立山日和。

立山連峰の山々を眺め富山県内を徘徊する日々を綴ったフォト日記。2014.11.3.までは友人の中国旅を毎日掲載した。

立山連峰遠望と断崖・・・氷見市(阿尾城跡) (明日に続きます)

2011年11月12日 | Zenblog
 断崖絶壁の向こうには、堂々とした剱岳をはじめとする立山連峰が遠望できます。そうそう見られる景観ではありません。

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市街地をズームで引きつけると・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 「比美乃江大橋」が見え、その直ぐ左には海鮮館が見えています。氷見市は藤子不二雄A氏の出身地で、彼の描いたキャラクターを町おこしに使っています。 市の中心部では、1時間おきに、ハットリくんのからくり時計のショーが行われています。

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二上山や氷見市街地・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 右手の海を眺めると、左遠くに高岡市の観光地二上山が見え、真ん中あたりに氷見市の目印になる斜張橋「比美乃江大橋」など市街地が見えます。

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大伴家持も詠う・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 越中の国司であった大伴家持は、この周辺で多くの歌を残していますが、この阿尾でも詠みました。城跡登り口にこの歌碑が建っています。
 
 英遠(あお)の浦に 寄する白波 いや増しに 立ちしき寄せ来  東風(あゆ)をいたみかも    大伴家持

阿尾の浦に打ち寄せる白波は、ますます高くなり、しきりに打ち寄せてくる。東風が強く吹くからだろうか。

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光る海・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 富山湾に突き出すようにそそり立つ断崖絶壁は、遠くから見て非常に目立ち惹かれるものを感じますが、逆にその絶壁の城跡の上から見ても富山湾が広々と見渡せてすばらしいです。見下ろすと海が輝いています。

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城跡一帯・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 そんなに高くはありませんが急なので、それぞれの年齢と生活習慣を反映しながら、ちょっとは辛い登りでした。
 陸からせり出してきた山の尾根が海に突き出て、岬になっています。標高20~40メートルの独立丘陵のようになっていてまわりはかなり急な崖になっていて要害の地です。一帯はあまり広くはありません。伝二の丸、伝三の丸から陶磁器・土器などが出、伝本丸には櫓があったと伝えられ、海上交通の監視をしたと思われます。現在榊葉乎布神社があります。

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阿尾城跡へ・・・氷見市(阿尾城跡)

2011年11月12日 | Zenblog
 滋賀から来た旧友たち4人と、「ひみのはな(元国民年金保養センター)」で落ち合い、早速阿尾城跡へ出かけました。車に乗りっぱなしだけでは体に悪いので、ぜひ歩きたいとの要望でした。

 15世紀後半頃から城としての利用が始まり、やがて九州熊本の菊池氏の子孫が居城とし、畠山氏の配下からやがて上杉謙信に属し、信長と佐々成政の支配下、そして最後には加賀の前田氏の支配下に入ったということです。江戸初期には廃城となり加賀藩士になりました。

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メインストリートから入る横道・・・JingShangの江西瑞金への旅(瑞金の風景)

2011年11月12日 | JingShang君からの上海レポート
 メインストリートから角を曲がった横道です。こうしてみると、瑞金自体は特段特徴のない街です。

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東西を走る大通り2・・・JingShangの江西瑞金への旅(瑞金の風景)

2011年11月12日 | JingShang君からの上海レポート
 前の写真の反対方向です。

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東西を走る大通り1・・・JingShangの江西瑞金への旅(瑞金の風景)

2011年11月12日 | JingShang君からの上海レポート
 東西を走る大通りです。国道です。通常市街地を迂回するバイパスがあるのですが、ここではまだメインストリートのままです。

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街を貫く川は水がほとんど流れない・・・JingShangの江西瑞金への旅(瑞金の風景)

2011年11月12日 | JingShang君からの上海レポート
 今日は先に瑞金の風景をお見せします。写真は街を貫く川です。江西省南部は全体的には山地ですが、ここは平地で水は殆ど流れていません。

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革命旧址が市街地郊外にある・・・JingShangの江西瑞金への旅

2011年11月12日 | JingShang君からの上海レポート
 今朝の上海は晴れです。少し霧がかかっています。予報は雲が多目の晴れ、最高気温は20度、最低は11度です。

 今日から江西省瑞金市(こうせいしょうずいきんし)です。瑞金はガン州市の県級市です。かつて中華ソビエト共和国臨時中央政府が置かれたところで、今もその旧址が残っています。

 まず最初は瑞金市市街地の地図です。革命旧址が幾つか残っています。市街地中央ではなく、市街地郊外にあることが印象的です。国民党政府軍の攻撃を考慮しているのだと思います。東北部に葉坪(ようひょう)という地区と、西北部の沙州ba(土偏+覇)(さしゅうは)の二地区です。この地図では沙州baは紅井と表現されています。

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