懐かしい先生からのメール。市内に引っ越しされた時から、追いかけることが出来ないと諦めた。
その方から思いがけないメール。こちらからメールをしなければと思いつつ、日延べをしてきた。
お別れしてから数年が過ぎる。お互いに歳を取り、思い出すだけのお互いになりつつある。
テレビはBS7で、古関祐而・古賀政男・江口夜詩作曲の懐かしい歌を放映している。
約80数年前の太平洋戦争当時の軍歌も放映している。おぼろげながら頭に残っている。
「勝って来るぞと勇ましく・・・。」も懐かしく聞く。
映像の中には亡くなった人々も沢山いるのに、TVの中では若く生き生きと歌っている。
平凡に生きた人々はこの世から簡単に姿を消すことが出来るのに、
業績を残した人々はいつまでも生きなければいけない。この世から亡くなっても、
映像は残るので完全に消えることはない。お気の毒だと思うこともある。
当然のことであるが、自分がメールを書いて出すと、相手から返事がある。
メールの受信トレイに、ニュースとかメルマガ等しか入っていないのは寂しい。
知人・友人からのメールを期待する。そのためにはこちらからメールを出すことである。
メールを書くためには、話題を探す必要がある。
変化の少ない日常から話題を探すには、アンテナをしっかり張っていなければ何も引っ掛からない。
今日は、「在宅ひとり死のススメ」上野千鶴子著を借りたので、さっそく読み始める。
寝たきりになっても在宅で過ごせるのか?認知になった時にはどうなるのだろうか?
みんな認知症にだけはなりたくないと思っているのであろうが、認知症は増加傾向にある。
施設に入所すると、社会的な死である。ピンピン コロリは夢のような話だと聞く。
ほとんどの人は、ヨロヨロ ヘロヘロ ドタリとのことである。
ゆっくり読み心の準備に参考にしよう。
「馬鹿は死ななきゃ治らない」との諺がある。
時間があったので、ホームセンターに足を延ばす。入店時には、心に言い聞かせる。
「もう歳だから、花の苗を購入するのはやめよう。
来年の命が保証できないような状態で、花の苗を買入するのは花が可哀そうである。」と。
「見るだけ、見るだけ」と言いながら入店。
財布の中で、チャリン、チャリンとの音だけの場合は、間違いは起こらない。
今日は、年金支給後なので千円札が3枚ぐらい入っていた。これが災いの素。
届いたばかりの秋咲の菊の苗と、木立ベゴニアの苗が並んでる。
無視して通り過ぎることが出来ず、つい手が伸びた。衝動買いである。
帰宅するとすぐに植え替え、今までの鉢の中に紛れ込ませた。
同居人にはすぐには見つからないだろうが、花が咲いたらまた叱られるかなー!
困った婆さんである。
太陽の光があるのに、ゴロゴロと雷。すると突然空が暗くなり大粒の雨が落ちる。
勢いがさらに激しくなる。家と納屋の間は、トイから溢れた水で川となる。
30分ぐらい続くと雨は止む。忘れない中に、樋の掃除をする。
薄暗くなる頃又突然の雨。樋の塵を取り除いていたので、あふれて川になる事だけはなかった。
めったにない驟雨である。それも短時間に2度も合うとは・・・。
パソコンの電源もインターネットも切った。夜になり落ち着いたのでパソコンを開いた。
このような状態はお断りである。しとしと降る雨では、めったに災害は起きないが、
今回の驟雨が数時間も続くと、災害になる可能性がある。
気象の変化も穏やかさが欲しい。短時間であっても、激しい驟雨は恐ろしい。
電子で体中の血液を綺麗にする医療器具の宣伝治療期間が終わった。
少しでも元気に過ごすことが出来ればと思い、Hさんも誘った。
2月12日から始まった医療器具宣伝である。13日から毎日自動車に乗せて通った。
お陰で、自分も1日として休みなく治療に行くことが出来た。
医療器具の説明者に、時には気分を害し、時には不信を持ちながら、4か月余り通った。
元気になったのかどうかは不明。毎日いろいろの話題についての解説を聞くことが出来た。
その説明が、正しいかどうかはその人その人の価値観によるところが大きい。
面白いと思えば専門家の書いた本を読めばよい。
今日でその行事も終了。肩の荷が下りた。明日からは時間を気にすることなしに行動できる。
サボテンの花が咲いた。明日朝は萎んでいる可能性もある。儚さを感じさせる花である。
サボテンの名前は知らない。
昨日は、「ちょっと来て!」との電話なので出かけると、マンゴーを1個頂く。
硬い種があるので、切ってお裾分けとはいかない。
しっかり熟しているので美味しかった。南国の味を同居人と2人で頂く。
今日は、メロンが送られてきた。勿論同居人当てである。
綺麗に切れるので、「あの人にもこの人にも上げても構わないよ」との許可を得て配る。
マンゴーやメロンは、何もしないのに転がり込んだ。努力をしないで美味しい物にありつけた。
若い時には、何かでお返しが出来た。労力・お喋りの才能・文書についての示唆等々である。
この歳になると、お返しする物・才能は無くなっている。
残っているものは、「有難う」との感謝の気持ちを、笑顔で返すことぐらいであろう。
朝夕は気温が低く生きやすいが、昼間は蒸し暑く動きたくない気分である。
それなのに花達は次々と美しく着飾っている。
「高齢者」を「幸齢者」と書く。
子供の頃の不便な生活、皆が貧しかった生活、戦後の経済成長時代等々から考えると、
現在の生活は夢のように贅沢な恵まれたものである。
移動するのは、馬車・自転車・バス、せいぜいで汽車という手段である。
新幹線や飛行機の時代は夢のようである。飛行機のお陰で外国まで行けた。
外国の情報を瞬時に知ることが出来るインターネットの現代が、夢のようである。
だから自分の事を、「幸齢者」と呼ぶことにする。
今日は、父の日である。同居人は、うなぎを買ってきた。トマトも買ってきた。
労せずして、美味しいものを口にすることが出来る。
我が家のトマトは、今ピンポン玉くらいで当分は食べられない。
幸齢者であることを感謝し、味わって生きよう。