ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

八月十五夜

2017年10月13日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 初め、『十五夜』というタイトルでこの頁を書こうとしていたが、「これについては既に書いたのではないか」と、ふと思い出して調べる。『十五夜』というタイトルでは無かったが、『月見』というタイトルの一文があった。その中で、
 「昨夜は十五夜、中秋の名月。沖縄でも月見の行事はある。八月十五夜をハチグヮチジューグヤーと発音し、元は、農作物の豊作を祝う行事。」と紹介している。
 『月見』というタイトルの一文は2005年9月19日付の「沖縄の行事・祭り」というジャンルに含まれている記事。今から12年前に書いたもの、ガジ丸HPを始めてから1年ほど経った頃に書いたもの。元々私はテキトーな性格だが、その記事を読み返してもテキトーさがよく判る。しかも、「八月十五夜をハチグヮチジューグヤーと発音し」も忘れているし、その中で「フチャギ」について書いてあることも忘れていた。

 八月十五夜も、それと近い日にある秋の彼岸も、私は毎年トートーメー(位牌)を預けてある寺へ行って、それぞれ供え物をし、線香を点てウートートゥ(御尊いという意、祈りを表す言葉)している。今年(2017年)の八月十五夜(旧暦)は新暦の10月4日であり、それより10日ほど前の9月23日は秋分の日であった。
 その23日、寺へ行く前、供え物を買うためにスーパーへ寄る。店内を回ってフチャギを探したが無い。お萩はあるのでそれを1パック籠に入れてレジへ行き、レジ係りが若い人だったので、近くにいたアラサーくらいの女性店員に、
 「今日供えるのはフチャギではなかったですか?」と訊いた。
 「さぁ、どうでしたか、お萩でも良いと思いますが」とのこと。そうか、アラサーでも沖縄の行事をしっかり覚えていないんだな、と認識させられる。
     

 10月4日、十五夜のウートートゥの為、寺へ向かう。その前にスーパー、彼岸の時に行ったスーパーとは別の店へ寄って、入口近くにあるパン屋さん、パン屋ならお菓子のことはご存知だろうと、そこの若い店員(二十代半ばくらいの女性)に、
 「フチャギはどの辺に置いていますか?」と訊いた。
 「えっ、何ですか?」
 「フチャギです。」
 「フチャギって何ですか?」
 「えっ、あなた、ヤマトゥンチュ(倭人)ですか?」
 「いえ、沖縄ですが。」
 「十五夜で仏前に供える小豆のまぶされた餅のことですが。」
 「あー、あれ、十五夜関連はあの辺りです。」と、彼女は指さしてくれた。
     

 アラサーの女性が、彼岸や十五夜にフチャギを供えるのかどうか知らない。二十代半ばの女性がフチャギという名称を知らない。しかし私は「何たること!沖縄の行事を若い人は知らない。このまま沖縄の文化風俗が忘れられるのか」と憤慨することは無い。
 私は、自分で調べてHPの記事にもした「八月十五夜をハチグヮチジューグヤーと発音し」も忘れているし、その中で「フチャギ」について書いてあることも忘れている。そう書いてある記事『月見』にはまた、「沖縄の餅フチャギを供えるのはこの日。ススキを飾り、フチャギを食い、夜には厄払いの爆竹を鳴らし、小豆の入った赤飯を食う。農村では豊年祭が行われ、老若男女打ち揃って歌い、踊る。ウミンチュ(漁師)の町糸満市では伝統ある綱引きが行われ、大きな祭りとなっている。」とも書いてある。
 自分で調べて、その記事を書いているのにも関わらず、その内容をすっかり忘れている私ごときが、彼岸に供えるのはフチャギなのかお萩なのか知らないからといって、フチャギという名を知らないからといって、若い女性たちに憤慨できる訳が無い。
     

 ちなみに、「沖縄の行事・祭り」というジャンルには『彼岸』というタイトルの、2005年9月23日付の一文もあり、その中で「沖縄での彼岸は「祖先供養のまつり」と文献にあった。「仏前に餅や重箱料理と酒を供える」ともあった」と書いてある。しかも、フチャギはお萩の元の形であることもその中で書いてある。それらのことも、私が自身で調べて自身で書いたこと。しかし、私の脳には記憶として残っていなかった。
 「彼岸は先祖供養、八月十五夜は豊年祭に由来」ということを今回はしっかり記憶しておこう。そして、いずれも飾る餅はフチャギで良いということも覚えておこう。覚えておいて、いつか若い女性に問われた時は威張って説明してやろう。できるかな?
     

 記:2017.10.9 ガジ丸 →沖縄の生活目次


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嘆きの言葉 アキサミヨー

2016年11月11日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 「今年は雨の日が多く」という文章を今年は何度書いただろう。雨の降った日、沖縄気象台のデータではなく、私の日記で確認すると、1月は18日、2月は19日、3月は16日、4月は17日、5月は16日、6月は19日、7月は8日、8月は17日、9月は23日、10月は16日となっている。農夫の望む雨の頻度だったのは7月だけだ、あとはみな農夫泣かせだった。お陰さまで農作業は面倒で時間がかかり、お陰さまで作物の生育も悪く、お陰さまで貧乏農夫の売り上げも悪く、貧乏はずっと貧乏のままとなっている。
 「糞暑い」という言葉もこの夏は何度も書いている。夏が過ぎて9月になっても、そして何と10月になっても「糞暑い」は何度も書いている。今年の10月の気温は平年より2度以上高かったとラジオのニュースでも言っていた。確かに糞暑かったのだ。
 「何でこんなに糞暑いんだよ!バカ!アホ!糞ったれ!」とか「何でこんな雨ばっか降るんだよ!バカ!アホ!糞ったれ!」と、天気に文句垂れていた農夫だが、11月に入って秋らしい気候となり、畑の労働も汗が滲む程度で済んでいる。そう、気温は良いのだ。しかし、11月に入ってから雨が降っていない。「この野郎、神様に文句垂れるなんて罰当りな奴だ、懲らしめてやるか」と天気の神様は怒ったのかもしれない。

 私の日記による記録では10月27日から雨が降っていない。今週火曜日11月8日までの12日間、雨が降らなかった。雨の多かった頃は土が湿っていて耕すのに難渋していたのだが、雨が降らなくなって今週日曜日辺りから土がカラカラに乾いて、土の塊が石のように硬く(沖縄の土は粘土質なのでそうなる)なって耕すのに難渋している。
 土の塊は、多少湿っていると手で握り潰せるが、カラカラに乾いていると手では無理。立ち上がって足で踏みつける。足で踏みつけても崩れないものは足で叩き潰す。何度も何度も足で叩き割って潰していく。汗をかく作業となる。時間もかかる。
 農夫泣かせの天気に対し、
 「アキサミヨー、今日も雨かよ!」
 「アキサミヨー、全く夏の太陽じゃないか!」
 「アキサミヨー、沖縄は熱帯か?雨季と乾季ってか?」などと農夫は嘆く。
 石のように硬い土の塊を足で叩き割りながら、なかなか割れない土を見て、
 「アギジャベ!」と怒鳴り、筋肉痛になりそうな足を摩りながら
 「アギジャビヨイ、俺ももう歳だなぁ」と嘆く。
     
     

 アキサミヨーは「秋雨よ、濡れてもいいわ」という意味のアキサミでは無い。私の父は吐き捨てるような口調で「アキサミヨイ!」とよく言っていたが、秋雨酔い(どんな酔いか解らないが)という意味でも無い。正確にはアキサミヨーと発音する。
 似たような意味でアギジャビヨー、アッサミヨー、ハンマヨーなどもあるが、これらは沖縄語辞典に載っておらず、アギジャビヨーとアッサミヨーはアキサミヨーから派生した変型発音で、ハンマヨーはアンマヨーから派生した変型発音と思われる。アギジャビヨーからはまた、私が嘆いたようにアギジャベ、アギジャビヨイの変型発音もある。
 沖縄語辞典に載っているアキサミヨー、アンマヨー、その説明によると、
 アキサミヨー:あれぇっ。きゃあっ。助けてくれ。非常に驚いた時、悲しい時、苦痛に耐えない時、救いを求める時などに発する声。(全文)
 アンマヨー:あれまあ。あれっ。びっくりした時、つまづいた時などに、女・子供が発する語。「おかあさん」の意か。(全文)
 ※「おかあさんの意か」について補足、沖縄語でお母さんの事をアンマーという。

 今でこそ図書館に通い、図鑑やその他の資料を読み、植物や動物、沖縄のあれこれを勉強している私だが、子供の頃は勉強大嫌い子だった。勉強大嫌いだったので学校の成績も悪かった。テストで悪い成績をとって、それを見た親が、「アキサミヨー、くぬワラバー(童)や、アンシ(何て)ディキランヌー(できない者)やる」と嘆いていた。
     

 記:2016.11.9 ガジ丸 →沖縄の生活目次


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罵る言葉 フラー

2016年11月04日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 10月28日まで糞暑かったのが、29日にいくぶん和らぎ、30日は雲が多かったこともあるが、たまに顔出す太陽も時期相応の、いかにも秋(沖縄の)らしい日差しとなって、日向の作業でも汗が滲む程度だった。それまで、太陽に向かって、
 「アホッ!バカッ!糞ったれ!」などと文句を垂れていた私であったが、「太陽もやっと正気に戻ってくれたか」と穏やかな気分、作業も進んで、1畝を耕し終えた。
 ところがどっこい、翌31日、風は秋風に相違ないが、日中晴れて、その太陽の下はまたも真夏となった。午前10時までにTシャツはびっしょり。午後になるとさらに暑くなって、頭から額から汗が流れ、顎からポタポタ落ちる。あまりの暑さに腹立って、
 「アホッ!バカッ!糞ったれ!」などの他、「フラードゥヤミ!アチャ(あした)からや11月ドーヒャー!」とウチナーグチでも罵り言葉を吐いていた。
 10月27日付ガジ丸週一日記に日向の気温(10月26日午後1時頃)を写した写真を載せたが、その時は45度あった。31日の午後、日向が余りにも暑かったのでまたも計ってみたら、その時は何と50度もあった。時刻は午後2時半、前に計った午後1時より2時半の方が暑いのであろうと思われるが、それにしても、何ちゅう気温。
     
 
 このところ沖縄の言葉についての紹介が続いているが、今週別頁の『ケンカの元』を書きながら、前に紹介した『タッピラカス』、『タックルス』を読み返していたら、「口喧嘩ならもっといろいろ使えそうなのがあるぞ」と気付き、今回は罵り言葉の紹介。
 上記の「フラードゥヤミ」は、フラーがフリムン(狂れ者)の簡略系で「バカ者」という意、ドゥは「で」ヤミは「あるのか?」という意。これに主語を加えると「ィヤーヤ(お前は)フラードゥヤミ」となる。もちろん、「フリムンドゥヤミ」でも同意となる。ちなみに、「狂れる」は広辞苑にあり、「常軌を逸する。普通でない」という意。
 バカに似た意味では「ゲレン」、「ポッテカスー」、「トットロー」というのもある。私が中学の頃、私の周りには今で言うヤンキー、その頃は不良と読んでいた連中がウヨウヨいた。彼らはよくケンカした。殴り合う前に彼らはそういった言葉を吐いていた。
 「ゲレン」、「ポッテカスー」、「トットロー」はいずれも沖縄語辞典に載っていないので、由緒正しい沖縄語ではないのだろう。私の感覚ではゲレンは「気違い」、ポッテカスーは「アホ」、トットローは「間抜け」といったニュアンスと捉えている。
 「ゲレン」、「ポッテカスー」、「トットロー」はいずれもケンカの際だけでなく、親が子を叱る時にも使われた。私は父母や祖父母にそれら3つの言葉で怒鳴られた経験がある。その他、「トゥルバヤー(のろま)」というのもあるが、実際、のろまであった私はその言葉で最も多く叱られた。他に・・・躾の言葉については次回に詳しく述べる。
     

 ちなみに、「アホッ!バカッ!糞ったれ!」をウチナーグチにすると「ポッテカスー!フリムン!クスマヤー!」となる。「クスマヤー」については既に紹介済み。クスは糞の沖縄語読み、マヤーはマユンという動詞の変化したもので「~する人」という意になる。マユンは日本古語の「まる」と同じ。「まる」は広辞苑にあり、放ると漢字表記し、「はいせつする。大小便をする。」という意、「ひる」とも言う。
 「ひる」で思い出した。罵る言葉に「ヒーヒヤー」ともあった。「屁をひる人」という意。誰もが屁をひるのだが、特にたくさんひる人というニュアンスがあると思う。

 もう1つちなみに、私が「フラードゥヤミ!アチャからや11月ドーヒャー!」と太陽に向かって罵った日の翌日11月1日はまあまあ涼しくなり、翌2日はさらに涼しく、夜中寒くて目が覚めたほど。29日の最低気温は25.2度、30日は24.3度、31日は23.5度、1日は22.0度、2日は21.6度、4日間で4度近くも下がりやがった。階段を3段ずつ降りるような急激な下がり方。「体調崩すぜ!」とまたも愚痴る。
 冬物寝具の掛け布団は押し入れにあるが、布団を出すほどの寒さでは無い。タオルケットで十分。ところが、7月下旬には済ませてあった引っ越し準備で、冬物衣料の一部、タオルケットなどは段ボールに詰めて畑小屋の中だ。9月頃には引っ越しを済ませているつもりだったのだ。例年の10月だと寝る時にタオルケットが必要となる。それまでにはいくらなんでも引っ越しを終えているだろうという甘い考えだったのだ。そういった甘い考えの人のことも「ポッテカスー」とか「ノータリン」と呼ぶ。私がそうです。
     

 以下、沖縄語辞典による説明。
 フラー:気違い。気のふれた者。また、馬鹿者。
 フリムン:ならず者。馬鹿。気違い。狂人。(抜粋)
 トゥルバヤー:ぼんやりしている者。トゥルバイムンも同意。
 クスマヤー:沖縄語辞典にはクスクェーがあり、糞喰らえという意。
 ヒーヒヤー:沖縄語辞典にはフィーフィラーがあり、よく屁をひる者という意。
 ゲレン、ポッテカスー、トットロー、ノータリン等は沖縄語辞典に記載なし。

 記:2016.11.3 ガジ丸 →沖縄の生活目次


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ケンカの元 ワチャク

2016年11月04日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 沖縄の農繁期である9月10月、9月はまだ暑いが、種播きを終えホッと一息している10月の中頃には沖縄も秋となる。「おらが秋ーーー」と叫びたいほど私の大好きな秋、夜は涼しくてぐっすり眠れて、昼間の畑仕事も太陽の熱が和らいでいるので丸一日畑仕事をしても体力に余力を残し、酒も美味い「おらが秋ーーー」なのである。例年は。
 ところが、今年は違う。今年の9月10月は雨の日が多く、畑の土が湿っていて耕すという作業がなかなかできなかった。で、作業が遅れる。しかも、雨は、たいてい夜中に降り、昼間は晴れている日が多く、晴れている日はとても暑かった。「とても」とは具体的にどれくらいかと言うと、「ガンマリどぅヤミ、ワチャクどぅソーミ!」と太陽に向かって悪態をつくほどの暑さ。「ふざけているのか、からかっているのか!」といった意。
 具体的にと言いつつ、ついつい感情的になって比喩表現になってしまった。沖縄気象台の資料から、実際にどれほど前代未聞の暑さだったかを具体的に証明する。
     

 10月に最高気温が30度を超えた日数、2011年2日、2012年0日、2013年7日、2014年3日、2015年4日だが、2016年は20日もある。
 2011年からの去年までの5年間で31度超えは1日も無いが、今年は9日もある。さらに、10月中旬以降に30度超えとなったのは同じ5年間で2013年の1回だけしかないが、今年は13日もある。その13日の内31度超えは4日。10月としては前代未聞の暑さと言っていいわけだ。忍耐強い私でも参ってしまうわけだ。
 ついでに、今年の9月10月(9月はずっと、10月は前半まで)は雨が多かったことも、沖縄気象台の資料から具体的に証明する。2ヶ月分の雨量、2011年283.5ミリ、2012年368.0ミリ、2013年378.0ミリ、2014年364.5ミリ、2015年110.0ミリであるが、今年2016年は417.5ミリ。ちなみに気温も雨量も観測地点は那覇で、畑のある西原は、私の日記による観測では、雨量についてはおそらくもっと多い。

 農繁期である9月10月、農夫にとって都合の良い天気は、気温25~30度(無茶なことは言わない、30度くらいなら我慢する)で、午前中は晴れ、真昼間は概ね曇り、週に1~2回程度は夜中に雨が降る。そんな天気なら作業は進むし、作物も育つ。
 ところが今年は、夜中に雨が降るのはいいが、3日に2日くらいの頻度で降った。畑へ出勤すると晴れてはいても土はたっぷり濡れている。濡れた土は耕す道具のヘラにベッタリとくっつき、作業は面倒で時間がかかる。除草も同じように時間がかかる。
 昼間の空は黒か白かのどちらか、つまり、降るか晴れるかのどちらかで、曇り空というのはごく少なかった。よって、晴れたら太陽の熱が降り注ぐ、それも秋の太陽では無く、真夏の太陽に近い熱線が降り注ぐ。暑さで体も心もヘトヘトになり作業が進まない。
 このように、今年の9月10月はまったく、農夫にとって都合の悪い天気であった。それはまるで、天気の神様が農夫を困らせてやろうと意地悪しているのではないかと思うほど。ということで、大人しい私が「ガンマリどぅヤミ、ワチャクどぅソーミ!」と悪態ついたわけ。その他、和語で「糞ったれ!アホッ!」なんて言葉も吐いた。

 前に「タッピラカス」、「タックルス」などケンカの際に使われるウチナーグチを紹介しているが、今回紹介している「ガンマリ」、「ワチャク」はケンカの原因になるかもしれない言葉となる。ちょっとしたいたずらのつもりが、ちょっとふざけたつもりが、あるいは、ちょっとからかったつもりが、相手には酷く気に障って、ケンカとなる。
 ケンカの原因となる状況がもう1つ(他にもあるかもしれないが沖縄語の専門家ではないので私には不明)ある。それはウセーユン、「バカにする」といったような意。
 ウセーユンについては、2015年7月17日付ガジ丸通信『ウセートーン』に例を挙げて判り易く(と自分では思っている)説明しているが、何しろバカにしているのだ、バカにされたら当然のごとく怒る。怒って、そして、
 「ィヤー(お前)、ワン(俺を)、ウーセートーラヤー(バカにしているな)。」
 「ヌーが(何で)、ワッサミ(悪いか)。」
 「ワッサミヰー(悪いかって)、タックルスンドー(殴るぞ)!」
 「タックルスーウー(殴るってか)、シナスンドー(殺すぞ)!」
となって、ケンカに発展する。ウチナーンチュは穏やかで心優しい人も多いが、中にはこのようにタンチャー(短気者)も少なからずいる。ガンマリしたりワチャクしたりする者はたいてい子供、または、精神が子供の大人だが、タンチャーは大人にもいる。
     
     

 以下、沖縄語辞典による説明。
 ワチャク:からかうこと。他人にいたずらすること。
 ガンマリ:いたずら。ふざけること。
 ウセーユン:あなどる。軽蔑する。見くびる。
 タンチャー:短気者

 記:2016.11.1 ガジ丸 →沖縄の生活目次


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だからよー、何でかねー

2016年10月28日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 静岡出身の義兄は、姉と結婚(40年程前になるか)後、たびたび沖縄を訪れている。その義兄がまだ沖縄に慣れていない頃、「だからよー」、「何でかねー」というセリフがウチナーンチュの口(特に従姉)からよく聞かれることから、

 例えば、H子(その従姉)の店にコーヒーを飲みに行ったんだけど店が開いていない。閉店日でも無いし、開店時間も過ぎている。少し待っていたらH子がやってきた。
 「H子、遅いよ、もう開店時間を過ぎているよ」と文句言ったとする。すると彼女は、
 「だからよー」で済ませる。
 例えばもう1つ、H子にコーヒー頼んで、それがぬるかった時、
 「H子、このコーヒーぬるいよ」と文句言ったとする。すると彼女は、
 「そうねー?何でかねー」で済ませる。
 「だからよー、何でかねー」はウチナーンチュの特徴の1つだ。責任転嫁だ。

 とのこと。「責任転嫁」と言う義兄の意見に私は大いに賛成する。自分が遅刻しようと思って遅刻しているのではない、自分がぬるいコーヒーを出したいと思っているのではない。何か目に見えぬ力がそうさせていると言っているみたいなもの。
     

 先週先々週とケンカの際に使われる言葉『タッピラカス』、『タックルス』について書いたが、その中では他に「死ナスンドー」、「クルスンドー」などのケンカ常套句を紹介している。「死ナス」は「殺す」で、「クルスン」は「殴る」の意である。
 同じく、先週先々週の記事『タッピラカス』、『タックルス』の中で紹介しているが、ケンカ言葉は「死ナサリンドー」、「クルサりンドー」と受動態で使われることも多い。「死ナサリンドー」は「殺されるぞ」で、「クルサりンドー」は「殴られるぞ」という意になる。誰が?と言うと「お前が」、誰に?と言うと「俺に」ということだが、もしかしたらこれも、ウチナーンチュの責任転嫁で、誰に?は「俺に」ではなく、「何か目に見えぬ力によって」ということかもしれない。現実には「俺」が殴るのだが、それは神の思し召しであり、「天に代わって成敗してくれる」というつもりかもしれない。

 「だからよー」は時に「だっからよー」とも発音される。「だっからよー」には「ホントに、実に、誠に」といったニュアンスが含まれる。いずれにせよ、「何でかねー」も含めて「誰が悪いのか知らないけど」といったスットボケタ言いようとなる。
 音程で表すと「だからよー」ミミファレー、「何でかねー」はドドミドレー、「だっからよー」はミ、ミファドーみたいな感じ。これはそのまま歌になる。
 何でかねー だからよー
 何でかねー だっからよー
 遅刻したって? 誰が?私が? ラララララシド シシラソソラシ
 客が困るよ 私のせいなの? ファファファファファソラ ソソソソソソラシ
 何でかねー だからよー
 何でかねー だっからよー
みたいな感じ。いかにも南国のノーテンキな歌い方をするとピッタリはまる。
     

 ウチナーンチュと結婚したヤマトゥユミ(大和嫁)、その夫婦のある日の会話。
 「あー、ちゃんと洗濯物取り込んでくれたんだね、ありが・・・あれ?、でも、これ、全部濡れているよ。」
 「だからよー。」
 「だからよーってアンタ、雨が降りそうだから洗濯物取り込んでおいてねって2時間も前に電話したじゃない。「了解」ってアンタ言ってたじゃない、何でよ!」
 「何でかねー。」
 「何でかねーって!・・・殺すぞテメェ。」
 こういった場合の「殺すぞ」のように和語はたいてい能動的である。「殺されるぞテメェ」とか「殴られるぞテメェ」とは、和語ではあまり言わない。倭人は概ね責任転嫁などしない。ウチナーンチュは自らの言動になるべく責任を持ちたくない性質とも言えるが、私は、言動を神に委ねているようなウチナーンチュ気分はそう悪くないと思う。
     

 記:2016.10.21 ガジ丸 →沖縄の生活目次


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