ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

瓦版104 森のようせい

2010年01月15日 | ユクレー島:瓦版

 いつもの週末、いつものユクレー屋、カウンターにはマミナ先生が立っている。
 「さっき、マナと電話で話していたんだけどね、この島は晴れた日が多くて、そう寒くもないんだけどさ、オキナワは寒いんだってよ、今年は特別寒いんだって、地球温暖化はどこへ行ったんだろう、なんて言ってたよ。」
 「あー、このあいだガジ丸と二人でユイ姉のところへ遊びに行ったら、ユイ姉もそんなこと言ってたな。この冬は12月から寒い日が多かったんだってさ。温暖化も進んでいるようだけど、地球は氷河期に向かってるって話もあるよ。」
 「氷河期ねぇ、マンモスはそれで絶滅したんだってね。」
 「氷河期に進むけど、温暖化も進んでいるからプラスマイナスゼロとなって、地球にとってはちょうどいい気候になるかもしれないよ。」
 「そんな上手くいくかねぇ。」
 「まあね、環境破壊というマイナスは、それなりの結果になるだろうけどね。」
 「あっ、環境破壊といえばさ、正月にマナが話してたんだけど、ヤンバルの森に縦断道ができるんだって、あの深い森が真っ二つにされるんだって。」
 「縦断道は今でもあったんじゃないか?」
 「それがさあ、もっと奥まで進むんだってさ。今ある道だけでも森の生き物達には大いに迷惑なのに、これ以上環境を破壊されたら森の危機だよね。」

 なんて話をしているうちに夜になって、ガジ丸一行がやってきた。その日、ユクレー島運営会議ではたいした議題が無かったのか、ガジ丸は会議をやるテーブルへは行かず、すぐにカウンター席に座って、そして、我々の話に加わった。
 「俺も地球の将来がどうなっているか分らんが、氷河期の大寒波は突然やってくるらしいな。生きたまま冷凍保存されたような状態のマンモスが発見されたらしいぜ。南へ逃げる暇どころか、『あれっ?』と思う間もなく急速冷凍されたんだぜ。」
 「そりゃあ、なんか恐いね。」(マミナ)
 「でも、そんなに急速だったら、恐がる暇も無いだろうね。」(私)
 「俺が思うに、地球温暖化だって臨界点があってな、そのラインを超えると気温が急激に高くなって、暑さで動植物が死に絶え、磁場が乱れ、天変地異が頻発し、なんてことがあるかもしれないぜ。その後に氷河期がきたら泣きっ面に蜂だな。」
 「死ぬほど暑い日が続いたかと思うと、急に死ぬほど寒い日になるわけだ。」
 「でもねぇ、クーラーとか暖房器具とか人間はいろいろ持ってるさあ、これからもっと科学は発達するするさあね、何とかなるんじゃないの?」(マミナ)
 「それはどうだろうね、科学が間に合うかどうか怪しいよ。」(私)
 「科学の力で人類を守る、そうだな、それはやはり限界があるだろうな。生命の持続は技術では無く、精神の力が大きく作用すると思うぜ。科学でもある程度の安全をは得られるが、精神の力が高まれば、もっと確かな安全が得られると思うぜ。」

 「それよりもさあ、温暖化も氷河期もまだ先の話でしょ、さっき話していた森の危機がずっと近い将来の、身近な話さあ、それ、ガジ丸はどう思う?」
 「あー、ヤンバルの森に縦断道ができるって話か。人類の耳に自然の声が聞こえるといいんだがな、海には海の、森には森のようせいがある。それを聞かないとな。」
  「森の妖精?ピーターパンに出てくるティンカーベルみたいのがいるの?」(私)
 「妖精じゃない、森の要請だ。人間の要請だけを取り入れて地球を動かしてはいけないという話だ。自然の声が聞こえるようになるには高い精神力を必要とするんだ。」
 「森の要請が耳に届くほどの高い精神力ってさ、今の人類には、それを得るのは相当難しそうだね。氷河期が来るのと同じくらいずっと先にことになりそうだね。」(マミナ)
 「森の要請かぁ、分断されそうになって森は今、何て言ってるんだろうね?」(私)
 「お前達だけが地球の住人ではないぞ!とでも言ってるんじゃないか、たぶん。」とガジ丸が答えて、久々の真面目な話は終わった。
     

 その後、ガジ丸の新曲がトリオG3の演奏で披露された。曲はどこかで聞いたことがあると思ったら、琉球民謡の『ましゅんく節』。唄が終わって、
 「前の『ラフテーの秘密』が分かりにくいと評判が悪かったので、今回は分かりやすい唄にした。どうだ、分かりやすいだろ?」とガジ丸。確かに分かりやすい唄、しかし、きれいなメロディーにはふさわしくない歌詞だと思った。しかも、それまでの話とは何の関係も無い、ふざけたような内容だ。そう感想を述べると、
 「祈ることが大事、ってことだ。自分以外の何かを敬うってことだな。それが精神を高めることに繋がる。それと、きれいなメロディーにふざけた歌詞っていうが、『ましゅんく節』だって女の品定めの唄だ。ちょっとふざけた内容なんだぜ。」とのこと。

 記:ゑんちゅ小僧 2010.1.15 →音楽(リョーテ)


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瓦版103 恋愛至難

2009年12月25日 | ユクレー島:瓦版

 ユーナが帰って来た。クリスマスの日に帰って来た。たまたまクリスマスが金曜日にあたったということもあろうが、クリスマスといえば恋人達にとっては大きなイベントだ。その日に帰って来たということは、どうやらユーナにはまだ恋人はいないようだ。ガサツなケダマンなら「クリスマスだってのに女一人帰って来たか、寂しい青春だな。」なんて言うところだが、私は遠回しに訊く。私は、そんな性格。
 「昨日のクリスマスイブはジラースーの家?なにかやった?」
 「うん、5人でパーティー、ささやかだけど、あったかいパーティーだったさあ。子供達ね、ずいぶん大きくなったよ。来週には1歳になるんだよ。」とのこと。子供達の話でニコニコしている。恋人のコの字も出てこないところをみると、やはり・・・、と思うが詳細は不明。それ以上の追求はしない。私は、そんな性格。ところが、

 夜になって、いつものようにガジ丸一行(ガジ丸、勝さん、新さん、太郎さん、ジラースー)がやってきて、彼らの席、ユクレー島運営会議のテーブルに酒と食い物を一通りセットした後、カウンターに戻ってきたユーナが、頬杖をつき、溜息もついて、
 「はーーあ、どうしようかねぇ私、21歳になったっていうのに恋人ができないさあ、何でかねぇ、見た目が悪いのかなぁ、性格の問題かなぁ。」と、ボソッと言う。

 そう深刻な顔をされての問いには、元ネズミの私は答えきれない。人間の恋愛のことなんて私たち元動物のマジムンにはほとんど想像つかないこと。我々の場合は本能だけの問題だが、人間の恋愛はそれだけでは無いように思われる。それでも、
 「ユーナは見た目も可愛いし、性格も良いと思うよ。」と、いちおう慰める。
 「アリガト・・・。」と小さな声。
 「お世辞じゃないよ、本当だよ。といって、恋愛の話を僕に相談されても答えられないけどね。ただ、ユーナはけして不幸な星の下の人ではないよ。」と言いつつ、幼い頃に母親を亡くし、父親は失踪中の人に「不幸な星の下の人ではないよ」もないもんだと思いながら、ユーナのオーラには、今も未来も暗い影は見えない、と私は確信している。
 「ガジ丸に相談してみようかなぁ。」と訊くユーナに、
 「そうだな、最近恋の唄を作っるしね。でも、ガジ丸も僕と同じマジムンだし、若い頃モテたかもしれないけど、それは猫だった頃の話だから、彼も人間の恋愛については知らないと思うよ。恋愛のことならマナに指南を受けた方がいいと思うよ。」
 「うん、私もそう思うけど、でも、マナと私じゃ、条件が違うよ。マナは美人だし、なんか性格も可愛いし。私とは全然違うと思う。」
 そう言われれば確かに、マナは男に好かれる雰囲気を持っている。ユーナにはそれがあまり無い。「でも、・・・」と、何か慰める言葉を探しているちょうどその時、ガジ丸がカウンターにやってきた。で、ガジ丸に話を振った。

 「恋愛?ユーナの恋愛の相談か?指南ってか?それはちょっと乗れねぇな。」
 「最近恋の唄を作っているって聞いたけど。」(ユーナ)
 「俺が作ってるのは年取ってからの恋だ。その人そのものを深く愛するって唄だ。俺も人間だったわけじゃないのでよく分らんが、人間の若い頃の恋愛は一種の病気だ。その病気はなかなか厄介でな、他人がどうこうできるもんじゃない。治すのも面倒なんだが、ユーナのような色気不足の女は特に、恋愛に罹るのも至難かもしれないな。」
  私が感じていた「マナにはあってユーナには無い雰囲気」、それは色気であるとガジ丸ははっきり言う。確かにその通りだと思う。ユーナも肯いている。
 「うー、色気不足かぁ、自覚はしているけど。」
 「あー、それはもうしょうがない、持って生まれたもんだ。まあ、しかし、病気に罹らなかったからって心配するな。その内、大人の恋をするだろうさ。」
 「大人の恋って?」(ユーナ)
 「うん、そうだな、相手の体をふかーく愛するってことかな。」
 「うーん、何かよく分らないさあ、私には。」(ユーナ)
 「ユーナはこの島で育ったからそういう情報が足りないんだ。まあ、いずれそのうち俺が案内してやるよ、未知の世界へ。・・・さて、」と、ここでガジ丸が話を変える。
     

 「さて、今日も新曲がある。」
 「今日も新曲があるんだ、今回も恋の唄か?年寄りの恋か?」
 「いや、今回は違う。トリオG3がオキナワで稼げるようにって、前に島ドーフの唄を作っただろ?あれが全然反響無いんでな、今回はラフテーの唄を作った。」
 「ラフテー?って、あの料理のラフテー?」(ユーナ)
 「そう、オキナワラフテー協会から『CMソングに』とオファーがあれば、トリオG3もオキナワで稼げるってわけだ。」と言って、ガジ丸はピアノを弾き、歌った。
 唄のタイトルは『ラフテーの秘密』、オキナワラフテー協会なる協会があるかどうかも不明だが、唄の内容がCMになるかどうかも不明で、ラフテーの秘密は何だ?と問いながら、ラフテーの秘密が何なのかも不明なままで終わる唄であった。
 「秘密が不明のままなんだけど?」
 「あー、それは、判る奴には判る。音楽を知ってる奴なら判る。」とのこと。

 記:ゑんちゅ小僧 2009.12.25 →音楽(ラフテーの秘密)

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瓦版102 空を超え、時を超え

2009年12月18日 | ユクレー島:瓦版

 いつもの週末、いつものユクレー屋。今日は夕方の早い時間からガジ丸がいる。さっきまでピアノを弾いていたが、今はカウンターで一緒に飲んでいる。少し前まで前田さん夫婦がテーブル席にいたが、暗くならないうちにと帰っていった。
 「前田さん夫婦はあの歳で自殺しようとしていたらしいね。その直前にガジ丸がたまたま見つけて、理由は聞かずに、とりあえずこの島にと連れて来たんだってね。自殺したくなった理由はまだ訊いていないの?たぶん悲しい話だろうけど。」(私)
 「理由?・・・どうでもいいと思って訊いていない。この島にしばらく留まって、元気になって、生きる意欲を取り戻したらそれで良いことだ。」(ガジ丸)
 「この島に来る人たちは皆悲しみを背負っている人たちばかりだからねぇ。私もだけどさあ、身の上話を聞くと悲しくなるからねぇ。」(マミナ)
 「おー、こういう身の上話もあるぞ。ユイ姉から聞いた話なんだがな、ユイ姉のごく親しい友人カップルの話だ。」と、ここからはガジ丸の語り。

 二人は若い頃、お互い好きだったのにそれを打ち明けられずに、それぞれ違う道を歩いていった。それから30年も経ったある日、何の前触れも無く偶然、二人は再会した。その時、男は54歳、女は53歳。その歳になると若い頃の臆病は消えている。
 「じつは、好きだったんだ。」と男はすぐに打ち明ける。
 「私は、・・・そう言ってくれるのをずっと待っていた。」と女も言う。
 「なーんだ、相思相愛だったのか、ちくしょう。」と男は残念がる。が、女は違った。穏やかな口調ではあったが、男の、昔の所業を糾弾し始めた。
 「ちくしょうって、あなたにはその時の1ページかもしれないけど、私は17から25まで待ち続けたんです。もう捨ててしまったけど、何ページにもなりました。」
 「えっ、だって君は、突然いなくなったじゃないか。」
 「ねぇ、私がどんなに傷ついたと思うですか?あなたは年に1回か2回、私をデートに誘ってくれました。『今日こそちゃんと交際を申し込んでくれる』って私は期待して、のこのこ付いて行きました。だけどあなたは何も言わず、私の体に触れもしませんでした。そんなことしている間も、あなたは別の女の人と付き合っていましたよね。」
 「うっ、あっ、いや、その頃は男の欲望がピークだったんだ。その欲望を満たしてくれる手っ取り早い相手が必要だったんだ。」
 「欲望を満たすのに私ではダメだったんですね。」
 「うー、何故だか、君には手が出せなかった。」
 「あなたは忘れたかもしれないけど、私が25歳の時、街中で偶然会いました。あなたはその時、私が知る限り3人目の女の人と一緒でした。その時、諦めたの。」
 「うーん、そうだったのか、いや、覚えているよ。『あ、しまった』と思ったよ。だから、久々だったのにろくに話もせず、逃げるようにその場から去ったんだ。」

 そんな昔話をしていると、しだいに気分も昔に帰るのか、初めはいくらか余所余所しい感じだったのが、ごく親しい友人、あるいは、恋人同士の雰囲気になっていった。

 「それから1年くらい経ってから君の家に電話したら、お母さんが出て、『彼女は結婚して今ヨコハマに住んでいます。』ということだったんだ。『あ、そうですか』と電話を切ったんだが、しばらくしてから失敗したと思ったよ。大事な人を失くしたかもしれないという思いが、時が経つにつれて強くなったよ。」
 「そういうことに関して、あなたは鈍感なのだと思う。私は、あなたが運命の人なのかもしれないと感じていたわ。前世から定められた人かもしれないって。」
 「うん、君がいなくなってから5、6年も経ってからだけど、俺もそう感じるようになった。大事な人だから簡単には手を出せない人だったんだ。ひどく後悔したよ。」
 「本当に後悔してる?反省してる?なら、今からでも遅くないですよ。私、今別居中なんですよ。親の面倒を見るために実家に帰っているんだけど。子供達はみな独立しているし、両親の世話以外は、私は自由ですよ。昔私が泣いた分を弁償してくれますか?私の本当の過去と現在と未来を見せてくれますか?」
 「うん、今、俺の耳に空の声、時の声が聞こえた。女房に離婚を申し出よう。彼女も前から離婚したがっていたみたいだから、大丈夫だと思う。」

  以上で、悲しくない身の上話はお終い。場面はユクレー屋に戻る。
 「年寄りの恋話だから、色気が無いのが残念だがな。まあ、こういう恋愛もあるってことだ。年取っても、空を超え、時を超えた恋愛があるってことだ。」(ガジ丸)
 マミナが質問する。
 「で、二人は今どうしているの?離婚できたの?結婚したの?幸せなの?」
 「ただいまのところ、二人は逃避行中って感じだ。現在の潜伏先はユイ姉の家。そのうちそれぞれの連れ合いが離婚に応じると思うがな。たぶん。」とのこと。
 その後、その話を題材にした唄をガジ丸が歌った。夕方ピアノを弾いていたのはこの曲を練習していたんだと判った。新曲だ。題は『長い滑り台』。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2009.12.18 →音楽(長い滑り台)

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瓦版101 クジラの憂鬱

2009年12月11日 | ユクレー島:瓦版

 12月になった。といっても、一般的にマジムン(魔物)にとっては12月だろうが1月だろうが日々の暮らしに特に変わり(新月と満月は多少関わりがある)は無い。ただ、人間との付き合いがある私にとっては、人間に近い気分になる。正月は少しウキウキ気分になるし、年末は慌しい気分になり、クリスマスは恋したくなる気分になる。
 といっても、ユクレー島にいる限りではそういった気分もあまり起こらない。ユクレー島に喧騒は無い。子供達がちょっとはしゃぐくらいだ。しかし、この時期オキナワへ行ったりすると気分はパッと変わる。ナハにあるユイ姉の店なんかは年末忙しいし、クリスマスになると、恋したくなっている大人たちで賑やかになる。

 そんな12月、年末の気分、クリスマスの気分が控えめなユクレー島は今日もよく晴れていて、気分爽やか。散歩を終えての夕方、いつものようにユクレー屋へ。 
 カウンターにはマミナ、厨房にはウフオバー、店内は特にいつもと変わりは無い。もうすぐクリスマスだけど、それらしい飾りつけは無い。

 そんな景色を見渡して、
 「うん、やっぱりだね。」と、カウンターに腰掛けながら感想を述べた。
 「何がやっぱりなの?」とマミナが応じる。
 「クリスマスって感じじゃないよね、ユクレー屋は。」
 「クリスマスかぁ、そうだねぇ、別にめでたいってことも無いからねぇ。子供達が遊びに来るんならちょっと考えてもいいんだけどねぇ、ここは大人しか来ないし。」
 「オキナワのユイ姉の店も大人しか来ないけどクリスマスやってるよ。」
 「うたかたの恋を求める大人たちがいるからね、ここにはそんなのいないし。」
 確かに、この島にはそういうのを求める人はいない。さらに言えば、恋とは無縁のマミナと、恋とは、ということさえ憚れるウフオバーでは、クリスマスも無縁だ。
 「キリスト教徒でも無いしねぇ、私は。」とオバーが決定打を放つ。

 「あっ、・・・」と、マミナがカレンダーを見ながら、「今年のクリスマスは金曜日に当たるんだ。じゃあ、宴会になるね。」と続けた。
 「金曜日ならいつもと変わらない、いつもの宴会だよ。」(私)
 「あい、そうねぇ、金曜日になるのねぇ、だったら少しは飾ってみようかねぇ。」とオバーが厨房から出てきて、カレンダーを確認する。
 「ユーナが帰ってくるって言ってたさあ、この日。」
 「ユーナ?そうか、ユーナは恋したい若者だからってことか。」(私)
 「クリスマスの飾りか、そういえば、マナがいる頃はちょっとクリスマス気分を出していたね。彼女は恋する女だったからねぇ。」(マミナ)

 などとユンタク(おしゃべり)している間に夜になって、いつものようにガジ丸一行がやってきて、ユクレー島運営会議が終わって、ガジ丸がカウンター席に座った。オバー、マミナ、私の三人で語ったことをかいつまんでガジ丸に聞かせ、意見を訊いた。すると、ガジ丸はそれに答えること無く、話を始めた。ここからガジ丸の語り、その要約。

 このあいだ、ある島で物思いに耽っているクジラに会った。オジサンクジラだ、人間で言うと四十代、分別の十分備わっている歳だ。わけを聞くと、
 「生きている意味を見失った。」と言う。
 「生きていることに意味があると思うが。」
  「いや、俺は毎日たくさんの小さな命を食べて生きている。たくさんの小さな命を犠牲にしてまで俺一人の命に生きている価値があるのだろうかと・・・。」
 「ほう、そんなでっかい図体をしていて、自分が取るに足りないちっぽけなものに見えたか。ふんふん、お前、ひょっとして、振られたな?」と言うと、クジラはゆっくりと俺に目をやって、ゆっくりと目を逸らし、しばらく黙っていたが、
 「あー、」と小さく答えた。そして続けた。
 「恋などしなければ良かった。するだけ損だ。この歳になって馬鹿だ。」
 「その歳になって恋をしたってことは、たとえ振られたとしてもだな、天晴れなことだと思うぜ。人間も動物もおよそ恋をするために生きているといって過言では無い。お前は動物として正しい生き方をしてるんだ。まあ、ただ、普通はそろそろ、女では無く、花鳥風月に恋をする歳だがな。いずれにせよ、何かに恋するってことは大事だぜ。」
 「そんなもんかなぁ・・・、」とクジラは言って、空を見上げた。夜空だ。十三夜の月がそこにあり、煌々と明りを照らしていた。
     

 「というわけだ。」とガジ丸の話はここで終わった。「まあ、つまりだな、何かに恋をするということは、そこに夢とか希望とかワクワクとかドキドキとかの、生きるのに必要な要素が詰まっているんだ。だから大事だよって話だ。」とのこと。その後、そんなことをテーマにしたっていう新曲をガジ丸は披露した。題は『クジラの憂鬱』。

 記:ゑんちゅ小僧 2009.12.11 →音楽(クジラの憂鬱)

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瓦版100 塵も積もれば千里の道も

2009年12月04日 | ユクレー島:瓦版

 何かと騒動の種になっていたケダマンがいなくなってから、ユクレー島も静かで、何の事件も起こらない。私の瓦版も野山の瓦版という名の通り、森のフクロウや、畑のミミズや川のメダカたちの近況報告が紙面の多くを占めている状況。
 そんな週末、ユクレー屋にはマミナ先生がいて、マナがいる。マナは概ね、毎月の第一週には里帰りしている。で、今日はその月初め。いつもはカウンターで私の相手をしてくれているマミナだけど、マナがいるから今日は私の隣。で、三人でユンタク。
 「トーキョーは凄かったよー。人も車も一杯でさ、酸素が足りなくなるんじゃないかって思うくらいだったよー。」というマミナの旅話の一つから、環境の話となった。

 「人も車もトーキョーには遠く及ばないオキナワだって、酸素が足りなくなるかもしれないよ、海の森が減りつつあるからね。」(私)
 「海の森って、珊瑚のこと?」(マナ)
 「南の海の珊瑚だけど、海水温があまり高いと死ぬらしいんだ。」(私)
 「あー、地球温暖化で海水温も上がるってことね。そうか、海の森も危ないのか。このままいったらどうなるんだろうね。子供達の将来は大丈夫かなぁ。」(マナ)
 「マナは何か環境にいいことやってるの?」(マミナ)
 「そうだねぇ、夏場もクーラーを使わないようにしているよ。」(マナ)
 「マナ一人が頑張ったって、世界中の砂浜の砂の1粒程度だと思うよ。」(私)
 「いや、それでもね、1日1粒で、1年で365粒になるさあ。」(マミナ)
 「365粒って、屁みたいなもんだよ、お金で考えたら365円だ。」(私)
 「その365円を世界中の人たちのうち10億人がやるとしたら?」(マミナ)
 「10億かける365円、・・・3650億円だ!すごいね。」(マナ)
 「3650億円といえば、ユニセフの1年間の援助金額の10倍さあ。一人一人が少しずつでも努力すればそんな大きな数字になる。塵も積もれば、だね。」(マミナ)

 ちょうどそんな会話をしている時にガジ丸一行(ガジ丸、勝さん、新さん、太郎さん、ジラースー)がやってきた。話は聞こえていたようで、すぐにガジ丸が加わる。

 「塵も積もればって環境の話か?それとは違うが、今度の新曲も塵も積もればって話になる。若い頃からちゃんとした食事と運動をコツコツ続けていれば年取っても元気でいられるって話だ。モデルはジラースーなんだがな、爺さんトリオにも言える。」
 「確かに爺さんトリオも元気だけど、ジラースーは人間としちゃ驚異的かもね。」
 「あー、自分では特にそうは思わなかったんだけどな、このあいだ久々、20年ぶり位に同窓会があったんだ。同級生達が皆老いぼれていたのには驚いたよ。」(ジラー)
 「今年64歳になったんだよこの人、近所の60代の人たちと比べたら女房の私だって驚くくらいさあ。走るし、跳ぶし、ほとんど病気しないし。」
 「体の鍛え方だね、我が身を甘やかさない精神力の強さだね。」(マミナ)
 「うん、いや、だから塵も積もればって話だ。ジラースーは日頃から体を鍛えている、若い頃からずっとだ。そういったコツコツが積み重なって大きな成果となる。歳取ってからも元気という結果だ。塵も積もれば千里の道にも到達するってことだ。」(ガジ)

  「あと5、6年もしたらマナの子供達も小学生になって、運動会とかあるよね、父兄の参加する催し物もあるよね、その頃、ジラースーは70歳だよね、年齢からすると曾お爺さんだよね、それでもまだ、走ったり、跳んだりしているかなぁ?」(私)
 「お前、想像したくないことを想像させるなぁ。しかしそうか、子供達が小学生になったら俺は70歳か、確かに曾お爺さんだ。走っているかなぁ?」(ジラー)
 「大丈夫だよ。あんたなら走れるし、跳べるさあ。それに見た目だってさ、今でも40代だし、あと5、6年経ったって40代だよ。お父さんで通るよ。」とマミナ、それはけしてお世辞ではない。私もそう思う。傍でマナも大きく肯いて同意している。
     

 などという話が一通り終わった後、トリオG3の唄が始まった。新曲は一つ、そのタイトルは『病も山のように』、まさしく、我々の話していた内容の唄であった。

 記:ゑんちゅ小僧 2009.12.4 →音楽(病も山のように)

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