ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

コンビーフ

2011年02月25日 | 沖縄の飲食:缶詰・加工品・他

 濃い缶詰

 コンビーフは「牛肉に食塩と微量の硝石とをすりこみ、しばらく冷蔵したのち、蒸し煮して、殺菌・加熱したもの。多くは缶詰」(広辞苑)とのこと。「多くは缶詰」とあるとおり、私も缶詰以外では見たことが無い。倭国ではどうか知らないが、アメリカ占領下にあった沖縄では馴染みの深い缶詰。アメリカ産か、もしくはアメリカ軍経由のオランダ産の缶詰(調べたら、ブラジル産であった)。いずれにせよ、アメリカの食文化だ。
  子供の頃、「コンビーフ買ってきて」と母にお使いに出されたことを覚えている。コンビーフの缶詰は、近所の小さなマチヤグヮー(商店)にも置いてあった。それほどウチナーンチュには日常的な食い物。沖縄に根付いたアメリカの食文化の一つ。

 「コンビーフ買ってきて」と言われ、間違ってコンビーフハッシュを買ってきて、怒られた覚えもある。子供には、コンビーフとコンビーフハッシュの違いがよく分からなかった。缶詰の外観はまるっきり違う。コンビーフハッシュは円筒形で、コンビーフは上部がやや広がった直方体。パッケージのデザ インも全く異なり、コンビーフハッシュは目立つデザインではないが、コンビーフの表には牛の絵が書かれてある。見た目大きく違うのに混同するのは、名前が似ているからに他ならない。
 両者ともほぼ同じ料理に使う。よって、違うものを買ってきたとしても、母も激しくは怒らない。「しょうがないねぇこの子は、人の言うことちゃんと聞かないからsぁ」と、溜息をつきながら怒る感じ。あー、そうなのであった。私は「人の言うことをちゃんと聞かない」少年だった。コンビーフハッシュと言うのを、最初のコンビーフだけできっと、牛の顔が描かれた缶詰を思い浮かべたのだろう。ちなみに、オジサンとなった今は、人の言うことをちゃんと聞いている・・・と思う。他人の評価は知らないが。

  コンビーフハッシュについては既に、2005年12月に紹介している。ちょっと補足すると、その記事の中で「ウチナーンチュはコンビーフハッシュとコンビーフを使い分けて料理する」と書いたが、料理は概ねチャンプルーであって、肉の代用という意味では両者変わらない。ただ、味が、コンビーフハッシュは牛肉の味が薄く、コンビーフは強いという違いがあり、肉を前面に出すか、裏方に回すかの使い分けになると思う。
 同記事にはまた、「コンビーフは、沖縄ではあまりメジャーでは無い。コンビーフというとコンビーフハッシュを指す場合が多いと思われる。」とも書い たが、確かに今でも、コンビーフハッシュはどこでも見かけるが、コンビーフは少ない。コンビーフは味が強いので、使い勝手が悪いのだと思われる。私も使わない。この記事を書くために購入し、料理もしたが、おそらく、ここ30年くらい口にしていなかったと思う。
 コンビーフハッシュのビーフは挽き肉だが、コンビーフのビーフは小さな千切り肉といった感じ。ハッシュはジャガイモも入っていて、それも相まって肉の味が薄く感じる。コンビーフはいかにも肉と感じる。肉好きにはモテルかもしれない。
      
      
 コンビーフ(corned beef):主に缶詰
 コンビーフは広辞苑にcorned beefとあり、英語とのこと。ビーフはビフテキ、ビーフシチュー、ローストビーフなどでお馴染みのビーフ、和語では牛肉。コンのcornedは同じく広辞苑に「塩漬けの」という意味の形容詞とのこと。英語は得意では無いが、より正確な読み方はコーンドゥビーフだと思われる。言いやすくしてコンビーフなのであろう。
 cornedには「塩漬けの」という意味があるが、コンビーフは「牛肉に食塩と微量の硝石とをすりこみ、しばらく冷蔵したのち、蒸し煮して、殺菌・加熱したもの。多くは缶詰」(広辞苑)とのこと。「多くは缶詰」とあるが、缶詰以外で私は見たことが無い。
      
      
 記:2011.1.27 ガジ丸 →沖縄の飲食目次


この記事をはてなブックマークに追加

アヒル料理

2011年02月25日 | 沖縄の飲食:食べ物(料理)

 結核の薬

 去年(2010年)11月、知人の家でアヒル鍋パーティーをやることになり、私も呼ばれ、御馳走になった。アヒルの肉の味については、鶏肉との味の違いが分からなったので、特に感想は無い。鍋以外に手羽の煮付け料理も出されたが、それは少々肉質が固く、臭みもあり、見た目大きい割には肉量が少なかったという感想を持った。
  記憶は確かでは無いが、アヒル料理、子供の頃に私は食べたことがあると思う。家の近所にアヒルを食用として飼っている家があり、食用としてアヒルを飼っている親戚も近くにいた。アヒルも鶏も一緒で、食べることに何の抵抗も無かったと思う。

 ここ何年、ではない、少なくとも30年くらい、近所でアヒルを飼っている家に出会っていない。散歩が趣味になって、週末あちこち歩くようになってから6年余りになるが、そんな散歩の途中にも、アヒルに出会ったという経験は無い。
 アヒル料理は薬膳の一つとして、沖縄では古くか ら親しまれてきたらしい。なので、私が子供の頃は、那覇市内とは言え、アヒルの姿をあちこちで見かけることができたのだと思う。ウチナーンチュはもうアヒルを食わなくなってしまったのだろうか。

 子供の頃、アヒルを飼っている家はちっとも珍しく無かったということを確認するために、先日、散髪屋へ行った際、散髪屋の主に訊いた。
 「昔、40年くらい前、アヒルを飼っている家はそこらにあったですよね?」
 「あー、この辺(首里石嶺)は昔、田舎だったから、そんな家はいくつもあったな。私の家でも飼っていたよ。肉を食べるというより、玉子を食べるためという目的が大きかったと思うが、肉も食べたな。肉は結核の薬として重宝されていたよ。」
 ということであった。結核の薬であるということは以前にも聞いたことがあるし、沖縄の薬膳料理を紹介している文献にもたぶん書かれてあった。結核という病気が少なくなって、アヒルを食べなくなって、飼っている家も少なくなったんだろうか。

 散髪屋の親父とそんな会話をした前日、友人KYと飲みに行った。美少女(26歳になるが可愛いので少女としておく)OAも一緒で、三人での飲み会はその日が2回目、ある企みのための会合だが、その企みについてはいつか別項で語ることとして、その時、KYから「アヒル肉を販売している場所がある」という情報を得た。
  で、翌日、その場所へ出かけた。じつは、その場所というのは私の家から車で5分程度の距離で、月に2、3回は通っている道の傍にあった。看板が出ているのだが、そう小さい看板でも無かったのだが、高い位置にあったので気付かなかったようだ。
 後日、その店(店を構えているような感じでは無い、普通の民家で、庭でアヒルを飼っている感じ)に電話して訊いた。アヒル肉をすぐに料理できるよう調理したものを販売しており、雌は1キロ3500円、雄は2キロで6000円、屠殺の都合上、その単位でしか販売しないとのこと。雌は肉質が柔らかく、雄は油が少ないとのこと。また、そこのアヒルは観音アヒルという種で、沖縄で古くから飼育されていたものらしい。

 KYとOAとの会合があった前日、私は南城市に向かっていた。豚さんに会いに行くため、豚さんをHPで紹介するため、その写真を撮りにいくため。豚さんの居場所を紹介してくれたのもKY。その件はまた、豚さんを紹介する時に詳述する。
  豚舎のある場所へ行く途中に、ちょっと大きな食堂がある。信号待ちしている正面にあるのでよく目立つ。その時は2年ぶりくらいであったが、以前は仕事の関係で何度も目にしていた。で、思い出した。その食堂にアヒル料理があることを。
 アヒル肉は結核だけでなく、喘息や気管支炎にも効くらしい。私は結核になったことも無く、喘息持ちでも無い。気管支炎になったことはあるかもしれないが、咳が長引いても病院へ行ったりせず、根性で治すので、それが気管支炎だったかどうかは定かでない。いずれにせよ、「アヒルを食わなきゃぁ」と思ったことは無い。したがって、その食堂にアヒル料理があると知っていても、食べに行こうとも思わず、食べたことも無い。その食堂のアヒル汁、看板に1000円と書かれてあった。鶏汁よりはきっと高い。
 
 
 アヒル(家鴨・鶩)
 カモ目カモ科の家禽 マガモの改良品種 方言名:アヒラー、アフィラー
 肉はアヒル鍋、アヒル汁などにして食す。特に臭みがあるとか、肉が固いということは無く、普通の鶏と同じ感覚で食べられる。
 
 

 記:2011.1.27 ガジ丸 →沖縄の飲食目次


この記事をはてなブックマークに追加

チキアギ

2011年02月25日 | 沖縄の飲食:缶詰・加工品・他

 即席酒の肴

 チキアギはウチナーグチ、ヤマトゥグチではツケアゲ。付け揚げは「あげもの。てんぷら。」(広辞苑)のことで、鹿児島地方では「薩摩揚のこと。」(〃)とのこと。
 魚のすり身に塩、味醂、砂糖、澱粉を混ぜてこね、成形して、蒲鉾は概ね蒸す。蒲鉾は蒸すが、チキアギはゴボウ、ニンジンなどを具に混ぜ、平たく成形し、油で揚げる。
  家庭料理では薄くスライスしてトーフチャンプルー、タマナーチャンプルーなど炒め料理に加えることが多い。もちろん、そのまま食べることもできるが、焼いて余分な油を落として、醤油やポン酢などをつけて食べると、良い酒の肴になる。

 沖縄の蒲鉾はチキアギのように油で揚げたものと、普通の蒲鉾のように蒸したものとに大きく分けられる。普通の蒲鉾はカマボコをそのままウチナーグチ読みしてカマブクと言い、野菜などの具は混ぜない。カマブクの材料に玉子を練りこんで蒸したものはカステラカマブクと言い、カマブクもカステラカマブクも行事の際の御馳走となる。
  チキアギと同じく野菜などの具材を混ぜたものを一口大にして、油で揚げたものは「ちぎり揚げ」と言い、野菜などの具を混ぜないで棒状に成形し、油で揚げたものはマルカマブコ(丸蒲鉾)と言う。沖縄の食堂でソバを注文すると沖縄ソバが出てくるが、○○ソバなどと冠の付いていない普通の沖縄ソバであれば、ソバの上には刻んだ青ネギ、煮付けた三枚肉、紅ショウガの他に、スライスしたマルカマボコがたいてい乗っている。

 カマブクは行事の際に用いると上述したが、その行事とは盆正月だけでなく、シーミー(清明祭)や、 各種法事など、ほとんどの神事、仏事の行事が含まれる。カマブクとカステラカマブクは、仏前への供え物となるウサンミ(御三味)の中に入っている。
 めでたい行事では普通の白いカマブクと並んで、食紅で赤く染められた赤いカマブクも使われる。法事の際は白いカマブクのみ。カステラカマブクは玉子が入っているので薄い黄色をしているが、これはめでたい時も法事の時も使われる。
 チキアギやマルカマブクのように油で揚げられたものは、ウサンミの中に加わって仏前へ供えられるということは無い。だけど、日常の食卓ではこっちの方が多い。子供の口にはあっさりした味のカマブクより、こってりした味のチキアギが美味いと感じた。オジサンとなった今は、あっさりカマブクの方が好きになっている。
      
      
      
      
 記:2011.1.23 ガジ丸 →沖縄の飲食目次


この記事をはてなブックマークに追加

寿司

2011年02月25日 | 沖縄の飲食:食べ物(料理)

 寿司作りに挑戦

 昨年(2010年)8月、実家から持ち帰った白米5キロを、半年後の1月になってやっと完食。粗食小食の私は米を週に2合しか食べないので、それだけかかった。
  1月24日に最後の白米を炊いた。通常は1回に2合を炊き、それを1日朝昼(晩飯は概ねイモ)の2食で、2日間4食で消費する。残っていた白米は3合半あった。これを2回に分けるかどうかちょっと悩んだが、一遍に炊いた。炊飯器は3合炊き、3合半だと溢れてしまうかもしれないと心配したが、溢れること無く無事炊き上がった。

 白米を食べ終わったら玄米食に戻る。朝昼玄米を食い、夜はイモを食う。それが私の本来の食生活であり、早くそうなることを望んでいた。しかし、白米は美味しい。最後の白米は「白米で無ければ 美味くないもの」を作ろうと考えていた。
 最後の白米を炊くであろう日は、何日も前に決めており、「白米で無ければ美味くないもの」もその時に決めていた。「玄米では不具合なもの」はすぐに思いついた。丼物、カレーライスなどもあったが、一等先に閃いたのは「寿司」。

 最後の白米を炊く数日前には、実家から寿司桶と巻き簾を取ってきてあり、準備はできている。炊いた日の夜、いつもより余分であった1合半のご飯を寿司桶に移し、酢飯を作る。米酢と砂糖を混ぜ合わせ、熱いご飯に振りかけ、素早くかき混ぜ る。私の家に白糖は無い、黒糖しかない、よって、出来上がった酢飯は茶色になった。
 色は違えど味は酢飯だ。問題は無い。それで巻き寿司を作る。1日目はエビの細巻き、2日目はマグロ(いわゆる鉄火巻き)とイカの細巻き、いずれも美味しく頂いた。
 若い頃、実家で親と同居していた頃、上述のような寿司作り道具があったので、握り寿司も巻き寿司も何度か作った経験がある。当然、最初は母に教えて貰った。で、今回の巻き寿司も、具が真ん中に無いという不手際もあったが、まあまあ成功した。

  私が子供の頃、寿司というと生魚の握りや巻きは全く思い浮かばなかった。沖縄に寿司屋が無かったというわけでは無かろう。回転寿司屋の無かった頃だ、寿司屋は「高い」ので親が連れて行ってくれなかったのだろう。それと、「三原のオバーから寿司貰ったから今日の晩御飯は寿司よー」ということが時々あった。その時の寿司は太巻きと稲荷寿司であった。なので、寿司と言えば、太巻きと稲荷のことしか浮かばなかった。
 
 三原のオバーとは、母方の祖母の姉妹で、確か戦争未亡人で、叔父(母の弟)が学生の頃下宿していた一時期を除いてずっと一人暮らしだった。太巻きと稲荷を自宅で作って、それをマチヤグヮー(商店)に卸して生計を立てていた。三原のオバーはとても優しい人で、誰からも好かれていた。私も好きだった。なので、盆正月だけでなく、会う機会は多かった。そんな折に、オバー手製の太巻きと稲荷を頂いていた。

  近所のマチヤグヮーにも太巻きと稲荷寿司はたいてい置いてあった。中学校や高校の近辺にある食堂にもそれらはあった。今でもスーパーへ行けば、総菜コーナーにそれらは置いてあり、法事の際に出される食事も太巻きと稲荷寿司である場合が多い。
 子供の頃よく食べた太巻きと稲荷だが、大人になってからは、「寿司食いたい」と思う時の寿司は握り寿司となり、太巻きと稲荷を食いたいなどとは思わない。自分でそれらを買うことも無い。前述の法事の際に出された場合でしか食べる機会は無い。握りは酒の肴になるが、太巻きも稲荷も酒の肴になりにくいという飲兵衛の理由による。

 ちなみに、寿司は当て字で、正確には鮨と書く。鮨とは、「魚介類を塩蔵して自然発酵させたもの。また、さらに飯を加えて発酵を促したもの」、または、「酢と調味料とを適宜にまぜ合わせた飯に、魚介類・野菜などを取り合わせたもの」(広辞苑)とのこと。
 
 
 
 

 記:2011.1.30 ガジ丸 →沖縄の飲食目次


この記事をはてなブックマークに追加

敏感な感性

2011年02月25日 | ガジ丸通信-社会・生活

 大学の大先輩で、東京出身のAKさんから昨年、大学のネームが入ったネクタイを頂いた。頂いてからおそらく半年以上経っていると思うが、そのネクタイ、私の手元に無かった。ネクタイはAKさんから直接ではなく、共通の友人であるOKが中継した。しかしながら、「ネクタイをすることは無いなぁ、身近に結婚しそうな人はいないし、葬式やら法事やらには黒ネクタイだしなぁ。」ということで、OKの店に置きっ放しだった。
  後日、OKの店でAKさんに会った時、ネクタイを頂いたお礼と共に、上記の通り、OKのところに置きっ放しであることの言い訳をした。AKさんが帰った後、
 「おまえ、高そうなネクタイをせっかくAKさんが東京から買ってきてくれたんだ、嘘でもいいから『使います、嬉しいです』とか言っとけよ。」とOKに注意された。
         

 ノーテンキな発言でたびたび世間を騒がしているハッタリ山前総理が、「そんなこと思っていても口には出さない方が」というようなことを、またもや言ってしまい、心ある沖縄県民を憤慨させているが、方便とは元々仏教用語で、良い意味であることを私は知っている。念のため広辞苑、「衆生を教え導く巧みな手段。真理に誘い入れるために仮に設けた教え」とのこと。教え導くための嘘、「嘘をつく相手のため」になる嘘。
 ハッタリ山前総理は「基地を快く受け入れなさい」と教え導きたかったのか、それが真理だと言いたかったのか、ウチナーンチュのためであると思ったのか知らないが、しかしそれは、真理でも無ければ、ウチナーンチュのためになるものでは無い。よって、ハッタリ山前総理の発言はただの嘘であり、インチキであり、詐欺である。

  大学の最後の半年、私はNさんという女性と飲んだり、食ったりしていた。ただ、一緒にいる時間は多くても、彼女は私にとって恋人と呼べる存在では無かった。Nさんは美人である上、敏感な感性の持ち主でもあった。南の島からやってきたガサツな兄ちゃんは、自分には無い彼女の敏感な感性に惹かれた。心にカミソリを持っているような、「下手に触れるとケガするぜ!」といった雰囲気に、怖くもあったが、魅力を感じた。
 正統派のウチナーンチュらしくイイ加減で、「何でもテキトーでいいさあ」、「多少のケガは、心に負っても体に負っても大したこと無いさあ。そのうち治るさあ。」の私は、特に考えもせず、思ったこと、言いたいことが口から出る。そんな言動を、睨みつけるような目でNさんに一瞥されたことが何度かあった。また、「よく平気な顔してそんなこと言えますね、私には理解できません」と窘められたこともあった。

 特に考えもせず、思ったこと、言いたいことが口から出る私は、特に考えないので、思わないこと、言いたくないことはなかなか口から出ない。敏感な感性なるものも私は持ち合わせていないので、こういうと相手が喜ぶだろうなということにもあまり気付かない。使わないネクタイを『使います、嬉しいです』と嘘をつくのは、少なくとも贈ってくれたAKさんは嬉しいに違いない、なんてこともOKに注意されてから気付く。
 まあ、いいのだ私はそれでも。敏感な感性を商売にしているわけでは無い。しかし、国政を担う者は国民の想いに敏感でなければならないはず。特に、その言動が大きな影響を及ぼす者は敏感な感性であって欲しい。自分のことは棚に上げて、そう思う。
         

 記:2011.2.25 島乃ガジ丸


この記事をはてなブックマークに追加