ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

楽しみを見つける楽しみ

2005年11月25日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 フォアグラもキャビアも要らない、蟹も松茸も和牛も要らない。毎日、玄米と味噌汁と納豆と少しの野菜さえあればいい。豪華マンションや庭付き一戸建てでなくていい。雨露しのげる六畳一間があればいい。ブランド物の衣服なんてまったく用は無い。2000円のジーパンと500円のTシャツ、冬には3000円のジャンパーがあればよい。
 などと、宮沢賢治みたいなことを私は実践しているわけでは無い。ただ、少なくとも以上のような条件さえあれば、私は楽しく生きていけると思う。そういう訓練を、そうしようと思っていたわけではないが、なんとなく私はやってきていると思う。
 1本の大根を、あるいは、1玉のキャベツを、何種類もの味に料理する術を私は持っている。料理が好きであるとの理由もあるが、料理してくれる女性に巡り合えなかったという悲しい理由もある。理由はどうあれ、自分で工夫して、作って、食べる。たまには冒険もしてみる。失敗も時々あるが、どっちにしろ楽しいことである。
 月曜日、仕事が休みだった私は、いい給料を貰う身分でありながら脱サラして、今は農夫となっている友人Tを、彼の畑に訪ねた。Tは、上は中学生だったか、下はまだ小学生にもならない、合わせて5人の子持ちである。子供たちに金がかかるのはこれからのことである。それでも、人に言わせれば無謀な冒険を、彼はやる。「楽しくなければ人生じゃない」などと思っているのかもしれない。人生の中に楽しみを見つける感性と技を、彼は備えているのかもしれない。農夫らしく真っ黒に日焼けした顔は、いかにも元気だった。
 彼から貰った無農薬の野菜を、近くに住む別の友人へ分けることにした。その友人は、私が長い間、週末出かけて行ってはパソコンを教えているH。覚えの遅い出来の悪い生徒であったが、最近やっとメール送信ができるようになり、フォルダ管理など他の作業もいくらかできるようになった。カタツムリの速さではあるが、少しずつ進歩はしている。
 Hには夢がいっぱいある。その夢の実現のためにパソコンが必要で、まったくゼロからの出発ではあったが、来年早々にはHPを開設することができるようにまでなった。彼のHPは夢の実現の一つの手段であるが、「HPを開いた後、こんなことになったらこうしよう。あんなことになったらああしよう。」などと夢の広がりはどこまでも続く。そんな話を聞いている私までもが楽しくなってくる。Hもまた、すこぶる元気であった。
 これからの人生に楽しみがあることは大事なこと。そして、「楽しみを見つけることそのものを楽しむ」こともまた大事だと思う。夢の実現は楽しいことであり、夢を語っている時間も楽しいというわけだ。Hの夢はもちろん、実現可能な夢である。だから、それに向かって努力する。その努力もまた、彼は楽しんでいるみたいなのである。
 水曜日に、友人のYに電話した。「イラスト描きの仕事がある。上手くいけばいくらかの収入になるかもしれない。挑戦してみない?」と訊いた。Yはしばらく、何やらモゴモゴ言った後、「辞めとくよ。俺には無理だよ。自信が無い。」と返事した。私には意外な返事だった。少なくとも「面白そうだな」という言葉は聞けると思っていた。やらない前から無理と決め付けるのは、自信が無いというよりも、元気が無いということの現われではないかと、Yと同じ年代でありながら、「明日に向かって元気ハツラツーッ!」なTやHのことを思い出しながら、私は思ったのであった。

 記:2005.11.25 ガジ丸


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迷惑なテーゲー

2005年11月19日 | ガジ丸通信-沖縄関連

 今朝(これを書いているのは11月18日)、午前5時前に目が覚めた。夢にうなされたのであった。夢の中で私は、奴隷のように強制労働させられていた。沖縄の読谷村にある『琉球村』を訪れた人なら見たことがあると思うが、サトウキビを搾るのに使う大きな器具がある。でっかい臼のようなもの。その臼には長い横棒がついており、その棒を回すことで臼も回る。横棒はたいてい牛がひいているが、夢の中に出てきたでっかい臼には横棒が十字に4本ついており、それぞれに人が3、4人ついて、棒を押している。そのうちの一人が私。腰が酷く重い。今にも倒れそうなほど。
 辛さで霞む目にふと、作業場の横にある土手の上で、同じ奴隷でありながらタバコをふかして休んでいるTが目に入った。
 「何やってんだアイツ」と思う。「元はと言えば、オメエのせいでこんな酷い状況になったんだぞ!」と怒りがこみ上げる。その怒りで目が覚めた。午前5時。
 前日、現場仕事に出て、肉体労働だったので腰が痛かった。で、奴隷の夢となったのであろう。同僚のTが出てきたのは、肉体労働をしている最中にTから電話があって、明日(つまり、今日のこと)出勤して、自分の仕事を手伝ってくれないか、と頼まれたからであろう。腰が痛くて疲れているのに、出勤しろってかとの気持ちであった。
 今日金曜日はガジ丸アップの日、私は忙しい。「本当に私でないとだめなのか、もう一度よく考えてくれ」とTに念を押して、電話を切る。しばらくして、「やはり必要です」との返事があったので、結果、今日もしぶしぶ出勤した。眠い目をこすりながら。
 仕事は測量。確かに面倒な場所ではあったが、私でなくてもできる仕事。面倒な分だけTに不安があって、アドバイスのできる人を望んだだけのこと。仕事が終わって、「俺じゃなくても良かったんじゃないの?本当によく考えたの?」とTに訊いた。「いやー助かりました。お陰で完璧に測量できました。」と答えをはぐらかす。
 Tはまったくウチナーンチュらしい人間(血液型B型でもある)で、いい加減な性格をしている。彼が時間を決めた飲み会でさえ、本人が一番遅れてやってくるほどのいい加減さ。だから、彼の「よく考えた」は、「テーゲーよく考えた」ということと言っていい。そのテーゲーのせいで、私の1日が潰されてしまった。ちょっと迷惑なのだが、今回はしかし、Tの仕事に対する一所懸命さの現れであるので、あまり文句も言えないのである。
 先日、道路の植栽帯の除草作業をしている現場に出会った。植栽帯の傍には刈られた雑草の他にたくさんの空き缶、ペットボトル、空の弁当箱、お菓子の袋などがまとめられてあった。草では無いそれらのゴミのあまりの多さに驚いて、ちょうど3時休みをしていた作業員に「これらのゴミは全部植栽帯から出てきたものですか?」と訊いた。「ここはまだいい方なんですよ。中央分離帯などはもっと、ずっと酷いですよ。」という答えだった。ウチナーンチュのテーゲーは、「ゴミを家に持って帰るのは難儀さあ。地球はゴミ箱さあ。どこに捨てても一緒さあ。」なのであろう。地球にとっては迷惑なテーゲーである。
 大概と書いて、ウチナーグチ(沖縄口)でテーゲーと読む。物事はあまり厳しくしなくていいさあ。だいたいでいいさあという気分。そういう気分、私は大好きである。しかしそれは、他人に厳しくしないといった良い面もあるが、自分に甘いという悪い面も多くある。テーゲーはだから、けして沖縄の美徳というだけでは無い。迷惑なことでもある。
 今朝、5時に目は覚めたが、小便をし、テレビをつけてから再びベッドに潜り込む。うつらうつらしながら時間が過ぎる。体がだるいのでなかなか起き上がれなかったのだが、めざましテレビのアヤパンの発言でぱっちり目が覚め、起き上がることができた。
 「男根の世代」と、かわいい顔してあの娘、大胆にも言いよる。「何の話じゃい!」とオジサンはびっくりして飛び起きる。すぐに隣の大塚さんが訂正する。「団塊の世代ですね」と。これが大塚さんで無く、さんまやタモリならひどく突っ込まれたはずだ。大塚さんでよかったね、アヤパン。昨夜の恋人のことでも思い出したのかなー、アヤパン? 公の電波で、プライベートな話なんて、そういうテーゲーはでも、迷惑ではないよ、お姉さん。

 記:2005.11.18 ガジ丸


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背水オジサン

2005年11月11日 | ガジ丸通信-その他・雑感

 学生の頃、喜納昌吉大好きで、「ハイサイオジサン」大好きな倭人の友人がいて、昌吉やその歌についていろいろ訊かれた。喜納昌吉があまり好きでなかった私だが、それでも、沖縄を代表する歌である「ハイサイオジサン」は知っていた。「ハイサイオジサン」という歌の存在を知っているだけでなく、それを、そらで歌うこともできる。2番以降はちょっとあやふやだが、少なくともその1番だけは間違いなく歌える。
 歌えるけれども、歌っていて楽しい歌とは思わないので、かつて歌ったことはほとんど無い。でも覚えている。その歌詞がコミックソングみたいで覚えやすいからだ。
 「昨夜の三合瓶(泡盛)はまだ残っている?残っていたら俺にくれよ。」
 「三合瓶程度のものを俺に、残っていると言うのか。」
 「三合瓶では不足なら、一升瓶を俺に分けてくれないか。」
これが一番の内容。私には、さほど面白いものとは思わないのだが・・・・。
 私が作るなら、ハイスイオジサンという歌を作ろう。ハイスイは表題に書いた通り、背水。背水は背水の陣の背水。背水の陣とは、「退路を断って」といったような意味。
 お隣の国の独裁者、メガネをかけた小太りのオジサンは、傍から見れば背水の状況にあると思われる。六カ国協議で、自らの権力の座を揺ぎ無いものにするために、「もしも上手くいかなかったら、現有核を使ってメチャクチャするぞ!」っていう背水では無く、各国から経済援助を得、国民の幸せのためになるなら権力を手放しても良いという背水。
 「背水オジサン 背水オジサン オジサンチュイシ(一人で)万人ヌ(の) 幸せ奪ティイミセール(奪っていらっしゃる)」
 「背水オジサン 背水オジサン 民ヌ(の)幸せ願ヤビラ(願いましょう) ウンジュ(あなた)が 下ガイネ(引き下がれば) 成イヤビラ(成りましょう)」
 もしかしたら、この権力者は、自分の命は万人の命に勝ると思っていらっしゃる。人民は蟻程度、屁程度のものとしか思っていらっしゃらない。すると、彼の返答の頭は、
 「蟻蟻ワラバー(童) 屁ワラバー」という呼びかけとなる。残念ながら。

 先週の「八重山スケッチの旅」で、その3日目は単独行動となった。沖縄で一番高い山、於茂登岳に登ろうと思い、その麓までバスで行く。海岸沿いのバスは利用客も多く、便数も多いのだが、山へ向かうバスは2時間に1本、乗客も途中からの2人を含めたったの3人。於茂登岳へ行きたいと運転手さんに言うと、珍しいねといった風な顔をして、
 「兄さん、水持ってるの?あの辺は販売機も無いよ」と訊く。
 「500ミリのペットボトル1本は持ってますよ」と答えると、
 「それじゃ足りないさあ。途中、販売機のあるところでバス停めるから、もう1本買っておきなさい。」と勧めてくれ、そして、その通りにしてくれた。これが田舎の、のんびり旅のいいところ。私は2本のペットボトルをバックに入れて、山登りへ向かった。
 今回の旅、3日間とも非常に暑かった。バスの運転手も、今年は特別暑いねぇとおっしゃっていた。私は現地で麦藁帽子を買い、そして、その日だけでなく、常に水を持ち歩いた。水は背中のバックに入れていた。私もまた、背水オジサンだった。

 記:2005.11.11 ガジ丸


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