ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

時代に追われるオヤジたち

2006年06月30日 | ガジ丸通信-社会・生活

 あと十年、もしくは十五年も若ければ、
 「おい、ほしのあきって知ってるか?すごく可愛い顔してるけど、これがまた、すごくエロっぽい女なんだ。裸になっているわけじゃないけど、せいぜい下着姿なんだけど、表情がエッチで、顔を見てるだけで股間が疼くし、ポーズも嫌らしくて、史上最強の鼻血もんだぜ。」などと友人たちに、私は興奮して語ったに違いない。
 先日訪れた高知県立美術館で、その時やっていた企画展『造形集団海洋堂の軌跡』を観た。海洋堂についてはまったく知識の無い私であったが、展示されていたフィギアの精巧さ、そして、それを産み出した想像力には少なからず驚かされた。
   女性の性的魅力を過剰表現したと思われるフィギアもいくつかあって、その、異常に大きなおっぱいにも私は驚かされた。「うーん、これほどでかくないと性的魅力が無いということだろうか、こういうのが一般受けするのであろうか」と私の思考は動き、「よし、おっぱいの大きな女を描いてみよう」と思い立った。上手く描ければ、ガジ丸のキャラクターの一つに加えよう、エンマン大王の秘書にでもしようと考えたのである。
 今まで生きてきた中で、大きなおっぱいの持ち主が回りにいなかったせいか、私の脳の中にそのような女性が存在せず、想像ができず、絵は、結局描けなかった。モデルが必要であった。で、本屋へ行き、もう十年程もご無沙汰しているエロ雑誌のコーナーに立ち、おっぱいの大きな女性が載っていそうな雑誌を物色した。そして、580円もする雑誌を1冊買った。その雑誌はエロ雑誌というわけでは無かった。アイドルの写真とかメイドカフェの特集とか、いわゆるアキバ系の雑誌であった。その雑誌の表紙にほしのあきが載っており、巻頭グラビア数ページも彼女の、脱いでは無いが、エロい写真であった。
          
          
 
 先週、金曜日の職場でいつものようにHPのアップ作業をやっていると、お昼過ぎに新しい生徒が来た。生徒?・・・ではない。私は教師では無い。
 木工職人のMさんとは、私が趣味で木工をやっている時に世話になっていたが、会うのは数年ぶり。最近になって木工図面にCAD(図面を引くソフト)を使うようになって、それを教えて欲しいとのことで、久々の来訪であった。
 Mさんは、それまでパソコンに縁が無く、ために、買ってから2年以上経ったのだが、未だに多くのことがチンプンカンプンらしい。よって、Mさんが教わりたかったのはCADだけでなく、パソコンの基本操作についてでもあった。ファイル整理、フォルダ作成、メール設定など一通り教えた。が、おそらく彼は、それらをちゃんと理解できてない。
 中年になってからのパソコンは難しいと思う。それでも何とかできるようにならなければ仕事が取れない。今までやってきた通りにやっていたんでは競争に勝てない。時代に取り残される。時代に追われるオヤジたちは皆、必死なのである。
  時代に追われるオヤジたちに流行を追う余裕なんて無い。「おい、ほしのあきって知ってるか?」と訊いても、私の友人たちの多くは、「誰、それ?」であろう。メイドカフェは知っていても、そこに行った奴はいないであろう。時代に追われるオヤジたちは日々の労働にも追われ四苦八苦している。冷や汗流し、脂汗垂らし、内臓に脂肪が溜まり、腰や膝も痛い。飲んで憂さ晴らして、一日をやり過ごす。ご同輩、でも頑張るしか・・・。
          

 記:2006.6.30 ガジ丸


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さっきの記憶

2006年06月23日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 18日の日曜日、午後4時半、蝉が鳴くのを聞いた。私の暦では、それが梅雨明けの印である。そして、その通り、翌日から晴れ、晴れ、晴れ。太陽が熱い。
 熱い太陽の下、月曜、火曜と現場に出た。40歳を過ぎてから日焼けに対する肌の対応が鈍くなって、焼けると体がだるくなったり、焼けた色もどす黒くなったりするので、冬場を除いて、太陽に肌を晒す時は日焼け止めクリームを塗るようにしている。しかし、月曜日は急な命令でもあったのでクリームを準備できなかった。
 その日の仕事帰り、翌日もまた現場だということが判っていたので、スーパーへ寄る。もちろん、日焼け止めクリームを買うために。
 ついでにと思い、先に飲み物や食い物を手に取る。そして、そのままレジで金を払い、出る。車に戻ったとき、何か忘れているのではないかと少し気にかかったが、日焼け止めクリームを思い出せなかった。
 カビの生えたタバコを吸い、部屋に充満しているカビ胞子を吸い、いつも社内へ風邪を流行させる部長から風邪の菌を貰いなどして弱っている体に、炎天下での肉体労働はきつく、日焼け止めクリームを忘れた2日間の日焼けも堪えた。火曜日の午後からは風邪の症状が酷くなり、翌水曜日は仕事を休んだ。
 水曜日、一日寝ているつもりであったが、汗と泥で汚れた2日分の作業着と、風邪の熱で汗まみれになった下着が溜まっていた。洗濯しなきゃと思ったが、たまたま運悪く洗剤が切れていた。で、スーパーへ買いに行く。洗剤だけなら歩いて行くが、ついでに食料も仕入れようと車を出す。食料は買ったが、家に戻って、洗剤を買い忘れたことに気付く。

 こういった、ちょっとした忘れ物がこの頃、というかここ数年多い。先々週の旅でも、忘れ物、うっかりミスなどの多かった私は、ちょっと心配になって、そのようなことがテーマになっている映画を先週の土曜日、観に行った。映画は『明日の記憶』。
 若年アルツハイマー病という言葉を私は知っていたが、若年であるほどその進行が速いということは知らなかった。病気の夫と、それを献身的に介護する妻との心の触れ合いが涙を誘うのであるが、夫は、その病気であることを認識してから数年の内に、もっとも大切な妻の存在さえ認識できなくなる。悲しい話だが、そこにはまだ救いがある。それでも夫は生きていて、だから、それでも妻は介護する。愛がある。良い映画でした。

 私も若年アルツハイマー病かも?という不安はしかし、映画を観終わって払拭できた。病気の原因は不明なんだそうだが、まあ、精神的なストレスが要因の一つであろう。映画の前半部を観て、社会の第一線で働く人たちは大変だなあと思った。毎日、胃がキリキリする思いで生きているようである。企業戦士たちはストレスが大きいのだ。
 南の暖かい島でのんびり生きている私にはそのストレスがほとんど無い。だから私は、ストレスが原因のアルツハイマー病にはならない。私がなるとすれば、脳が壊れるのでは無く、脳が怠けて働かなくなるただのボケなのであろう。
          

 記:2006.6.23 ガジ丸


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個人の感性

2006年06月16日 | ガジ丸通信-社会・生活

 サッカーワールドカップの日本の第一戦、同じ場所でテレビ観戦していた若者たちがケンカしたそうである。負けてもヘラヘラ笑っていることが気に入らないということが、その原因なんだそうである。日本チームへの思い入れが強い人からみると、負けてもヘラヘラ笑っていることが腹立ったのであろうが、日本チームへの思い入れがさほど強くない人にとってみれば、「次頑張ればいいや」とヘラヘラ笑って済むことだったのであろう。涙流して悔しがることも個人の感性、さっぱり諦めることも個人の感性。自分とは違う感性だからといって腹立てて、人を殴るなんて、まるでチンピラヤクザみたいだと思う。

 いったい、日本国の人間の何割くらいが、サッカーワールドカップに興味を持っているのだろうか。テレビのニュースやワイドショーを観ていると、国民こぞってワールドカップに興味を持っていて、ジーコジャパンを応援しているような放送をしているが、私はしかし、それほど興味が無い。第一戦、家のテレビではNHKの映りが悪いということもあって、テレビ放送は観なかった。どうしても観なきゃ、という思いも無かった。
 もちろん、日本チームが勝てば嬉しいと思い、負ければ残念に思う。が、元々サッカーファンでは無いので、さほどの興味は持てないというわけである。ゴルフファンでも無いのだが、ウチナーンチュなので、むしろ宮里藍の成績の方がずっと気になった。気になったのでテレビのスポーツニュースを、見たくも無い他国のサッカー試合を我慢して見続けたが、いつまでたっても宮里藍のニュースはしない。どういうこと?と思うのは私の感性で、テレビを観ている多くの人にとってはきっと、藍よりもサッカーなのであろう。

 世間がワールドカップにワクワクドキドキしている中、先週火曜日から4泊5日の日程で四国を旅した。四万十を川沿いに歩いている最中、雨に降られ、その日は夜遅くまで雨が続いたが、その他は概ね晴れ、汗ばむほどの陽気であった。
 私の部屋には窓側に1畳ほどのフローリングがあり、そこには食卓兼用の事務机を置いてある。土曜日、旅から帰ると、その机の下のフローリングに白いカビがたくさん生えていた。フローリングの表面の薄い板が一部めくれ上がってもいた。畳の上も湿っていて、裸足に吸い付くような感じがした。部屋全体が湿って、カビ臭かった。四国の陽気に私が浮かれている間、沖縄はずっと雨だったらしい。今年は平年の3倍の雨量らしい。
 そのせいで、全国ニュースになるようなことが起きている。那覇市首里鳥堀の地滑り現場は、私の住まいからだいたい2キロのところにある。中城村の地滑り現場は、今これを書いている金曜日の職場から3、4キロのところにある。野次馬根性の希薄な私はどちらも見に行こうなどとは思わないが、避難生活を余儀なくされている人々については気の毒に思う。せめて、サッカーの試合でも観て、心を慰めて欲しいものである。
 楽しくない状況にいる人々に希望を与え、情熱を沸き立たせ、楽しい思いにしてくれる力が、そう、スポーツにはあると思う。ジーコジャパンが次の試合に勝って、決勝トーナメントに進出、なんてことになれば、今苦しい状況にいる人々も「よっしゃ、俺も頑張ろう」という気持ちになるかもしれない。スポーツの力は偉いのである。それでも、私は特に興味が無い。次の試合もきっと観ない。個人の感性である。殴らないでね。

 記:2006.6.16 ガジ丸


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眠った馬の目は抜かれる

2006年06月02日 | ガジ丸通信-社会・生活

 阪神の株を大量取得して、それを高く売りつけようとしているムラ噛みファンドの代表者が、非難めいた質問をする記者に答えて曰く、「そういうこと(買収されること)が嫌なのであれば、上場なんかしなければいいんです。」
 その通りだと思う。常に高い位置で勝負をしている人たちにとってはその通りなのだと思う。「生き馬の目を抜く」は、「事をなし、利を得るのに抜け目なく素早いさまをいう」(広辞苑)ということだが、まさに、そういった世界に彼らはいるのだろう。
 昔の沖縄は、他府県の田舎もそうだったと思うが、家の戸締りなんてしなくて済んだ。盗まれるような物も無かったんであろうが、皆がのんびりしていたのである。が、今はそうでは無い。「泥棒に入られたくなかったら、戸締りはちゃんとしなさい」となっている。沖縄でも今は、少なくとも、「眠った馬の目は抜かれ」てしまうのである。

 先週、現場に出て、その帰りはダンプトラックの中、運転手は20代前半の若いM、私は真ん中に座り、左の席にはMよりもちょっと若いY。途中、Mが脇道からの車に道を譲る。その車の運転手は若い女性、入る前に会釈して、入った後にはライトをチカチカさせた。ここ1、2年くらい前から気になっていたことなので、若い二人に訊いた。
 「あーやってライトをチカチカさせるのは『ありがとう』って意味だろうけど、いつごろから流行っているの?」
 「もう、数年前からだと思います。僕は免許取ってからずっとやってます。」
 「譲っても、やらない車がいたりするとムカつきます。」などと代わる代わる言う。最初の会釈だけで十分じゃないかとオジサンは思う。ライトをチカチカさせなかっただけで若者にムカつかれたら、オジサンは怖い。これからは真似しよう。
 「チカチカはどうやってやるの?」
 「ハザードをつけるだけです。2回くらいで止めます。」
 じつは、運転歴の長い私であるが、自分の車も持ってはいるが、私にとって車は、単に移動の機械でしかなく、安全に運用することの他には、車そのものにはほとんど興味が無い。したがって、車の各部の名前などで知らないことは多い。「ハザード」と聞いて、ゴルフ(もあまり興味無いが)のバンカーや池などをハザードって言ったっけ、英語で「危険」とか「障害物」とかいう意味だったっけ、などと頭の中をグルグルさせながら、
 「ハザードって何?」と訊いた。何言ってんのこのオジサン、冗談で訊いてるの、本当にハザードランプを知らないの、とYが困ったような顔をして、
 「停車するときにつけるランプです。」と答えてくれた。ありがとう。

 道を譲ってもらった時などにチカチカさせるハザードライトのことを、「サンキューハザード」と言うらしい。チカチカが「アリガト」に思えることがほとんどなので、概ねそういう意味であることを私も認識している。ところが、強引に突っ込んで、こっちを驚かせた後のチカチカも2、3度経験している。その時のチカチカは、やった本人は「悪かったな」という思いか知らんが、私には「どうだ!」と言っているように感じる。「利を得るのに抜け目なく素早いさま」に成功して、「生き馬の目を抜」いた気分なのであろうか。私は眠っていないし、馬でも無いのだが、目を抜かれた気分になる。

 記:2006.6.2 ガジ丸


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