お寺に座って説教を聞いているのに、心は穏やかでない。
降誕会の行事なので、小さな子供が来ている。
その幼児と両親を、参拝者皆に紹介するのは両親のお婆ちゃんである。
心無いやり方であると、うんざりする。孫や曽孫どころか、
独りで生きている人もいるのに、自分だけの幸福を見せびらかしたら、心穏やかではない。
本堂に座って、うんざりしている自分が情けない。
今日の講師は、看取り専門の研究者とのことである。数年前のコロナ禍の話ばかりである。
今後、世の中がどのように変化し、見取りの姿はどう変わるのかとの話はなかった。
AIの時代が目の前に近付いている。その時の看取りの姿は、どうなるのであろうかとの話もない。
日々は勢いよく流れている。芍薬の時は終わり、アジサイの季節が近付きつつある。