Aチャー、Bチャー、Cチャー、・・・Sチャーと多くの段階を経て、やっとTチャーになれるという大変厳しい教師養成専門学校があり、そこに民謡好きの主人公Bチャーがいて、恋あり、冒険あり、失恋あり、挫折あり、大怪我あり、裏切りあり、涙あり、涙あり、涙ありというお話・・・もある・・・という件(くだり)は二ヶ月程前の『民謡好きのビーチャー』にも書いたが、今回も前回同様、それは別の機会(があるかどうかは不明だが)に譲り、『民謡好きのビーチャー』の続編、ビーチャーの、その妻のお話。
今年になって夫が宝の山を見つけてきた。宝の山とは御馳走、ラッカセイとかサツマイモとか私達の好物の食べ物、私達の住まいである畑の端っこ、そのすぐ隣に建っているアパートの2階のベランダにあるのを、ある日偶然見つけたと言う。
その御馳走の山から夫は毎日少しづつラッカセイやらサツマイモを家に運んで、私と生まれたばかりの子供たちへの食料とした。だけど、それについて私が
「子供の頃からこんな美味しい物をあげて大丈夫かしら?」
「えっ?どういうこと?子供は美味しい物を食べてはいけないの?」
「口が贅沢になるんじゃないかっていうことよ。」
「口が贅沢?」
「畑の作物しか食べないような口になるってことよ。」
「あー、そうか、その辺の野草の実なんか見向きもしなくなるんだ。」
「そーゆーこと。畑をあんまり荒らすと人間に憎まれるわよ。」
「そりゃあ大変だ、憎まれるほど嫌われるのは不味いな。」
そんな会話があった後は、夫は御馳走を家に持って帰ることは無く、夫と私が一日交替で御馳走のあるベランダへ上り、それぞれ自分が食べる分だけを食べるようにした。
そんなある日、御馳走にありつく当番が夫であったある晩、ベランダへ上ったきり、いつもの帰る時間になっても夫は帰ってこなかった。「もしかしたら」と嫌な予感。御馳走を食べ続けたせいで、夫は少々太り気味となっていた。太った体は俊敏な動きができす、高くジャンプすることもできなくなっていた。「もしかしたらドジ踏んだかしら、穴にでもはまって出られなくなったかしら、あの部屋のトンマな住人に捕まったのかしら」などと思い、取りあえず、夫を探すためにベランダへ上った。
夫の居場所はすぐに判った。ビャービャー鳴いていた。ベランダに置いてあった大きなバケツの中から声が聞こえていた。バケツには蓋がされてあった。トンマな住人が無い知恵を絞って作った罠だったのだろう、夫はそれにまんまと嵌ったわけだ。
精悍な頃の夫なら、バケツの底からジャンプして、蓋を突き飛ばして外へ飛び出すこともできたであろうに、今の夫の体型では、それは無理だったようである。「はーぁ、世話の焼ける奴」と私は溜息をつきながら、蓋を開けてやった。
「あんた、そこからジャンプすることくらいはできるでしょ?さぁ、早く出てよ」
「あー、済まねぇ、何とか届くと思うよ」と夫は言って、ジャンプした。だが、ジャンプにまったく余裕は無く、前足がかろうじてバケツの縁に引っ掛かって、後ろ足をバタバタさせて、なんとかかんとか、やっとかっと外へ出ることができた。
「ふぅ、助かったぜ」と夫は言い、滴り落ちる汗をぬぐった。
「ダイエットしたら?このままだったら罠にはまる前に病気で死ぬわよ」
「そうだな、今度ばかりは本気でダイエットと、俺も思うよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2月のある日の未明4時頃、まるで台風のような冬の嵐、その風雨が騒ぎ立てる音に目が覚めた。沖縄の冬、季節風の激しいこともたまにあるが、その日は滅多に経験しないほどの強い風雨だった。天変地異の予兆か?と思った。
その日の二日前の未明にも私は目を覚ましている。ベランダでビーチャー(ジャコウネズミ)がビービー鳴き、ガタガタ音を立てるのが煩かったからだ。ネズミが騒ぐ、天変地異の予兆か?と、しかし、この時は思わなかった。
このビーチャー、おそらく落花生(今年の種にしようと保管していた約100個)を食った奴だ。それに味をしめて以来、毎晩ベランダにやってくるのだ。
そいつを捕まえてやろうと思い、一週間前から罠を仕掛けている。大きなポリバケツに餌を置いて、その餌を取ろうとするとポリバケツの中に落ちるという仕掛け、ポリバケツの内面には油が塗ってあり、落ちたネズミは滑って外へ出られないという仕掛け。
奴がポリバケツの中に落ちたという形跡はある。であるが、奴はポリバケツの中にいない。野生はきっと強いのであろう、高く飛べるのであろう。ポリバケツの底からジャンプして、蓋を撥ね退けて、外へ出ることができるのであろう。
スーパーのレジ袋に入れた芋を物干し棹に掛けてあったが、その芋も食われている。奴は壁をよじ登って物干し竿に飛び移り、レジ袋の中に入って芋を食い、レジ袋から這い出て、物干し竿から飛び降りたようだ。恐るべし野生の力。
そんな野生の力に敬意を表し、私は潔く負けを認め、罠のバケツを片付けた。そのついでに、ベランダに置いてあった芋も片付けた。以来、夜になってもビーチャーのビービー鳴く声は聞こえなくなった。奴らはベランダに来なくなった。・・・芋をさっさと片付けていれば、ビーチャーと闘わなくても良かったのである、とその時気付いた。
記:2012.3.27 ガジ丸 →ガジ丸のお話目次