議 (人と“こころ”のシリーズ)
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2002-09

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態
価格:¥ 4,725(税込)
発売日:2003-06-27

あなたが世界を変える日―12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチあなたが世界を変える日―12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:2003-07

疑似科学入門 (岩波新書 新赤版 1131)疑似科学入門 (岩波新書 新赤版 1131)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2008-04

コメント (4)
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この痛みはなんだ……

2008-06-18 07:24:37 | サッカーとか、スポーツ一般
わくわく感とともにフランスとイタリアの試合をみはじめて、最初の最初の時間帯はそのわくわく感がどんどん高揚して……。
それそのはず、崖っぷち対決だし、「点をとらにゃぃかん」時のイタリア代表というのは、本当にみたいチームのひとつだし、実際に互いにプレスをかけあうなかでダイレクトプレイが続く素敵な展開だし。
あー、それがなんだ、リベリがいなくなってしまうなんて……。
いまだ報道はないけれど、大きな故障につながらなければいいと祈るばかり。


アビダルのレッドカードでのPK&退場で10人になってしまってから、「このまんまでいいんじゃない?」的な試合運びになってしまって、打ち合いの楽しさがなくなっちゃいましたね。
ほんと、あのレッドカードはいらんかった。リベリのかわりに出たナスリもまともにプレーする時間もないままに最交替せざるをえなくなるし、いいとこなし。欧州リーグにうといので、ナスリの「ジダン似」なところなんて未体験なわけですよ。youtubeでみるピンポイントなプレー以外は。もっと見たかった……。

それ以上にリベリの存在感かがいかなるものかわかったです。
ドイツワールドカップの時は「使いっ走り」的に走り回っていたけれど,今は本当の意味での中心選手ね。
ジダンがいないチームが、「あの頃」以上になれる可能性は、リベリのモダンなプレイスタイルと直結していたのだなあ、と。

ああ、なんか、試合巧者のイタリア、最低。
準々決勝、ピルロが出られないみたいだけれど、トーナメントになれば、守りきってきっと上行っちゃうんだよ、きっと。このチーム。

というわけで、後半なんて「裏」のオランダ・ルーマニアに浮気しながら、みてました。
オランダは半Bチーム構成ながらロッベンは出てるし、人が変わってても楽しいサッカーはあいかわらず。

ファン・ペルシが、ファン・ニステルローイ的な、万能型フォワードに熟成しつつあるのを実感。
ほんと「たま」にしかみないから、親戚の子が大きくなったのにびっくりするみたいな感覚。


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