ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

美しい心

2006年12月29日 | ガジ丸通信-社会・生活

 先週土曜日、飲み会があって、場所を知らないSとHと駅で待ち合わせる。家を出る前にSから「遅れそうなので携帯に電話する」と連絡があった。家を出るとき、私は忘れ物確認を十分やったつもりなのであったが、バスに乗った後、携帯電話を忘れたことに気付く。Sのことがあるので、これは拙い。はーっと溜息する。私の脳は大丈夫か。
 その日、従姉の孫にクリスマスプレゼントを届ける用もあった。幸いにも、その家とSの家はごく近い。で、プレゼントを届けた後、Sの家に寄った。「携帯を忘れたから、電話は他の人間にしてくれ」とSの女房に伝えるつもりであった。ところが、本人が家にいた。用があって遅くなるのかと思っていたので意外だった。
 Sの女房は聡明な人である。美人であり、スタイルも良く、穏やかである。今記憶を辿っても、私は彼女の微笑んだ顔しか思い浮かばない。その彼女が、顔には笑みを浮かべていたが、すごく疲れている表情を見せていた。ちょっと驚いた。
 Sには4歳くらいの男の子が二人いる。双子なのである。彼らがはしゃぐのである。私がいる間も、ちっともじっとしていない。「止めなさい」と言っても全く聞かない。なるほど、この2匹の野獣を躾けるのは相当疲れるのだと理解した。
 女房1人で野獣2匹の面倒を見るのは大変であろう。女房としては少なくとも、野獣2匹が眠りに付くまでは夫に一緒にいて欲しいと思うであろう。もしかしたら、Sが遅れそうだと言ったのは、そういうわけだったのかもしれない。そして、女房が疲れた顔を見せたのは、1人で後2、3時間、子供を見ることへの頭痛があったのかもしれない。

 従姉の孫たちへのプレゼントを、私は何にするかとても悩んだ。プレゼントを選ぶのは難しいもんだと感じた。甘いお菓子やロボットなどのおもちゃでは、子供は喜ぶかもしれないが、その親が喜ばない。健康に良いお菓子やぬいぐるみのような大人しいおもちゃでは、子供が喜ばない。さて、どうしたものかと迷って、1日、3軒のおもちゃ屋さんを覗いて、悩んで、結局何も買えなかった。その1週間後に別の1軒へ行って、「えーい、もういいや」とテキトーなおもちゃを買ったのであった。
 従姉の孫たちの母親であるMもまた、聡明な人である。彼女は子供たちを厳しく躾けているみたいである。親戚の集まりなどでその子らを何度も見かけているが、2人とも野獣のように暴れたりはしない。男の子にしてはちょっと大人し過ぎるのではないかと思うほどである。Sのところの野獣に比べると、こちらは動物園の動物みたいである。

  躾とは元々「礼儀作法を身につけさせること」(広辞苑)とのことだが、今では所作だけでなく、心の礼儀作法という意味も含んでいるのではないだろうか。「思慮分別のある人間に育てる」というようなことである。あるいは、美しい身に対して言えば、美しい心を身に付けさせるということである。しかし、美しい心を身に付けさせるのはなかなか難しいことではないかと、両家の子供たちを見て、私は感じたのであった。

 美しい心を持った人間が国民の大半を占める。そんな国こそが「美しい国」なのかもしれないと、子育ての話とは関係ないが、最近、支持率の急速に落ちてきている荒心臓総理の、言い訳ばかりしているニュース映像を見ながら、ふと思った。
          

 記:2006.12.29 ガジ丸


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消えた里山

2006年12月22日 | ガジ丸通信-環境・自然

 12月に入っても暖かい日が続いて、クリスマス気分がちっとも沸き起こってこない沖縄であったが、今日(12月16日)やっと、ちょっぴりだが、寒くなった。寒くなったといっても、今(午後6時)の私の格好は半ズボンにトレーナー。昨日までは上着のトレーナーは要らなかった。半袖Tシャツで十分であった。
 この南の島も、10月を過ぎた辺りから、たまに暑い日もあるが、概ね涼しい日が多くなる。散歩の楽しい季節となる。11月を過ぎると蒲団の季節となる。

 11月初めの日曜日、朝早く起きて、朝飯を食い、歯を磨き、顔を洗い、部屋の掃除をし、そろそろ必要になってきた布団を干し、午後から、畑仕事もあったのだが、それは止めて、久しぶりに末吉公園に散歩へ出かけた。
 末吉公園は、南側にその正門があるが、東側にも小さな、14、5台分くらいの駐車場があり、公園への出入口がある。そこまで、私の住まいから徒歩20分ほど。歩いていってもいいのだが、帰りに翌日からの食料を買うこともあって、車で行く。末吉公園は広いので、園内を一通り回るだけでも2時間ほどの散歩にはなる。
 この公園は私のお気に入りである。元々あった植生をそのまま残してある部分が多い。他の公園に比べると人工物も少ない。つまり、里山という雰囲気が残っている。こういう場所は、これからもずっと残して置いて欲しいと思う。

  私の住むアパートの南隣は大家さんの建物がある。大家さんの建物の左隣は今年の春までずーっと原っぱであった。雑木雑草が生い茂り、虫や鳥たちの住処となっていた。
 「すぐ傍にこんな原っぱがあるんだぞ」とHPで紹介し、威張るつもりで去年の6月に写真を撮ってあったのだが、記事を書くのが延び延びとなっていた。そしたら、今年の春になって、そこが宅地造成さ  れるという話を大家さんから聞く。「えっ!どうしよう。鳥がいなくなる。虫がいなくなる。」と思う間もなく、重機が入り、数ヶ月の間、騒音と振動が続き、10月にはきれいサッパリと宅地造成されてしまった。
 里山と呼べるような広さでは全然無いが、宅地の一区画分くらいはある。雑木雑草が生い茂っている頃は、鳥が営巣していた。トンボもチョウも多く飛んでいた。それ が今や見るも無残な姿。しかし、見るも無残と思うのは少数派なのであろう。きれいサッパリしたと感じている人が多いのであろう。ただの原っぱ、私は好きなんだが。
 今年の春、そういえば、毎年聞こえていた鶯の鳴き声が無かった。彼や彼女は住処を無くし、愛し合うことが出来なかったのかもしれない。残念なことである。
          
          
          

 記:ガジ丸 2006.12.22


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武士の一分

2006年12月15日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 今、ガジ丸HPの記事に少し貯蓄がある。来週分は既にある。なもんで、時間にちょっと余裕がある。概ね毎週金曜日にやっているHPのアップ作業も最近は1時か2時には終わっている。で、私は金曜日の午後を先々週、先週と続けて、記事書きはやらずに、映画に出かけた。先々週は桜坂劇場、先週は新都心のシネコンへ。
 先々週は『蟻の兵隊』であったが、じつは、先週も新都心のシネコンじゃなく、大好きな桜坂劇場で上映されている映画を観る予定であった。それは、イッセー尾形が昭和天皇役をやっているという『太陽』、ロシアの映画とのこと。家に帰って、チラシを見て確認したら、既に最終の上映は終わっていたのであった。残念。
  沖縄で公演がある際などに、『イッセー尾形からの手紙』というものが届く。沖縄ジャンジャンが健在であった頃、イッセー尾形はそこで毎年のように公演をしていた。私はそれをほとんど欠かさずに観に行っていた。最近はご無沙汰しているが、まあ、その頃大ファンだったことがあって、『イッセー尾形からの手紙』を頂くのである。
 今回のその手紙には『太陽』のことが紹介されてあった。これはぜひ観に行かなくちゃと思っていたので、最終日の最終上映を逃したことは非常に残念なのであった。

 『太陽』は残念なことであったが、金曜日の午後3時、せっかくの平日の午後、家にいることは無かろうと思い、他の映画を観に行くことに決め、調べる。新都心の大きなシネコンで『武士の一分』をやっている。山田洋二監督の時代劇は好きである。前の2作も観て、十分感動させてもらった。今回の『武士の一分』もいずれ観る予定ではあった。年明けにでもと思っていたのが、だいぶ早めということになってしまった。
 『武士の一分』にはちょっと気掛かりなことがあった。木村拓也という当代一の色男にしてモテ男を主人公にして、それで山田洋二の感性がボケてしまいはしないかということであった。あの個性を、田舎の下級武士に見せることができるのであろうか。
 その気掛かりはほんの少しだが、現れた。木村拓也の笑い顔は独特である。厚めの唇を波打たせるようにして笑う。茶目っ気のある笑い顔、おそらく、それが多くの女性の心を掴んでいるのではないかと私は推測している。でも、私は、あの笑い顔は現代人の笑い顔ではないかと感じている。だから、映画の中で木村拓也がそんな顔を見せた時、私は映画から現実の世界へたびたび引き戻された。
 とはいえ、それはほんの些細なことで、映画は十分楽しめた。満足した。ラストシーンでは不覚にも、左目から一滴、右目から二滴の涙が流れ落ちてしまった。『たそがれ清兵衛』ほどでは無いが、とても良い映画でした。
          

  画面に多く出てくる登場人物が三人いる。一人は主人公の木村拓也、一人はその女房役の人、もう一人は中間(ちゅうげん)役の笹野高史。木村拓也は、彼のドラマを観たことは無いが、テレビによく出ているので知っている。笹野高史は自由劇場の頃の『上海バンスキング』で知っている。女房役の人、・・・今調べた。壇れいという女優を私は知らなかった。新人なのか、あるいは壇ふみの姪か何かかと思っていたら、宝塚のトップスターだったらしい。道理で目がパッチリしている。いかにも宝塚の顔をしている。一途な思いと、困難な状況に立ち向かう強さを上手に表現していた。いい女優でした。
          

 記:2006.12.15 ガジ丸


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蟻の兵隊

2006年12月15日 | ガジ丸通信-音楽・映画

 先々週の金曜日、ガジ丸HPのアップを早めに済ませ、午後から映画に出かけた。映画そのものは2時間ほどだが、金曜日の職場から家まで30分、家から映画館までは40~50分かかる。映画1本観るのに4時間は費やすことになる。
 その日の映画は『蟻の兵隊』、前に一度観ようと思って出かけたら、その時間の上映がライブに変わっていたという経験をしている映画。今回はちゃんと確認して出かけた。
 いつものことだが遅刻する。今回は10分遅れてしまった。暗い中、入口近くでしばらく闇に目を慣らしてから席を探す。見渡すと館内は三分の入り。マイナーな映画としてはまずまずの入り。桜坂劇場もなかなか頑張っていらっしゃる。嬉しいこと。

 『蟻の兵隊』、映画に集中してから数分も経たないうちにそれがドキュメンタリーであることに気付いた。私は概ね、宣伝チラシの内容を読まないので、そうとは思わず、戦争で理不尽な仕打ちを受けている人々のドラマかと予想していたのであった。
 『蟻の兵隊』、しかしながら、ドキュメンタリーではあっても、国家権力から理不尽な仕打ちを受けている人々の物語には違いなかった。真実の物語のようであった。
 国家というものが国民に対し、時には理不尽なことをやる、なんてことは私も知っている。昔、ある映画を観て作った歌がある。

 あんまり大き過ぎて 遥か雲の上に
 隠れて見えない顔がある 手を伸ばしても届かない
 目玉どこにある? あっち向いてこっち向いて
 大きく手を振る 足踏みする
 僕は首を竦めてる
 
 「あんまり大き過ぎて遥か雲の上に」しか、ものを見たり聞いたりする感覚器官を持っていない存在というのは、国家権力などのことを言っているが、「首を竦めている僕」は私では無い。運の良いことに私はまだ、大きな権力によって理不尽な扱いを受けたことは無い。ただ、映画を観て、「何て事を!」と憤慨した気持ちを歌にしたのである。
  『蟻の兵隊』を観て、その時と同じ憤慨が沸き起こった。『蟻の兵隊』に出てくる元残留日本兵たちは、戦後50年以上も真実を訴え続けている。しかしながら、目の前には厚い壁が立ちはだかっている。結局、真実は壁を崩すことができないのであった。
 残留日本兵たちはもう皆、老人である。余命は少ない。もう既に多くの仲間が亡くなっている。近い将来、彼らの全てがいなくなるであろう。その時、国家権力は、
 「やれやれ、やっと鬱陶しいのが皆消えてくれたぜ。今日はお祝いだ。」などと、高級料亭かどこかで乾杯でもするのであろうか。チクショー、腹の立つ!・・・勝手な妄想をしてしまい、これを書きながら、またも私は憤慨してしまった。
          

 記:2006.12.15 ガジ丸


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貧富の差

2006年12月08日 | ガジ丸通信-社会・生活

 私は女子アナ好きというわけでは無いが、小島奈津子、西山喜久恵、高島彩、中野美奈子、滝川クリステル、政井マヤ(この人は好き)などの名前を知っている。知っている人は知っていると思うが、どれもみなフジテレビのアナウンサーである。
  私のテレビは室内アンテナで、フジテレビ系以外のチャンネルは画像がザラザラして見難い。アンテナの向きをあちこち変えれば別のチャンネルもある程度きれいに映ったりするのだが、面倒なのでやらない。で、概ね8チャンネルしか私は見ていない。というわけで、私が思い出せるアナウンサーはフジテレビの人となっているわけである。

 先日、久しぶりにTBSのニュース23を見た。ザラザラした画面を我慢しながらでも観たのは、教育基本法が気になったからだ。結局、その日教育基本法のニュースは無かったが、驚いたことが一つあった。「えっ、この人、確かNHKのアナウンサーじゃないの?何でTBSに出てるの?」と一瞬思い、そしてすぐに、「あっ、そうか。フリーになったんだ」と推測した。“確かNHK”は膳場貴子。NHKなのに何で知っているかと言うと、私が録画してまでも観ていた「プロジェクトX」の司会者だったからである。
 「うーん、さすがに才能ある人は違う。NHK辞めてもすぐに仕事が見つかるんだ。しかもTBSの看板番組に招かれるんだ。高い給料貰っているんだろうな。うらやましいこと。」と思う。私なんか、薄給である上に、今の仕事を失ったら、今と同じ程度の給料を貰える仕事が見つかるかどうか、大いに不安である。

 膳場さんがいかほどの給料を貰っているか知らないが、おそらく私の10倍はあろう。彼我の貧富の差は大きい。ではあるが、今の私は薄給といえど、それでも一人であれば生きるに十分の給料は貰っている。世界的な規模でみれば裕福な部類に入るのだ。
 私には、安いアパートだが住むところがある。通信光熱費は抑えているが、どれも自由に使うことができる。ガソリンをあまり使わないようなるべく歩いてはいるが、小さいけれど十分役に立つ車を持っている。少しの野菜は自家生産しているが、それに頼らずとも毎日の食い物を購入する金は持っている。というわけで、「膳場さんと私の貧富の差は大きい」と書いたが、「人が生きていける」という尺度で考えれば、その差はほとんど無いと言っていいのだ。だから、私は膳場さんを(羨ましいけれど)羨ましいと思うことはないのである。「大差は無いぜ!どんなもんだい!」と思っていいのだ。

 わけあって働けなくなって、自治体に生活保護の申請をしたけれど、それが認められなくて、死ぬほか無いという人のニュースをいつか見た。一方には、飼っているペットを何万円もするホテルに泊め、何万円もする美容院へ入れ、何万円もその食費に使う人々がいる。まったく変な世の中だ。これが美しい国なのであろうか、と思う。
 濃い墨前総理のいう自由は、強い者も弱い者も同じ土俵でハンデ無しに自由に戦えということだったのか。自由に戦って、強いものは弱いものから富を奪い、より多く富を得よということだったのか。どんどん貧富の差をつけろということだったのか。その上、生活保護を要する人々を救わないということは、負けたら死ね、ということだったのか。
 この場合の貧富の差は、天地ほどの開きがある、と言っていい。
          

 記:2006.12.8 ガジ丸


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