おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

凪待ち

2021-08-04 07:49:03 | 映画
「凪待ち」 2018年 日本


監督 白石和彌
出演 香取慎吾 恒松祐里 西田尚美 吉澤健
   音尾琢真 リリー・フランキー

ストーリー
ギャンブルとアルコール依存だった木野本郁男(香取慎吾)は、恋人の昆野亜弓(西田尚美)とその連れ子・美波(恒松佑里)と共に、亜弓の父親・勝美(吉澤健)を介護するために宮城県の石巻に帰郷することになった。
心機一転新しい生活を始めようと、郁男は近所に住む小野寺(リリー・フランキー)の紹介で印刷工場で働く事になり、亜弓は美容室の経営を始め、不登校だった美波も学校に通い始めた。
ある日、部屋で見つけたタバコがきっかけで、亜弓と美波が口論になり、美波は家を出ていってしまう。
一向に帰ってこない美波が心配になり、亜弓は車で探し回り、その後、郁男も交えて町中を探す。
郁男は亜弓を落ち着かせようと「すぐ戻る。大丈夫」と声をかけるが、逆にそれが亜弓の気に触り、苛立たせてしまい「自分の子供じゃないから」と辛辣な言葉をぶつけてしまう。
美波を自分の子供のように思っていた郁男は怒り、亜弓を雨降る夜道に降ろしてしまう。
気を取り戻した郁男は、酷いことをしてしまったと戻ってみたものの見当たらず、探していた美波を見つけた後、警察から亜弓が殺されていることを知らされた。
亜弓は防波堤の工事現場で発見され、首を絞められた跡があり、何者かに殺されたようだ。
事件は郁男が亜弓を降ろしてからすぐに起こっていて、警察や町全体から郁男が疑われた。
そのせいで郁男は仕事を失い、再びギャンブルに手を出すようになった。
競輪のノミ屋に入り浸り、負けが込んだ郁男はノミ屋で借金を繰り返してその額は250万に及んだ。
郁男はノミ屋を仕切っているヤクザから借金を返すように迫られるが返す当てはなかった。
病気が進み先が短い勝美は、自分の船を売って借金を返すようにと300万円を郁男に渡す。
郁男はヤクザに借金を返し、残った50万を競輪の11レースで1本買いする。
車券が的中したが、払戻金が大金になる為にヤクザはその金を払ってくれなかった。
祭りの夜、自暴自棄になって泥酔した郁男は町のごろつきに半殺しの目にあうが、そこを小野寺に救われる。


寸評
郁男はギャンブル好きのどうしようもない男だ。
こんな男のどこがいいのかと思うが、亜弓はこの男と何年も同棲生活をしている。
ひどい男だが優しい一面を持ち合わせていて、亜弓はその優しさに惚れていたのかもしれない。
僕の従兄もギャンブルにのめり込んで何億もあった財産を失ったのだが、ギャンブル依存症はどうしようもなく、ましてやそこにヤクザが絡んでいるとなれば尚更抜け出すことはできない。
甘い言葉に誘われて深みにはまり込んでしまい、気が付けば何もかも失くしているといった状態に追い込まれているというのが関の山なのだ。

郁男は同棲相手の亜弓の父親の面倒を見るために、亜弓と亜弓の連れ子の美波と共に津波被害の消え去らぬ石巻に帰郷して印刷工場で働くことになる。
石巻には競輪場はないのだが暴力団が仕切るノミ屋が存在している。
工員に誘われノミヤに行った郁男は最初はギャンブルはやらないそぶりを見せていたが、競輪の中継を見ているうちに心の虫が動き出して、つい手を出してしまう。
たまらず手を出してしまう描写はリアリティを感じさせるし、郁男を演じる香取慎吾は雰囲気を出している。
アイドル時代の彼とは違う一面を見せて、この映画におけるダメ男の演技はなかなかのものである。

郁男は負の連鎖を背負っている男だ。
印刷工場をリストラされ、再就職した先では足を洗っていたギャンブルに誘われ、おまけに窃盗の濡れ衣まできせられて解雇されてしまう。
連れ子の美波への愛情は持ち合わせているが素直に表現することはできない。
その為に亜弓からは「自分の子供ではないから」とひどい言葉を投げかけられてしまう。
オマケに自分が車から降ろしたばかりに亜弓は殺されてしまった。
その事に対する自責の念を持って耐え続けているのだが、同じく自責の念を持つ美波からは自分が苦しんでいるのを知っていながら事実を告げなかったと責められる始末である。
信用して亜弓とのことを話せば、その男は亜弓の元夫で、養育費を止められてしまうようなことにも出くわす。
人を信用しては裏切られ続ける郁男にしてみれば、「俺の一体どこが悪いのだ」と叫びたくなるだろう。
映画はそんなどうしようもない男の負の連鎖をこれでもかと描き続ける。

ヤクザに拉致された郁男を勝美が助けに行くのだが、その時不破万作演じる勝美の友人が仲間を集めようかと飛び込んでくる。
どうやらこの二人はもとヤクザのようであるが、彼らの結束は強い。
いざという時に、社会的に立派な人間は助けてくれないが、悪さを一緒にやった人間は助けてくれるという知人の言葉を思い出した。
そのことは勝美に義理を感じている暴力団組長の麿赤兒にも言えることで、彼はきっちりと義理を返している。
映画として最後は希望を感じさせるが、どうもハッピーエンドと言う風には思えない作品で、白石和彌らしいと言えば白石和彌らしい作品である。


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