【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

トルストイ『3びきのくま』(絵:バスネツォフ、訳:おがさわらとよき)

2011-02-19 00:03:00 | 詩/絵本/童話/児童文学

            3びきのくま (世界傑作絵本シリーズ―ロシアの絵本)
 有名な文豪、トルストイが書いた童話です。こどものために買ったこの絵本。もう数十年前なのに、いまだに出版されているようです。子どもの絵本は、できがよいと息が長く、世の中にでています。

 森のなかでひとりで遊びにいっているうちに迷子になってしまった女の子。気がつくと、小さな家がありました。家のなかには誰もいず、女の子はなかに入りました。

 この家は3匹のくまの家で、お父さんがミハイル・イワノヴッチ、おかあさんがスターシャ・ペトローブナ、子どもはミシュートカといいました。

 女の子が家に入ると食堂があり、寝室がありました。食堂には3びきのスープの入ったおわんとスプーンがならんでいました。女の子はそれぞれを試しに食べてみますが、一番小さい、ミシュートカのがおいしいと思います。

 椅子がやはり3つあって、女の子はお父さん用のから順にすわりますが、ミシュートカのが一番体にあいます。シーソーのように漕いでいるうちに、こわれてしまいました。

 寝室にいくと3つのベッド。小さいミシュートカのベッドが一番いねごこちがいいように感じました。そのうち女の子はすやすやと眠ってしまいます。

 そこに3匹が散歩から帰ってきました。さあ、大変。このお話の最後は、みなさん覚えていますか??

 いかにもロシアの人が描いた暖かいぬくもりのある絵です。


『モチモチの木』(文:斎藤隆介、滝平二郎:絵)岩崎書店、1971年

2011-02-18 00:11:31 | 詩/絵本/童話/児童文学
                
            
 5歳の少年の豆太は、じいさまとふたりくらし。そして臆病もの。夜中にひとりで、せっちんにいけない。せっちんは外にあるし、大きなモチモチの木がつったていて、髪の毛をバサバサとふるって脅かすからです。それで、いつもじいさまを起こしてついてきてもらう。

 モチモチの木というのは、豆太がつけた名前です。この木は秋になると実をつけ、落ちたその実をじいさまがあつめて石臼でひきます。こなにしてもちをつくって、ふかして食べるのです。それはおいしいもちです。

 その晩は、そのモチモチの木にひがともる日でした。霜月20日の晩でした。山の神のおまつりで、勇気のある子どもだけがみれるのです。

 ところが、その晩、じいさまが腹痛をおこして、苦しがっています。豆太は夜道がこわいのも忘れ、ふもとの村にお医者さんを呼びにいきます。大好きなじいさまに何かがあっては大変です。豆太はねまきのまま、なきながら、走りました。しもが足にからみついて血がでてきました。

 お医者は豆太を背負って、じいさまの家へ。その時、豆太は家の前のモチモチの木がひかっているのをみました。お医者は教えます「あれは、トチの木のうしろに付が出て、そこに雪がふっているのでひかってみえるのだよ」と。

 じいさまの腹イタはなおりました。じいさまは豆太が一人前になった、臆病ものでなくなったと喜びます。

 このあと、豆太はどうなたのでしょう・・・・。

 こどもと一緒に何度も読んだ絵本の一冊です。

いわむらかずお『14ひきのあさごはん』童心社、1983年

2011-02-17 00:00:02 | 詩/絵本/童話/児童文学

             14ひきのあさごはん

 ねずみの一家。おじいさん、おばあさん、お父さんとお母さんとこどもたち。子どもは10ぴき。

 起床から、朝食につくまでが、ストーリーになっています。

 おじいさんが起き、ついでおばあさん、おかあさん。他はまだ、寝ています。朝の一番しあわせな眠りからまださめません。行儀もいろいろ。体をまるめている子もいれば、ベットからころげおちている子も。みなそれぞれです。

 そのうち全員、起床。顔をあらって、体操をして、のいちごをつみにいきます。のいちごのある森にはいろいろな昆虫が・・・。そして植物が・・・。

 おばあさんとお母さんは、残ってパンを焼きます。

 この絵本も画がすばらしく、いきいきしています。みな、個性的な動きをしています。こどもたちは、この本をつうじて家庭の味わいを知ることでしょう。でも、よく考えてみると、描かれた画は日本の家庭の原風景のようでありながら
、いまでは失われた風景でもあるようです。

 


北欧民話『三びきのやぎのがらがらどん』(絵:マーシャ・ブラウン、訳:せたていじ)福音館書店

2011-02-15 00:12:19 | 詩/絵本/童話/児童文学

            三びきのやぎのがらがらどん―ノルウェーの昔話 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

 北欧民話です。いまは30歳をこえた子どもが小さい頃、何度もよんで、よんで、とせがまれた本の一冊です。

 話の内容は、ぜんぶ「がらがらどん」という名前の三匹のやぎが、くさばで太ろうと山にのぼっていくことにしたのですが、そこへ行くには深い谷にかかったはしをわたらなければならず、おまけにはしの下には恐ろしい「トロル」という怪物(?)がいるのでした。ぐりぐり目だまで、ひかきぼうのような鼻をもったトロルです。はしをわたるのには決死の想いでのぞまなければなりません。

 やぎは小さい順にはしをわたります。トロルに脅かされます。「たべちゃうぞー」と。そのたびに、やぎは後からもっと太ったおおきいやぎが来るから見逃してくれと、いいわけをします。

 一番大きな3匹目がはしをわたろうとすると、ふたたびトロルが登場して、威嚇します。このやぎはトロルをおそれず、逆に戦いをいどみます。さて、この結末は・・・・。

 昨日の、「てぶくろ」もそうですが、この本も絵本なので絵をたのしめます。日本人とはちょっと感覚の違う絵ですね。めくられる絵は紙芝居のようであり、文章がそれにくっついているのです。

 ある保育園でそだった子は、この本が怖くて怖くて、保母さんが読むたびに耳をふさいでいたとか。子どもの反応はいろいろです。


 手もとにあるのは33刷で1978年版。初版は1965年です。この本は現在もまだ出版されているようで、長く子どもたちの支持をえている息のながいベストセラーです。


ウクライナ民話『てぶくろ』(絵:エウゲニー・M・ラチョフ、訳:うちだりさこ)福音館書店

2011-02-14 00:19:54 | 詩/絵本/童話/児童文学

              てぶくろ―ウクライナ民話 (世界傑作絵本シリーズ―ロシアの絵本)

 少し大判のこの絵本。画像のように楽しそうな装丁です。

 おはなしは、おじいさんが森を散歩して手袋をおとし、それにねずみ、かえる、うさぎ、きつね、おおかみ、いのしし、くまが入ってしまうというものです。

 全体が15ページしかなく、1ページごとに、手袋に入る動物が増えていきます。絵本ですから絵が主で、小さな手袋が動物がいっぴきづつ入るごとに膨らんで、手袋にはだんだん梯子がついたり、小屋のようになり、一軒家のような構造になっていきます。

 森にはこんなにたくさん動物がいて、季節はどうやら冬のようで、みんなが寒いので身をよせあって、おおかみ、いのしし、くまなどの恐そうな動物も一緒になっているというところが面白いです。

 これを読み進む小さな子どもたちは森の奥深さに想像力を働かせ、動物たちが仲良くよりそっていることに親しみを感じるかもしれません。そして、この手袋をおとしたおじいさんってどんな人? と思うかもしれません。

 ところで、この絵本の最後は、このままではなく、意外なことがおこります。この結末は、絵本をひらいてたしかめてください。


 


五味太郎「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ」偕成社

2010-11-23 00:28:17 | 詩/絵本/童話/児童文学

                               
  こどもは歯医者がきらいです(おとなもそうですが・・・)。歯をけずられたり、消毒されたり、虫歯をつつかれたり、抜かれたり。そのための器具がならんでいますが、不気味にみえます。

 この絵本はこどものそのこころをつかんで、虫歯で歯医者に行きたくないワニと、ワニを治療しなければならないのにワニが怖い歯医者さんの微妙な心理を題材にしたもの。

 歯医者さんとワニとの思いが全く同じで、シンクロしているのがユニークです。両者が出会って、両者とも「どきっ」。両者とも「どうしよう・・・」「こわいなあ・・・・」「でも がんばるぞ」「かくごは できた」。

 両者は格闘するようにして、治療はやっと終わります。「だから はみがき はみがき」というわけです。

  小さなこどもにはインパクトがおおきいだろう、と想像できます。

  五味太郎さんの絵は、ほんとうに楽しく、リアルな世界をみせてくれます。

                                                                            

小池昌代『通勤電車で読む詩集』NHK出版、2008年

2010-10-12 11:15:12 | 詩/絵本/童話/児童文学
                            
 個々の詩のよさは、読み手の側に詩嚢が育っていないと、詩を理解できません。逆に言えば、読み手の言葉を介した想像力が試されているようなものです。

 もうひとつ、雑感。詩を書きとめる言葉の数は、散文と比べるとはるかに少ないので、詩はしばしば短時間で書く(考える)ことが可能です。短時間で書く(考える)というのは、追いつめられた状況下、あるいはこの本のタイトルにあるような通勤時間など。とまあ、本書を読んで久しぶりに「詩について」あれこれ思考の回路を磨きなおしてみました。

 本書の惹句に次のようにあります、「多くの人との乗り合わせながら、孤独で自由なひとりの人間に戻れるのが通勤電車。揺れに身を任せ、古今東西の名詞を読めば、日常の底に沈んでしまった詩情がしみじみとたちのぼる。生きることの深い疲労感を、やさしくすくいあげてくれる言葉の世界へ、自らも詩人である編者が誘う」と。

 「朝の電車」「午後の電車」「夜の電車」別に名詞が編集されています。まどみちお、中原中也、谷川俊太郎、北原白秋、草野心平、室生犀星、宮澤賢治、萩原朔太郎などの名の知れた詩人の他にも、いい詩を書いた人たちが並んでいます。

 編者、小池昌代さんの「記憶」という詩も入っています。それはこんなおしゃれな詩です、「オーバーをぬいで壁にかけた/十年以上も前に錦糸町で買ったものだ/わたしよりもさらに孤独に/さらに疲れ果てて/袖口には毛玉/すそにはほころび/知らなかった/ひとは/こんなふうに孤独を/こんあふうに年月を/脱ぐことがあるのか/朝/ひどい、急ぎ足で/駅へ向かうこのオーバーを見たことがある/おかえり/それにしても/かなしみのおかしな形状を/オーバーはいつ記憶したのか/わたし自身が気づくより前に」

なかのひろたか 作・絵『ぞうくんのさんぽ』福音館書店

2010-09-25 00:30:16 | 詩/絵本/童話/児童文学
                                                                 
                          
   絵本第3弾。
  子どもは動物が好きです。とくに、ぞうです。大きくて、愛嬌があり、まるまるしているところ。もちろん、子どもは他の動物にも興味をもちます。とら、ライオン・・・。そしてカバ、ワニ。

 この絵本には、そのぞう、かば、わにが出てきます。そして、小さなかめも登場。動物たちの登場のしかたが面白いです。

 わたしの子どもはこの絵本も大好きでした(3-4歳の頃)。手許に残っている本の表紙は、何回もくりかえし読んだたため、手あかでかなり汚れています。

 天気がよいのに誘われて、ぞうくんが散歩にでます。途中で、かばくんに会うます。二匹は連れだって・・・ではなく、かばくんはぞうくんが背中に乗せてくれるなら、一緒にいってもいい、と言います。ぞうくんは了解。

 かばくんを背中にのせてぞうくんが歩いて行くと、今度はわにくんに会います。同じように、わにくんを散歩に誘い、ぞうくんはわにくんも背負います。

 そして、さらに歩いていくと・・・。小さなかめくんにあいます。そして、ふたたびかめくんを散歩に誘い、かめくんを、わにくんの上に乗せると・・・。それまで、ちからもちを誇っていたぞうくん。「重い」といって、かばくん、わにくん、かめくんを背負ったぞうくんはひっくりかえって、眼のまえにあった池におちてしましいます。

  でも、四匹の動物たちは池のなかで、水につかって、いい気持ち。

  このお話は、重量級のかばくん、わにくんをのせて散歩していたぞうくんがほんとうに小さなかめくんを乗せたとたん、重さにたえきれず、こけてしまうというところに面白さがあります。また、こける場面を描いた絵がリアルなこと・・・。
 

五味太郎『くじらだ』岩崎書店、1978年

2010-09-10 01:43:54 | 詩/絵本/童話/児童文学
                  
          
  8月8日の「どんくまさんはゆうびんやさん」に続く、絵本シリーズの第二弾です。

 大人からみれば荒唐無稽な話。でも、子どもの心には響くだろうな、と思わせます。人気のある絵本のひとつです。

 五味太郎さんの絵がすばらしいです。クジラをめぐる漁師のあわてぶりが、上記の表紙の画像のとおり、伝わってきます。

 お話は、渡り鳥がとんできて、「くじらだ」と大騒ぎしたところから始まって、クジラを知らない人たち、クジラを知っているおじさんが、クジラとは何かをとくとくと説いて、それが引き金となってみんなでクジラとりにでかけるにもかかわらず、結局く、クジラは見つかりません。

 みんな怒ってクジラとりなどやめてしまったのだけれども、渡り鳥はそのクジラを見せるために空高く飛び上がると、何と・・・。

 子どもがすきだった絵本のうちの一冊です。

柿本幸造(絵)・蔵冨千鶴子(文)『どんくまさんはゆうびんやさん』至光社

2010-08-08 00:36:40 | 詩/絵本/童話/児童文学

            どんくまさんは ゆうびんやさん

   日本の絵本文化の水準は、国際的にみても高いといわれています。実際に読んでもそう思います。

  以前は絵本をかなり持っていました。むかし、子どもが小さかった頃、絵本をたくさん買って一緒に読みました。だいぶ人にあげてしまい、今はもうあまりありません。

 手許にまだ残っていて印象が強かった本のいくつかを紹介します。
  
 「どんくまさんはゆうびんやさん」。おおきな図体で縞のチョッキを着たどんくまさんは郵便配達を仕事にしています。手紙をうさぎ村の住民に配達するのです。

 配達をスムースにするために小さな赤い自転車に乗るのですが、どんくまさんは巨体で運動神経があまりよくなく、不器用なようで、うまく乗ることができません。それでもがんばって努力します。練習に練習を重ねます。

 うさぎ村には、遠方からの手紙をまっている人がたくさんいます。責任感の強い、どんくまさんは、強い風にあおられ、手紙を飛ばされそうになったり、要領よく配達できなくて苦労したりしますが、毎日しっかり間違いなく配達をすませます。仕事を終えたときの気持ちのよいこと・・・。

 うさぎ村にはおばあさんがいて、いつも手紙を待っていますが、手紙はなかなかこないようで、どんくまさんはそのことに気づいています。そこで、どんくまさんは、一計を案じました・・・・。

 どんくまさんの愛きょうのある風采。うさぎ村の住民との交流、郵便配達という仕事にまつわるいろいろなこと。最後に、うーん、そうだったのかと思わせるオチ。気持ちがほのぼの、読み終えると何となく心が軽くなったような気がします。 


司馬遼太郎『二十一世紀に生きる君たちへ』世界文化社、2001年

2010-06-04 00:35:56 | 詩/絵本/童話/児童文学
             二十一世紀に生きる君たちへ

 司馬遼太郎が生前、子どものために書いた唯一の本です。選び抜かれた伸びやかで豊かな日本語で、未来に向かって生きる子どもたちに語りかけています。

 二十一世紀に生きる君たちは自然をおろそかにすることなく、人間が自然によって生かされていることをよく知り、自然を尊重するように、自己を確立し、自分に厳しく、相手にやさしく、「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」の三つの言葉を大切に、そして「たのもしい」人間になるように、ということをまじめに語りかけています。

 歴史が好きで、歴史のなかにすばらしい友人をもっている著者らしいメッセージです。

 この本にはもうひとつ「洪庵のたいまつ」という文章も掲載されています。江戸時代に生まれ、蘭学をおさめ、医者となり、適塾をひらいて、大村益次郎や福沢諭吉などの将来を嘱望された青年の教育にあたった緒方洪庵の人となりを、短い文章で見ごとに集約した名文です。

 二編あわせて、小学校の国語の教科書に採択されました。背景の写真も素晴らしいのひとこと。文章とぴったり合っています。

やなせたかしさんのたそがれの境地

2009-08-16 00:05:13 | 詩/絵本/童話/児童文学
やなせたかし『たそがれ詩集』かまくら春秋社、2009年            
          
 子どもたちのあいだで今なお絶対的支持を受けるあの「アンパンマン」の作者のやなせたかしさんは90歳。

 この本はA4版の、字が非常に大きく、絵も入った詩集です。

 その内容は、人生のたそがれ、最終コースに入っての心境の吐露です。気取ることなく、飾ることなく、やさしい言葉で、歌っています。

 33の詩のなかで気にいったものを引用します。

(花咲く峠)「ふりむくことはしなかった/ただひたむきに歩いたが/いささか疲れて一休み/ここはどこかと見わたせば/老化峠のくだり坂/旅の終わりが近づいた/可憐に咲いた/山桜/散るには/惜しい/風情だなあ」

(じゃがいも)「じゃがいも/凹凸/泥まみれ/でも/土のあたたかさ/しみこんでいる/だから/じゃがいも/たべるとき/心の中が/あたたかい」

(生きる)「朝眼がさめると/まだ生きているので/うれしい/とにかく/今日一日は/けんめいに/生きていよう/衰弱していく/細胞が/いとしくて/心がどんどん/やさしくなる」

 「あとがき」に次のように書いてあります、「人生の最後が近づいてくると、身体は不自由になったが、精神は束縛されなくなった、この詩集ともいえないヘンな本は我がまま勝手気まま、本人の目が悪くなったので、一目瞭然拡大鏡不要の大活字、内容も口からでまかせ、たわごとにすぎない・・・」と。

 老鏡のなか、恬淡と達観した心境を綴っています。

絵本になったチェホフの「可愛い女」

2009-04-02 00:47:41 | 詩/絵本/童話/児童文学
チェホフ/児島宏子訳『可愛い女(チェホフ・コレクション)』未知谷、2005年 
  
       
   
 ロシアの作家、チェホフの作品です。ナターリャ・デェミートヴァの絵が付いた奇麗な絵本です。

 可愛い女とは、退職した8等官プレミャンニコフの娘でツィガン村に住むオリガ・セミョーノヴナのこと。いつも誰かを愛してやまないオーレンカ。

 「おっとりと心根が優しくおだやかで、いとも健やか」、「ふっくらしたバラ色の頬、黒子がひとつ映える白く柔らかなうなじ、何か楽しいことを耳にしているときに浮かぶ、善意でいっぱいの邪気のない微笑み」。

 彼女は、遊園地経営者のクーキンのプロポーズで結婚しました。幸せな日々が続きました。夫のいうことを鸚鵡返しでとなえるオーレンカ。しかし、その夫が旅先のモスクワで急死してしまいます。

 それから3か月。オーレンカは、ワシーリー、アンドレイッチ・プストヴァーロフという材木屋の男性と出会います。熱にうかされるように彼を好きになってしまったオーレンカは、彼と再婚しました。彼女は材木業に夢中になり、夫の想うことは彼女の想うことになっていきました。しかし、6年間も仲良くくらした彼は感冒をわずらいあっけなく死んでしまいます。

 以前から度々、彼女を訪れていた男がいました。連隊の獣医のスミールニンです。彼には妻子がいましたが、妻に裏切られ離縁してしいました。スミールニンの言うことを受け売りするオーレンカ。これが理由で、親しかったスミールニンの怒りをかい、彼は彼女の前から立ち去ってしまいました。

 何年かたって、突然スミールニンが妻子をともなってオーレンカのところにやってきました。スミールニン夫婦を自宅に住まわせ、自分は離れで暮らすオーレンカ。あまつさえ夫妻は不在のことが多く、子どものサーシャの相手ばかりを務めるオーレンカ・・・。

 無垢の女性であるオーレンカはその優しさのゆえに自身の自我を犠牲にして人につくすタイプの女性でした。傷つきやすい魂の持主。そこにあるのは人生の深い孤独。

 トルストイをして、チェホフを素晴らしい作家といわしめた名作短編です。

大きな木の家

2009-03-31 00:55:15 | 詩/絵本/童話/児童文学

はらだ たけひで『大きな木の家-わたしのニコ・ピロスマニ』富山房インターナショナル、2007年

             大きな木の家 わたしのニコ・ピロスマニ

 著者は、絵本作家。1975年より「岩波ホール」に勤務とあります。
 標題にあるように、この絵本はグルジアの画家、ニコ・ピロスマニ(1862-1918)にささげられています。

 表紙をひらくと・・・・
 
 
 「むかし コーカサス山脈のふもと グルジアの国に ニコ・ピロスマナシュヴィリという ふだんはニコとかピロスマニと呼ばれていた 放浪の画家がいました。貧しい彼は 酒やパンとひかえに 店の看板や 壁にかざる絵をかきました。そのおおくは グルジアの人々の暮らしや伝説 そして動物たちをえがいたものです。ピロスマニは 孤独のうちに生涯をおえましたが 彼の夢は 大きな木の家をたてて 友とお茶をのみ 語りあうことでした。」

 と著者によるニコの紹介があります。

  この絵本は、詩のようでもあり、童話のようでもある絵本です。著者の想いが美しい旋律となって伝わってきます。

 誰よりも自然を愛し、さびしがり屋で、人とその生活を恋しく思い、それを絵で表現したピロスマニ。そのピロスマニの人柄と生き方に対する著者の憧憬が、淡い夢のような絵にたくされ、一冊の素敵な本になっています。


遠藤寛子『算法少女』ちくま書房学芸文庫、2006年

2007-11-14 01:02:07 | 詩/絵本/童話/児童文学

遠藤寛子『算法少女』ちくま書房学芸文庫、2006年
     算法少女 (ちくま学芸文庫)
 江戸時代、と言っても安永年間ごろに実在した算法(数学)にひときわ秀でた町娘の話です。

 この女性の名は「あき」。父・千葉桃三から算法を学び、上方の算法を継承していた父とともに難問を解くことに喜びを感じていた少女でした。

 話は「あき」が観音様に奉納された算額の誤りを指摘したことに始まります。その出来事を人づてに聞いた久留米藩主・有馬侯は、彼女を姫君の算法指南役につかせようとします、上方算法に敵愾心をもつ関流
[当時の江戸では関流の諸派(和算の関孝和の弟子たちが形成)が幅を利かせていた]
の藤田貞資は、同じ関流の武家の娘、中根宇多をこの役につけようと画策します。

 「あき」はこの指南役に抜擢の話に関心がなく、木賃宿に泊まっている子どもたちに算法を教えることに生きがいをみつけ、その塾は評判になっていました。

 和算の流派の派閥争い、円周率の解法の妙味、和算家大名有馬家の藩領内のトラブルなどを盛り込みながら、算法に没頭する「あき」、算法塾で子供たちを教える「あき」、「算法少女」という本を著した「あき」、ほとんどその素顔が分らない「あき」の人となりと算法に対する想いをいきいきと蘇らせた作品です。

 
1973
年に岩波書店から刊行され、長く絶版になっていたものを、再刊をもとめる多くの数学関係者などの力で実現した本とのことです。

おしまい。