Hの頭には、来る日も来る日も写真とレンズのことしかない。
試験の結果が良くなくてもあまり苦にならない。1月4日に手に入るカメラのレンズのことばかり。
そのレンズで、どこを撮影するかが大きな問題である。”宮島”か”常清滝”かで迷っている。
宿題を終わらなければ、アッシー君はしないと言ったので、終わらすだけの目的で宿題をしている。
機械的に手を動かし、頭の中は”望遠レンズ”のことばかり。一種の恋愛である。
頂いたお年玉も毎月のお小遣いも、せっせと貯め込んだお金を、全部放出してレンズを買うのである。
それでも金不足なので、ブーコさんが手伝うことにした。
ブーコさんのお金が飛んで行く!
試験の結果が良くなくてもあまり苦にならない。1月4日に手に入るカメラのレンズのことばかり。
そのレンズで、どこを撮影するかが大きな問題である。”宮島”か”常清滝”かで迷っている。
宿題を終わらなければ、アッシー君はしないと言ったので、終わらすだけの目的で宿題をしている。
機械的に手を動かし、頭の中は”望遠レンズ”のことばかり。一種の恋愛である。
頂いたお年玉も毎月のお小遣いも、せっせと貯め込んだお金を、全部放出してレンズを買うのである。
それでも金不足なので、ブーコさんが手伝うことにした。
ブーコさんのお金が飛んで行く!
浅田 次郎著 文芸春秋社 2009年11月
月島慕情、供物、雪鰻、インセクト、冬の星座、めぐりあい、シューシャインボーイの7編が収められた短編集である。
どの作品にも、情けのある現代においてはお目にかかれないような、いなせな人間が登場する。
作品中の男や女が現れたら、すぐに惚れてしまいそうである。
「月島慕情」
冒頭の書き出しは、「親から貰ったミノという名は、好きではなかった」である。
人買いがやって来て村の年端もいかない娘達を、連れて行く。ミノが家を出る時、父は野良仕事に出、母は蚕屋にこもったままであった。
東京に出て長い下働きの後、楼主から「生駒」と言う名をもらい、三十を過ぎても働いている。
ある晩楼主から、身請けの話がある。その男は、駒形一家の平松時次郎である。
ミノが憎からず思っていた男でもある。それも妾ではなく、おかみさんとのことなので、最高の玉の輿である。
笑いながらふとミノは、おのれのうちに年増女郎のしたたかさを感じた。
人の情けに涙することはないのに、おのれの強運は手放しで嬉しい。こらえようにも、
笑い声は反吐のように腹のそこからこみ上げた。とうとう思いもせぬ声が出た。
「ざまァみやがれってんだ!」………太夫の身を鎧っていた体面の殻が、ようやく割れたのだった
時次郎に会いに月島に行こうと決めた。月島の時次郎の家のありかは知らないが、
人に訊ねれば、平松と言う珍しい苗字はすぐに分かるだろう。月島の商店街を歩いていると、肉屋の看板が見えた。
そこに幼い兄妹がいる。妹は泣いている。そのそばで兄は半ズボンの膝を抱えて座っている。
豚コマを5銭だけ売ってほしいのだが、秤にのらないので10銭以上でないと売らないとのことである。
ミノは兄妹の手を引いて、20銭分の肉を買う。兄妹は母親に叱られるからと困ってしまう。
ミノが一緒に言って話すことになり、案内をしてもらう。
子供を負ぶった母親に、子供たちが説明する。その声を聞きながら表札を見ると、
「平松時次郎」あの人の家だ。母親と子供たちは離縁されて、新潟に行かなければならないので、
子供たちに満足に食べさせることも出来ないと言う。ミノは震えながら、性悪の女は自分だと足元に唾を吐いて、露地を出る。
ミノは、人買いの卯吉を呼び出して、宿替えを頼む。悪党は踏んできた悪事の数だけ賢いのだろう。
ミノの心が読めるのかと思わせる。時次郎は、ミノの身請けに2千円必要であったので、
ミノは2千円だけを卯吉から貰えばよいと思った。
「あたしね、この世にきれいごとなんてひとっつもないんだって、よくわかったの。
だったらあたしがそのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないなって思ったのよ」
卯吉は老いた顔を首だけ振り向けて言った。
「ばかだな、おめえは」
「それぁ承知さ」
「ばかだが、いい女だぜ」
ミノは思った。自分にふさわしい幸せは、奈落の中の幸せだと。
時次郎と会えたことで、やっとこさ人間になれた。
月島慕情、供物、雪鰻、インセクト、冬の星座、めぐりあい、シューシャインボーイの7編が収められた短編集である。
どの作品にも、情けのある現代においてはお目にかかれないような、いなせな人間が登場する。
作品中の男や女が現れたら、すぐに惚れてしまいそうである。
「月島慕情」
冒頭の書き出しは、「親から貰ったミノという名は、好きではなかった」である。
人買いがやって来て村の年端もいかない娘達を、連れて行く。ミノが家を出る時、父は野良仕事に出、母は蚕屋にこもったままであった。
東京に出て長い下働きの後、楼主から「生駒」と言う名をもらい、三十を過ぎても働いている。
ある晩楼主から、身請けの話がある。その男は、駒形一家の平松時次郎である。
ミノが憎からず思っていた男でもある。それも妾ではなく、おかみさんとのことなので、最高の玉の輿である。
笑いながらふとミノは、おのれのうちに年増女郎のしたたかさを感じた。
人の情けに涙することはないのに、おのれの強運は手放しで嬉しい。こらえようにも、
笑い声は反吐のように腹のそこからこみ上げた。とうとう思いもせぬ声が出た。
「ざまァみやがれってんだ!」………太夫の身を鎧っていた体面の殻が、ようやく割れたのだった
時次郎に会いに月島に行こうと決めた。月島の時次郎の家のありかは知らないが、
人に訊ねれば、平松と言う珍しい苗字はすぐに分かるだろう。月島の商店街を歩いていると、肉屋の看板が見えた。
そこに幼い兄妹がいる。妹は泣いている。そのそばで兄は半ズボンの膝を抱えて座っている。
豚コマを5銭だけ売ってほしいのだが、秤にのらないので10銭以上でないと売らないとのことである。
ミノは兄妹の手を引いて、20銭分の肉を買う。兄妹は母親に叱られるからと困ってしまう。
ミノが一緒に言って話すことになり、案内をしてもらう。
子供を負ぶった母親に、子供たちが説明する。その声を聞きながら表札を見ると、
「平松時次郎」あの人の家だ。母親と子供たちは離縁されて、新潟に行かなければならないので、
子供たちに満足に食べさせることも出来ないと言う。ミノは震えながら、性悪の女は自分だと足元に唾を吐いて、露地を出る。
ミノは、人買いの卯吉を呼び出して、宿替えを頼む。悪党は踏んできた悪事の数だけ賢いのだろう。
ミノの心が読めるのかと思わせる。時次郎は、ミノの身請けに2千円必要であったので、
ミノは2千円だけを卯吉から貰えばよいと思った。
「あたしね、この世にきれいごとなんてひとっつもないんだって、よくわかったの。
だったらあたしがそのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないなって思ったのよ」
卯吉は老いた顔を首だけ振り向けて言った。
「ばかだな、おめえは」
「それぁ承知さ」
「ばかだが、いい女だぜ」
ミノは思った。自分にふさわしい幸せは、奈落の中の幸せだと。
時次郎と会えたことで、やっとこさ人間になれた。
新年になると、「新春のつどい」が催される。その時に出し物をしなければいけない。
本年の正月には、20名全員がヒョットコのお面をかぶって踊った。
俄仕立ての踊りである上に、お面を被っているので上手な人の真似をすることが出来なかった。
その結果、てんでばらばら・自己流の踊りになり大笑いとなった。
その失敗を生かして、来年の出し物は「花笠音頭」となったが、牛を虎が見送るとの趣向を入れることになる。
私の役は、加藤清正。槍と烏帽子兜と念仏である。それを厚紙で手作りする。
念仏は紙に赤字で、「南無妙法蓮華経」と書く。兜は厚紙を張り合わせる。
槍は踊り用の槍を借りる。どんな加藤清正が出来るのやら、チョッと心配!
このような作業を十数人でワイワイガヤガヤすると、小学校の学芸会を思い出す。
先生を中心にして、山や木・草も厚紙を切って色を塗った覚えがある。
厚紙を円に切り、色を塗り、切れ目を入れて傘にする。チリシで作った花を付け、
音楽に合わせて踊りを習う。
なかなか音楽に合わない。歳を取ると、踊りを覚えた積りでも、体が思うように動かない。
覚えた積りが揃わない。「トライしています」で許してもらおう。
本年の正月には、20名全員がヒョットコのお面をかぶって踊った。
俄仕立ての踊りである上に、お面を被っているので上手な人の真似をすることが出来なかった。
その結果、てんでばらばら・自己流の踊りになり大笑いとなった。
その失敗を生かして、来年の出し物は「花笠音頭」となったが、牛を虎が見送るとの趣向を入れることになる。
私の役は、加藤清正。槍と烏帽子兜と念仏である。それを厚紙で手作りする。
念仏は紙に赤字で、「南無妙法蓮華経」と書く。兜は厚紙を張り合わせる。
槍は踊り用の槍を借りる。どんな加藤清正が出来るのやら、チョッと心配!
このような作業を十数人でワイワイガヤガヤすると、小学校の学芸会を思い出す。
先生を中心にして、山や木・草も厚紙を切って色を塗った覚えがある。
厚紙を円に切り、色を塗り、切れ目を入れて傘にする。チリシで作った花を付け、
音楽に合わせて踊りを習う。
なかなか音楽に合わない。歳を取ると、踊りを覚えた積りでも、体が思うように動かない。
覚えた積りが揃わない。「トライしています」で許してもらおう。
コウゾウもミツマタも、紙の原料である。
我が地域にも、コウゾウがある。今は用無しになってしまったが、昔はコウゾウを蒸し、
皮を取ってその皮から手すき和紙を作っていた。障子紙等に使っていた。
これは農閑期の農家の副業であった。
ミツマタは上等な紙ができるので、紙幣などに使われていた。
ミツマタは蕾をつけている。春先に咲くのであろう。
サンタさんにお願いする物が決まった。”魔法の水”をお願いすることにする。
欲張ったらすべてダメと言われると困るので、唯一つだけにする。
さっと頭に振りかけると、記録され忘れることが無いような魔法の水である。
覚えたくない時には振りかけない。しかし、振りかけることを忘れるのはどうしようもない。
本を読んでも、登場人物の名前ばかりか主人公の名前まで忘れる。年代はむちゃくちゃになる。
これらがしっかり頭に入っていると、読むスピードも違ってくるだろう。
サンタさんも苦労するだろうな。だから「サンタクロース」なのだ。
我が地域にも、コウゾウがある。今は用無しになってしまったが、昔はコウゾウを蒸し、
皮を取ってその皮から手すき和紙を作っていた。障子紙等に使っていた。
これは農閑期の農家の副業であった。
ミツマタは上等な紙ができるので、紙幣などに使われていた。
ミツマタは蕾をつけている。春先に咲くのであろう。
サンタさんにお願いする物が決まった。”魔法の水”をお願いすることにする。
欲張ったらすべてダメと言われると困るので、唯一つだけにする。
さっと頭に振りかけると、記録され忘れることが無いような魔法の水である。
覚えたくない時には振りかけない。しかし、振りかけることを忘れるのはどうしようもない。
本を読んでも、登場人物の名前ばかりか主人公の名前まで忘れる。年代はむちゃくちゃになる。
これらがしっかり頭に入っていると、読むスピードも違ってくるだろう。
サンタさんも苦労するだろうな。だから「サンタクロース」なのだ。