ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

民謡好きのビーチャー

2014年02月18日 | ガジ丸のお話

 Aチャー、Bチャー、Cチャー、・・・Sチャーと多くの段階を経て、やっとTチャーになれるという大変厳しい教師養成専門学校があり、そこに民謡好きの主人公Bチャーがいて、恋あり、冒険あり、失恋あり、挫折あり、大怪我あり、裏切りあり、涙あり、涙あり、涙ありというお話・・・もあるが、それはまた別の機会に譲るとして今回は別のビーチャー、可愛い顔しているけれど人に嫌われている可哀そうなビーチャーのお話。

 ビーチャーは畑に住んでいる。たいてい畑の端っこ、畑の主が畑仕事をする際の邪魔にならない個所を選んで、土中に穴を掘って住処にしている。
 ビーチャーは昼間動くこともあるが、普通は夜行性である。人間が寝ている間に、人間が作り育ててきた作物をくすねている。そんな性質なので人に嫌われる。

 ビーチャーが住んでいる畑の隣に一棟のアパートがある。そのアパートは、1階は駐車場で2階から上が住居となっている。ビーチャーが住処としている畑の端っこから最も近い2階の部屋、去年の春から空室だった部屋に秋、新入りが入居した。
 その新入りは音楽好きのようで、他の部屋から聞こえるような煩いテレビの音は全く聞かれず、たいていはバッハとかモーツァルトのクラシックが流れていた。ビーチャーもまた、テレビの音よりはずっとそっちの方が好みだったので、「良かったぜ、静かな奴が引っ越してきて」と思い、平和な日々を暮らしていたのであった。

 ところが今年になって、新入りの部屋から流れる音楽が少々変わった。それまでは8割方がクラシックだったのに、8割方が沖縄音楽に変わったのだ。
 沖縄音楽とは大きく民謡と古典に分けられる。民謡とは庶民の間から生まれ歌い継がれてきた世俗的な唄。古典は琉球古典音楽と言い、琉球王朝時代に宮廷音楽として生まれた格調高い音楽である。新入りの部屋からは民謡の他、古典ももたびたび流れた。
 ビーチャーは民謡も大好きだった。畑の主の爺さんが休み時間にはラジオを点ける。そこから民謡も時々流れてきた。南の島の温かい風とゆったりした時間に調和した音楽だと感じている。何だか気分が穏やかになる。それで民謡が好きになった。
 爺さんのラジオから古典が流れることは滅多に無く、じっくり聴く機会をこれまで得なかったのだが、新入りの部屋からはたびたび流れるので初めてじっくり聴いた。古典音楽もまた、まったりとした気分になり、いいもんだと思った。

 1月下旬のこと、夜になって新入りの部屋から古典が聴こえてきた。「今日は最初から古典か、よし、近くで聴いてみるか」と思い、壁をよじ登って新入りの部屋のベランダへ入った。入ったとたん、音楽を聴く耳より先に、食い物を求める鼻が強く反応し、音楽は吹き飛んだ。「何だこれは、これは俺の大好物の匂いだ、どこだ?」と探すまでも無く、大好物はすぐ目の前にあった。殻付きの生の落花生がそこにあった。
  落花生は箱の中に100個ほどあった。「こんな幸せなことがあっていいのか?」と思った。人間で言えば目の前に100万円が落ちているようなものだ。正しい人間はそれを警察に届けるだろうが、欲深い人間なら懐に入れる。ビーチャーは人間では無い、野生である。正しい野生は目の前に落ちている好物を食うのに躊躇しない。
 その日から毎夜毎夜ベランダに忍び込んだ。100個ほどの落花生を全部食い終えるのには3日もかからない。野生は貪欲なのである。仲間にも知らせず一人で食った。
 全部食い終えた後も毎日夜になるとそのベランダに入った。呑気者のベランダには他にも何か食い物があるかもしれないと嗅ぎまわった。・・・あった。サツマイモがあった。落花生ほどの御馳走では無いが、美味い食い物だ。少しずつ頂いた。
     

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 去年の秋、畑から落花生を収穫し、乾燥させるためにベランダに置いて、そこから少しずつ取り出し酒の肴にしていた。その多くは私の腹に収まり、いくらかは友人たちの腹にも収まったが、年が明けてもまだ100個ほど残っていた。
 100個の落花生、食っちまえばただの100個だが、これを植えれば万個の落花生になる可能性がある。そう、「米百俵」の精神だ。で、それらを今年植える種にしようと決めた。1月下旬のことだ。そう決めた翌日、残った落花生は冷蔵庫で保管しようと思い、ベランダへ取りに行った。ところがしかし、百個の落花生はそっくり消えていた。殻のガラさえも残っていなかった。自給自足を目指す私にとっては大きなショックだった。
     
 「しまった、ハトに見つかったか、新聞紙で覆っていたが、隙間から見えたか。」と、大事な落花生を奪った犯人はてっきりハトか何かの鳥であろうと思った。
 その夜、ベランダで音がするのに気付いた。ガサガサという音と、ピーピーという鳥らしき何者かの鳴き声。夜に活動する鳥と言えばフクロウの類しか思いつかない。フクロウの類でピーピー鳴く奴がいるのだろうか?と不思議に思った。
  翌朝、ベランダに出て調べる。ベランダには掃き出し窓の傍、家の中からベランダへ出る際の段差を緩和する階段として何枚かのコンクリートブロックを敷いてある。そのコンクリートブロックの中にピーピー鳴く奴が潜んでいるのではないかと覗いた。
 穴はブロックの数10枚×3=30個所ある。その30個所の穴のどこにもピーピー鳴く奴はいなかった。奴はいなかったが、その30個の穴のどれにも落花生の殻が、中味は全く残っていない殻が隠れていた。私の食い物を奪った憎き奴は、落花生を持ち帰ったのでは無く、その場で食っちまいやがったのだ。それも一つ残さず。

 落花生が全て無くなった後も、夜になるとベランダではガサガサという音とピーピーという鳴き声が聞こえていた。「犯人はいったい何奴!」と眠いのを耐えて、夜中起きて、ベランダを覗いた。犯人がそこにいた。鳥では無かった。ビーチャーだった。
 ビーチャー(トガリネズミ)はベランダに置いてあったイモの入った袋の傍にいた。落花生の後はイモを食っちまおうという魂胆だ。それにしても畑の住人であるビーチャーがよくも2階のベランダにある落花生やイモに気付いたもんだと不思議に思った。

 記:2012.2.10 ガジ丸 →ガジ丸のお話目次