ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

地雷を踏む思いで

2004年10月29日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 崖崩れは、大きな岩を含む土砂の急傾斜となった。降り続く雨で足場は悪く、止むことの無い余震はいつまた大きなものが襲ってくるか知れない。そこに救うべき命があったとしても作業は慎重に、時間をかけてやらねばならない。急ぐ余り急傾斜を刺激して、さらなる被害を生んではいけない。それは、“薄氷”ではない。被害は周りの人も巻き込む、まさに“地雷”を踏む思いの作業であったと思われる。
 もし、彼らの作業が手遅れで、その結果、命を救えなかったとしても、「何でもっと速く動かないんだ!」などと怒る人は少ないだろう。救うための最上の方法に心を尽くし、体を精一杯動かしたのだ。無念な思いはむしろ、救助員たちの心に重く残るのだと思う。
 困っている人たちを助けたい、役に立ちたい、でも、その思いを果たすためにはいばらの道を行かなければならない。我が身に傷を負う覚悟で若者は道を突き進む。そういう行動は崇高なことであり、賞賛したい。彼らの行動によって生まれるリスクは、国全体で負担して良いものだと思う。その行動が、周りの迷惑を顧みない無謀な行動とは思えなかったからだ。いばらの道は、結果的には自身の擦り傷だけでは済まない、被害の及ぶ範囲の広い“地雷の道”であった。そこは、彼らの想像を遥かに越えて危険だったのだ。
 進む道が、遠く母国にも影響を及ぼす非常に危険な地雷の道であるということは、既に数人の若者たちの実体験によって証明が成されている。それでもなお、その道を進もうとした若者のことは、熊出没の看板を見て山道を引き返したオジサンには理解できない。

 記:2004.10.29 ガジ丸


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基地の跡の夢

2004年10月22日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 沖縄の政治経済の中心である那覇まで車で約30分、若者たちが集まる北谷まで車で約10分、ダイビングスポットのある読谷まで車で約30分という好条件の場所に、広大な空地(予定)がある。広さは約480ヘクタール。
 480ヘクタールがどのくらいの広さかというと、東京ディズニーランドの面積が約80ヘクタールということから想像して欲しい。約6倍である。ちなみに東京の中央区の面積が約1000ヘクタールである。その半分近くの広さがある。
 さて、この立地条件の良い広大な空地予定地は今、米軍にとっては重要な軍事基地となっている。“重要な”と書いたが、本当に重要であるかどうかの証明はなされてない。証明が無いので、米軍にとって重要かどうかも疑わしい。日本にとって重要かどうかはなおさら疑わしい。少なくとも沖縄に存在し続ける確たる理由はなかろう。で、おそらく、たぶん、きっと、近い将来普天間基地は返還される。そこで、夢を語りましょう、という話。
 普天間基地は宜野湾市のど真ん中にあり、上述したように立地条件は良い。ここをどのような空間にしようか考えてみよう。たとえば、すごく大雑把な計算だが、480ヘクタールのうち、山林(里山風にする)、道路、公園、学校などの公共施設、商業地などに8割の384ヘクタールを充て、残りの2割の96ヘクタールを住宅地とした場合、敷地50坪の住宅が約5800戸、1戸当たり4人として人口は約23000人となる。それはアパート、マンション等のことも考えるとけして多い見積もりでは無い。
 そして、上記の戸数の世帯が住んだとした場合、その生産額は、1戸当たりの年間生産額が500万円として、約290億円となる。今、基地から得ている地代は年間約50億円とあるから、その約6倍となる。これには、県外からの観光客によって(ホテル、アミューズメントパークなどを含んだ)商業地に落とされる金額は含まれていない。
 とにかく、基地よりも民間地にした方が生産は上がるということ。それよりなにより、基地よりも民間地にした方がずっとずっと楽しかろう。
 以上、すごく大雑把な例えをしたが、もちろん、私の脳味噌でパッと思いつくほど事はそう単純では無い。面倒な問題もいくつかある。でも、心配する無かれ。私なんかの何倍もこのことを詳しく、真面目に考えている人はたくさんいる。また、普天間基地のある宜野湾市役所でも基地問題、跡地利用問題は大きく取り上げている。詳細はそれらのサイトを見てください。普天間基地の跡地利用で素晴らしいアイデアが浮かんだなら、宜野湾市役所へ提言してみてください。基地の跡地利用は国民の問題であり、夢でもあります。
 宜野湾市役所
 その他、基地関連、跡地関連に多くのサイトがあるので、検索してみてください。
 跡地利用で注意する点はいくつもあるでしょうが、私が気になることを一つ挙げておきましょう。「今年一杯で返すから来年からは勝手に使っていいよ」と言われても困るということです。それは、基地からの土地代で生活している人が来年から急に収入が無くなるということになります。跡地が市民の生活空間として十分機能するまで準備期間、または、地主が自分の土地を十分活かせるための準備期間が必要です。それには15年くらいは必要でしょう。その収入の無い15年間をどうするかにも、何らかのアイデアが要ります。

 記:2004.10.22 ガジ丸


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何たる!ソッコウ

2004年10月11日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 スットコドッコイなウチナーンチュは、環境(のうち今回は景観)よりも開発を優先して、せっかくの景色を台無しにしたりもしている。去年、渡名喜島を訪れた時の話。

   何たる!ソッコウ

 鋭いシュートをキーパーが受け止め、すかさずそのボールを蹴って前線の味方へパスする。ボールを受けた選手が、すぐさまその場で相手ゴールへ蹴りこみ得点する。その間、わずかに10秒。そういった「何たる速攻」という意味の「ソッコウ」では無い。
 渡名喜島は、渡嘉敷、座間味等の島々と久米島との中間辺りに位置する小さな島で、訪れる観光客も座間味などに比べれば遥かに少ない。それは全く、交通の便の悪さに原因があるものと思われる。他の離島に比べて、時化による船便の欠航の回数が多い。不意の欠航は観光客にとって不安材料となる。一昔前に比べればだいぶ良くなったとはいうが、それでも、台風はもちろん、冬の季節風で海が時化ると船が港に接岸できない。他島の港は問題無い時化であっても、渡名喜島はそうなる。港へ入る海上の道が狭いせいなのだ。
 先週、出張で渡名喜島へ行った。1泊2日の予定だったが、時化のため船が欠航し2泊となった。3日目もどうなるか不安だった。1組の替えしかなかったパンツと靴下を洗濯しなければならない。半乾きのパンツを替わりばんこに穿かなくちゃならないのだ。
 結果、不安は杞憂に終って3泊はせずに済んだのだが、それにしても、台風でも無いのに欠航なんて、まさしく孤島だ。観光客が少ないというのも納得できる。しかし、観光客が少ないということは、観光地化されていないということで、他島に比べて、ここはあまり荒らされていない。金欲と色欲の渦巻くケバケバしさは微塵も無い。
 民宿も去年までは1軒しかなく、今年、3軒に増えたばかり。部落には食堂が無い。喫茶店も飲み屋も、カラオケ屋も釣具屋も無い。ましてやコンビニも当然無い。看板を出していない小さなマチヤグァーが4軒と、これまた看板の無い、民家の庭先にポツンと建っている小さな魚屋が1軒あるだけだ。ちょっと洒落た食品店が不釣合いに1軒あった。
 全戸およそ250戸のうち、人が住んでいるのは150戸。残り100戸は空き家。人口は約450人。島全体の面積のうち平野は約1~2割。そこに全戸数と郵便局、役場、公民館、港、小中学校などの公共施設および畑がある。島の面積の大部分は山野だ。昔は段々畑もあったらしいが、今はそこも荒れて、草地となっている。道路は島をほぼ1周するようなのがあり、ところどころの高台に展望台も設けられている。眺めは絶景だ。
 渡名喜島そのものがカルスト地形で風光明媚な島だ。他の離島ではあまり見られない、例えて言うと中国の桂林のような景色、そびえ立つ岩壁に迫力がある。感動する。
 ほとんどの民家は木造赤瓦。平野部が少ないため密集している。部落内の道路は全て砂敷きの舗装となっており、多くは幅員2mほどのスージ(小道)だ。塀は、元は全て石垣だったらしいが、ハブ対策のため、今では多くがブロック塀となっている。せっかくの木造赤瓦が台無しだが、百歩譲ってそれは許そう。部落内の全ての砂敷き舗装の中央に幅45cmのコンクリートの側溝が、どうだと言わんばかりに走っている。何のための砂敷きなんだ。景色がまるで台無し。万歩譲っても許せない「何たる!側溝」なのだ。

 記:2003.1.31 ガジ丸


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濃い墨汁

2004年10月08日 | ガジ丸通信-政治・経済

 何が変わるのか、何処へ向かっているのか、わけもわからず右往左往しているこの国に、色の濃い墨汁が雨のように降り注いで、山も畑も、家も道路も、街も村も真っ黒に染まる。すべてが染まったところで、この国の一つの改革が終わる。これを濃い墨改革と言う。
・・・駄洒落です。
 改革の色は、だけど、もしかしたらバラ色かもしれない。あるいは、何とか工夫すればバラ色に変わるかもしれない。今はまだ何とも言えない。でも、少なくとも、これからの国のやることや、それを受けての社会の雰囲気等を注意深く見続けて、何をどうすれば黒く染まらずに済むかを考えていきたい。

 さて、濃い墨総理は、沖縄の基地を他府県へ移設するなどとおっしゃってくれる。海外移転も考えているなどとおっしゃってくれる。もちろん、そうおっしゃってくれるのは嬉しいことだが、ただ、それを聞いて、手放しで喜ぶほどウチナーチュはスットコドッコイでは無い。ぬか喜びするほどノーテンキでは無い。・・・と思うのだが。
 沖縄県の前知事が、既にその任期中に「普天間基地は海外への移転が可能である」と言っていた。彼は、その件でハワイ州知事とも話し合っていた。国の建前、利権、日米安保条約などなどで固められた厚い壁に、何とか少しでも穴を空けようと努力していた。
 そういった努力を「それは、できぬ話だ」と押しつぶして、「辺野古に新しい基地を作ろう」とおっしゃったのはポマード元総理。それに反対した前知事は、そのすぐ後の選挙に敗れて知事を退いた。ウチナーチュもなかなかもってスットコドッコイなのだ。
 平和だけがこの世の価値ではないので、普天間基地撤去、辺野古基地建設計画中止となると「そりゃ困る」という人もいるだろう。「わたしにゃ関係無い」というノーテンキなウチナーンチュも多かろう。「北朝鮮による拉致被害者には同情するが、アメリカによる沖縄住民への人権蹂躙、事故、騒音などの基地被害には関心無い」というヤマトゥンチュー(大和人)も多かろう。他府県へ、あるいは海外への基地移転には相当の努力を要する。
 濃い墨総理の掲げたアドバルーンは、今はただのアドバルーンでしかない。前知事のように可能性を模索する実質的な努力をする人が必要だ。私も大概ノーテンキではあるが、そういう努力をする人がいれば両手両足をあげて応援したい。現知事も「トップの意向がそうでも、担当部署がフォローしなければ進まない」などと言うばかりで無く、自らが濃い墨総理のフォローをして貰いたい。前知事のような行動をしてもいいのではないか。

 記:2004.10.7 ガジ丸


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