バレンタインデーの夜7時半頃。
吉祥寺北口商店街のラバーズ広場で開催されている吉祥寺音楽祭は、二組の地元バンドと一組のプロバンドが演奏して華やかに盛り上がっていた。
「しかし、一時はどうなることかと思ったけど・・・結果オーライだったなあ」
と、鈴木タケルはつぶやいている。
「マミ、予想以上に細身の大人の女性になってたでしょー」
と、横に座るアミがタケルにつぶやいている。
「まあね。だいたいアミちゃんが僕に指令を出したんだし、マミちゃんは実の妹なんだから、かなり躍起になってトレーニングするだろうと思ったさ」
と、タケル。
「でも、ほんとに、マミ・・・綺麗になってましたわ」
と、ミウ。
「そうね。なんか妹な感じが全然無くなって・・・大人らしさのある大人の女性に気持ち的にもなってる感じがしたわ」
と、ミサトが分析する。
「マミ、自信が出たみたいだったわ。大人の女性として、自信を持って振舞っていいんだわって、マミはそう思ったみたい」
と、アミが説明する。
「外見を大人の女性にすることで、内面も大人の女性にする・・・二段構えのやり方は最初に打ち合わせた通りになったな」
と、タケル。
「タケルくんの作戦はすべて当たったわ・・・さすがタケルくんね。マミの代わりになって、お礼を言うわ。ありがとう、タケルくん」
と、アミが言う。
「まあね・・・女性は自分に自信が出来れば、自然と大人の女性になる・・・そういう生き物ですよ。僕なんかより、お礼はがんばったマミちゃんに・・・」
と、タケルが言う。
「マミ・・・今日は大事な思い出になる日ね・・・」
と、アミがつぶやく。
「シンイチさんもやるじゃないですか。一番前の特等席、彼女の為に事前に押さえておくなんて・・・バレンタインデーの予感があったのかな・・・」
と、タケルがつぶやく。
「恋の予感って、不思議に当たるものだもの・・・」
と、アミはタケルを見つめながら意味深に言う。
「ふ。そんなものですか・・・」
と、タケルは苦笑していた。
「シンイチ・・・今日はわたしにとって新しく生まれ変わる日なんだわ・・・」
と、ひとり一番前の特等席に座ったマミは胸を熱くしていた。
多くのVIPが特等席に座る中、マミの美しさは際立っていた。
「大人の女性に生まれ変わる日・・・シンイチ、愛してるわ・・・」
マミは胸を焦がしながら、シンイチ達の出番を今か今かと待っていた。
「ターケールーさん」
と、ひとりの20代前半の美しい女性がタケルの傍らに立つ。
「え?」
と、その声を方に振り向くタケルは、その女性の姿を見て、びっくりする。
「あれ?君は、イズミの恋人の田中美緒ちゃんじゃないか・・・イズミと来ているの、このイベント?」
と、タケルはイブの江ノ島花火大会でイズミから紹介された田中美緒をよく覚えていた。
「いえ、今回はちょっと違うんです。義理の兄がこのイベントに出るので・・・」
と、ニヤニヤしている田中美緒だった。
「へー、美緒ちゃんの義理のお兄さんも、このイベント出てるんだ・・・」
と、タケルは普通に返す。
「道明寺シンイチ・・・タケルさんに今回お世話になったそうで・・・」
と、美緒は話す。
「はあ?・・・って、美緒ちゃんって、え?どういうこと?」
と、タケルは頭がこんがらがっている。
「わたしの一番上の姉が、田中ユキ、今は結婚した姓で森田ユキになってますけど・・・で、二番目の姉が田中ミキ、私が田中ミオ。ユキ、ミキ、ミオの3人姉妹なんです」
と、美緒がやさしく説明してくれる。
「え?ユキさん独身だって言ってたけど・・・?」
と、タケルが質問。
「姉は、旦那をガンで亡くしてます。でも、姓を戻したくないって・・・だから森田のままなんです。独身ですけど」
と、美緒が説明する。
「そ、そ、そんな関係だったの・・・いやあ、知らなかった。全然わからなかったよ・・・」
と、タケルはびっくりしている。
「兄貴、ミキ姉の命日忘れちゃってて・・・よくあるんですよね・・・で、携帯に怒りの電話をいれたら、申し訳なさそうに次の日に来てくれて・・・」
と、美緒は説明する。
「え?ってことは、シンイチさんの失踪は、ミキさんの命日を忘れたシンイチさんの墓参りだったの?」
と、タケルは言葉にする。
「ええ・・・昨日は一緒にお酒飲んで荒れちゃって・・・いつものことだから、うちの実家に泊まって貰って、今日はのんびり実家で過ごしていて・・・」
と、美緒は説明する。
「そしたら、アイリさんから、わたしの携帯に電話が入って・・・アイリさん、女の勘で、わたしの姉がシンイチ兄の嫁ミキだってわかってたみたいで・・・」
と、美緒は説明する。
「え、アイリが?」
と、さらに驚くタケル。
「まあ、前に、わたしが3姉妹だってことは、話していたし、その時、ユキ、ミキ、ミオの三姉妹ってことと、5年前にミキ姉が死んだことも話してたから・・・」
と、説明する美緒。
「それで、この吉祥寺音楽祭のあることを知って・・・シンイチ兄・・・なんか忘れてたっぽくて・・・」
と、苦笑する美緒・・・。
「えーーーーシンイチさん、忘れてたって・・・じゃあ、アイリの電話がなかったら・・・」
と、タケルが聞くと、
「いえいえ、アイリさんの電話を切ったら、すぐにミチコさんからも電話が入ったから・・・責任を持って、シンイチ兄を、ここに連れてきたのはわたし、ということです」
と、美緒が説明する。
「ふー・・・そうか。それはよかった」
と、タケルはため息をつく。
「それにしても、タケルさん、女性に囲まれてますね。モテモテですね」
と、美緒はいたずら顔で、そうささやく。
「いやあ、そういうわけじゃないんだけどね」
と、タケルが言うと、
「じゃ、わたしはこれで・・・邪魔者は、消えますです!」
と、美緒はそれだけ言うと、笑顔で消えていった。
「今の子、イブで会ったわね」
と、アミがすかさず言う。
「ああ。イズミの恋人さ・・・でも、まさか、美緒ちゃんがユキさんや、ミキさんの妹だったとはねー。全然気づかなかったよ・・・」
と、タケルは話す。
と、そこへ北川ミチコ登場。
「タケルくんって、美緒ちゃんとも知り合いだったんだって?さっき美緒ちゃんから聞いたわ。顔広いのね、さすがに」
と、ミチコはそんな風に話す。
「いやあ、今ルームシェアしている奴の恋人ですからね。そりゃあ、知ってますよ」
と、タケル。
「へえ、そんな関係・・・世の中、案外狭いのね」
と、ミチコ。
「それより・・・ミチコさんに僕が電話した時・・・実はもうシンイチさんの居場所を知っていたんでしょ、あの時わからないって言ってたけど」
と、タケル。
「わからなかったのは事実よ。でも、以前、一回だけ、シンイチが、ミキちゃんの命日を忘れたことがあったから・・・今回も、それかな、とは思ってたの」
と、ミチコ。
「なるほど・・・シンイチさんって、案外わかりやすいひとなんですね」
と、苦笑しながらタケル。
「そう。でも、そういう無邪気なところが・・・女性のツボでもあるのよ・・・」
と、ミチコは言う。
「アーティストを愛するのが、音楽プロデューサーの務め、でしたっけ。素晴らしい音楽プロデューサーですよ。ミチコさんは」
と、タケルが言うと、
「でも、今回はタケルくんにしてやられたわ・・・シンイチをひとりでデビューさせる算段だったのに・・・お嫁さん達のあんな想いを聞かされたら、私、泣けちゃったわ」
と、ミチコ。
「まあ、僕もシンイチさんのことを調べるうちに、朱鷺色ワーカーズ・メンバーのお嫁さんたちの気概を知ってしまったもので・・・つい・・・」
と、タケル。
「ふ。でも、いいわ・・・皆が笑顔になれれば、それでいいじゃない・・・」
と、ミチコは遠い目で言った。
「すいません。ミチコさんの邪魔をする形になってしまって・・・」
と、タケルが謝ると、
「いいのよ・・・あなたこそ、大人の男のやり方を知ってる、本当の大人の男性だわ・・・」
と、笑顔になる北川ミチコだった。
「さ、そろそろ、うちの番ね・・・招待している音楽プロデューサー達の元に行かなきゃ・・・強烈プッシュを最後まで、しておかないとね」
と、ミチコは笑顔になると、タケル達の場所を後にした。
ひときわ歓声が盛り上がると、舞台の上に「朱鷺色ワーカーズ」の面々が現れた。
地元の人気グループの登場とあって、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
これまで作ってきた曲を4曲程、演奏し、割れんばかりの拍手を貰った「朱鷺色ワーカーズ」は、リードボーカルのシンイチが語り出す。
「えー、吉祥寺の皆さん、いつも声援ありがとうございます。今回、この音楽祭に合わせて新曲を書きました。「君」という曲です。ぜひ聞いてください!」
と、シンイチは言うと、ちらりとマミの目を見た。
マミは心からの笑顔になる。
シンイチも目の笑った、いい笑顔になる。
やさしいピアノのイントロが流れると、リードボーカルのシンイチがギターを弾きながらやさしく歌いだす。
「君を見つけた、あの日の君に逢いに、僕は秘密の魔法を使いたくて、それでも君はなかなか笑顔をくれなくて」
シンイチの頭の中には、高校生のマイ、大学生のミキ・・・そして、目の前にいるマミの笑顔があった。
「君と出会えた、あの場所で僕は、君の思い出を思い出した、君のくれた小さな真心そして、君は僕に言った」
3人の思い出がないまぜになった頭の中・・・シンイチの心には突然の光が溢れる。
「あなたを愛したあの子の代わりに、わたしはあなたを愛してみせる」
「あなたを愛した私があなたの、これからのすべてを守ってみせる」
シンイチは懐かしい言葉を歌い上げながら、曲は一気にサビに突入する。
「僕のこころは、いつでも飛べる、君のあの笑顔さえ、目の前にあれば、だから僕は君に会いたいんだ、会って何かを言うために・・・」
「僕のこころは、いつでも飛べる、あの日の君の真心さえ、思い出せれば、だから、僕は君を抱きしめたいんだ、あなたのすべてが欲しいから・・・」
シンイチは、気がつくと泣きながら歌っていた。
今までのすべての思い出が、シンイチを涙に変えていた。
それは、マミへの愛しいせつない思いが、歌の中に刻まれていたから。
「ふと、僕は思ってしまう。僕は君の為に生きていけてるだろうか。君を笑顔に出来ているだろうかと・・・」
シンイチは会場に静かに語りかけるように歌う。真摯な姿を皆に見せるように。
「僕のこころは、いつでも飛べる、君のあの笑顔さえ、目の前にあれば、だから僕は君に会いたいんだ、会って何かを言うために・・・」
「僕のこころは、いつでも飛べる、あの日の君の真心さえ、思い出せれば、だから、僕は君を抱きしめたいんだ、あなたのすべてが欲しいから・・・」
サビで一気に力を開放した「朱鷺色ワーカーズ」は、ロックっぽく力強くサビを歌う。
「あなたを愛したあの子の代わりに、わたしはあなたを愛してみせる」
「あなたを愛した私があなたの、これからのすべてを守ってみせる」
シンイチは切々と女性のこころを歌い上げる。シンイチを思ってきた女性のこころをすべての気持ちを思い出しながら、切々と歌い上げる。
「僕のこころは、君のモノだよ 君がくれた笑顔が全てさ だから、僕は君を愛する、二人の日々は、始まったばかり・・・」
最後のサビを力強く歌ったシンイチは、最後をゆっくりと締めていく。
「君だけを僕は愛しているから・・・」
最後のフレーズをやわらかく歌ったシンイチは、最後を鋭く締めて、歌い終わる・・・。
会場は大きな拍手と、さらなる大歓声に埋まり、北川ミチコは、横に居並ぶ音楽プロデューサー達の雰囲気を見ていた。
「ミチコさん・・・ちょっと」と、少し険しい表情の音楽プロデューサー達がミチコを呼ぶ。
ミチコは、神妙な顔をして、音楽プロデューサー達の元へ駆け寄った。
朱鷺色ワーカーズは、会場の大歓声に答えると、皆笑顔で舞台を降りていった。
最後、シンイチがマミに笑顔を向けると、マミは泣いていた。
涙でグズグズになったマミは化粧がはげかけていたけれど・・・彼女の感動がシンイチにも伝わった。
「マミちゃん・・・俺の気持ちが伝わったんだね。歌を通して・・・」
シンイチは心からの笑顔だった。
(つづく)
→前回へ
→物語の初回へ
→「ラブ・クリスマス!」初回へ
吉祥寺北口商店街のラバーズ広場で開催されている吉祥寺音楽祭は、二組の地元バンドと一組のプロバンドが演奏して華やかに盛り上がっていた。
「しかし、一時はどうなることかと思ったけど・・・結果オーライだったなあ」
と、鈴木タケルはつぶやいている。
「マミ、予想以上に細身の大人の女性になってたでしょー」
と、横に座るアミがタケルにつぶやいている。
「まあね。だいたいアミちゃんが僕に指令を出したんだし、マミちゃんは実の妹なんだから、かなり躍起になってトレーニングするだろうと思ったさ」
と、タケル。
「でも、ほんとに、マミ・・・綺麗になってましたわ」
と、ミウ。
「そうね。なんか妹な感じが全然無くなって・・・大人らしさのある大人の女性に気持ち的にもなってる感じがしたわ」
と、ミサトが分析する。
「マミ、自信が出たみたいだったわ。大人の女性として、自信を持って振舞っていいんだわって、マミはそう思ったみたい」
と、アミが説明する。
「外見を大人の女性にすることで、内面も大人の女性にする・・・二段構えのやり方は最初に打ち合わせた通りになったな」
と、タケル。
「タケルくんの作戦はすべて当たったわ・・・さすがタケルくんね。マミの代わりになって、お礼を言うわ。ありがとう、タケルくん」
と、アミが言う。
「まあね・・・女性は自分に自信が出来れば、自然と大人の女性になる・・・そういう生き物ですよ。僕なんかより、お礼はがんばったマミちゃんに・・・」
と、タケルが言う。
「マミ・・・今日は大事な思い出になる日ね・・・」
と、アミがつぶやく。
「シンイチさんもやるじゃないですか。一番前の特等席、彼女の為に事前に押さえておくなんて・・・バレンタインデーの予感があったのかな・・・」
と、タケルがつぶやく。
「恋の予感って、不思議に当たるものだもの・・・」
と、アミはタケルを見つめながら意味深に言う。
「ふ。そんなものですか・・・」
と、タケルは苦笑していた。
「シンイチ・・・今日はわたしにとって新しく生まれ変わる日なんだわ・・・」
と、ひとり一番前の特等席に座ったマミは胸を熱くしていた。
多くのVIPが特等席に座る中、マミの美しさは際立っていた。
「大人の女性に生まれ変わる日・・・シンイチ、愛してるわ・・・」
マミは胸を焦がしながら、シンイチ達の出番を今か今かと待っていた。
「ターケールーさん」
と、ひとりの20代前半の美しい女性がタケルの傍らに立つ。
「え?」
と、その声を方に振り向くタケルは、その女性の姿を見て、びっくりする。
「あれ?君は、イズミの恋人の田中美緒ちゃんじゃないか・・・イズミと来ているの、このイベント?」
と、タケルはイブの江ノ島花火大会でイズミから紹介された田中美緒をよく覚えていた。
「いえ、今回はちょっと違うんです。義理の兄がこのイベントに出るので・・・」
と、ニヤニヤしている田中美緒だった。
「へー、美緒ちゃんの義理のお兄さんも、このイベント出てるんだ・・・」
と、タケルは普通に返す。
「道明寺シンイチ・・・タケルさんに今回お世話になったそうで・・・」
と、美緒は話す。
「はあ?・・・って、美緒ちゃんって、え?どういうこと?」
と、タケルは頭がこんがらがっている。
「わたしの一番上の姉が、田中ユキ、今は結婚した姓で森田ユキになってますけど・・・で、二番目の姉が田中ミキ、私が田中ミオ。ユキ、ミキ、ミオの3人姉妹なんです」
と、美緒がやさしく説明してくれる。
「え?ユキさん独身だって言ってたけど・・・?」
と、タケルが質問。
「姉は、旦那をガンで亡くしてます。でも、姓を戻したくないって・・・だから森田のままなんです。独身ですけど」
と、美緒が説明する。
「そ、そ、そんな関係だったの・・・いやあ、知らなかった。全然わからなかったよ・・・」
と、タケルはびっくりしている。
「兄貴、ミキ姉の命日忘れちゃってて・・・よくあるんですよね・・・で、携帯に怒りの電話をいれたら、申し訳なさそうに次の日に来てくれて・・・」
と、美緒は説明する。
「え?ってことは、シンイチさんの失踪は、ミキさんの命日を忘れたシンイチさんの墓参りだったの?」
と、タケルは言葉にする。
「ええ・・・昨日は一緒にお酒飲んで荒れちゃって・・・いつものことだから、うちの実家に泊まって貰って、今日はのんびり実家で過ごしていて・・・」
と、美緒は説明する。
「そしたら、アイリさんから、わたしの携帯に電話が入って・・・アイリさん、女の勘で、わたしの姉がシンイチ兄の嫁ミキだってわかってたみたいで・・・」
と、美緒は説明する。
「え、アイリが?」
と、さらに驚くタケル。
「まあ、前に、わたしが3姉妹だってことは、話していたし、その時、ユキ、ミキ、ミオの三姉妹ってことと、5年前にミキ姉が死んだことも話してたから・・・」
と、説明する美緒。
「それで、この吉祥寺音楽祭のあることを知って・・・シンイチ兄・・・なんか忘れてたっぽくて・・・」
と、苦笑する美緒・・・。
「えーーーーシンイチさん、忘れてたって・・・じゃあ、アイリの電話がなかったら・・・」
と、タケルが聞くと、
「いえいえ、アイリさんの電話を切ったら、すぐにミチコさんからも電話が入ったから・・・責任を持って、シンイチ兄を、ここに連れてきたのはわたし、ということです」
と、美緒が説明する。
「ふー・・・そうか。それはよかった」
と、タケルはため息をつく。
「それにしても、タケルさん、女性に囲まれてますね。モテモテですね」
と、美緒はいたずら顔で、そうささやく。
「いやあ、そういうわけじゃないんだけどね」
と、タケルが言うと、
「じゃ、わたしはこれで・・・邪魔者は、消えますです!」
と、美緒はそれだけ言うと、笑顔で消えていった。
「今の子、イブで会ったわね」
と、アミがすかさず言う。
「ああ。イズミの恋人さ・・・でも、まさか、美緒ちゃんがユキさんや、ミキさんの妹だったとはねー。全然気づかなかったよ・・・」
と、タケルは話す。
と、そこへ北川ミチコ登場。
「タケルくんって、美緒ちゃんとも知り合いだったんだって?さっき美緒ちゃんから聞いたわ。顔広いのね、さすがに」
と、ミチコはそんな風に話す。
「いやあ、今ルームシェアしている奴の恋人ですからね。そりゃあ、知ってますよ」
と、タケル。
「へえ、そんな関係・・・世の中、案外狭いのね」
と、ミチコ。
「それより・・・ミチコさんに僕が電話した時・・・実はもうシンイチさんの居場所を知っていたんでしょ、あの時わからないって言ってたけど」
と、タケル。
「わからなかったのは事実よ。でも、以前、一回だけ、シンイチが、ミキちゃんの命日を忘れたことがあったから・・・今回も、それかな、とは思ってたの」
と、ミチコ。
「なるほど・・・シンイチさんって、案外わかりやすいひとなんですね」
と、苦笑しながらタケル。
「そう。でも、そういう無邪気なところが・・・女性のツボでもあるのよ・・・」
と、ミチコは言う。
「アーティストを愛するのが、音楽プロデューサーの務め、でしたっけ。素晴らしい音楽プロデューサーですよ。ミチコさんは」
と、タケルが言うと、
「でも、今回はタケルくんにしてやられたわ・・・シンイチをひとりでデビューさせる算段だったのに・・・お嫁さん達のあんな想いを聞かされたら、私、泣けちゃったわ」
と、ミチコ。
「まあ、僕もシンイチさんのことを調べるうちに、朱鷺色ワーカーズ・メンバーのお嫁さんたちの気概を知ってしまったもので・・・つい・・・」
と、タケル。
「ふ。でも、いいわ・・・皆が笑顔になれれば、それでいいじゃない・・・」
と、ミチコは遠い目で言った。
「すいません。ミチコさんの邪魔をする形になってしまって・・・」
と、タケルが謝ると、
「いいのよ・・・あなたこそ、大人の男のやり方を知ってる、本当の大人の男性だわ・・・」
と、笑顔になる北川ミチコだった。
「さ、そろそろ、うちの番ね・・・招待している音楽プロデューサー達の元に行かなきゃ・・・強烈プッシュを最後まで、しておかないとね」
と、ミチコは笑顔になると、タケル達の場所を後にした。
ひときわ歓声が盛り上がると、舞台の上に「朱鷺色ワーカーズ」の面々が現れた。
地元の人気グループの登場とあって、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
これまで作ってきた曲を4曲程、演奏し、割れんばかりの拍手を貰った「朱鷺色ワーカーズ」は、リードボーカルのシンイチが語り出す。
「えー、吉祥寺の皆さん、いつも声援ありがとうございます。今回、この音楽祭に合わせて新曲を書きました。「君」という曲です。ぜひ聞いてください!」
と、シンイチは言うと、ちらりとマミの目を見た。
マミは心からの笑顔になる。
シンイチも目の笑った、いい笑顔になる。
やさしいピアノのイントロが流れると、リードボーカルのシンイチがギターを弾きながらやさしく歌いだす。
「君を見つけた、あの日の君に逢いに、僕は秘密の魔法を使いたくて、それでも君はなかなか笑顔をくれなくて」
シンイチの頭の中には、高校生のマイ、大学生のミキ・・・そして、目の前にいるマミの笑顔があった。
「君と出会えた、あの場所で僕は、君の思い出を思い出した、君のくれた小さな真心そして、君は僕に言った」
3人の思い出がないまぜになった頭の中・・・シンイチの心には突然の光が溢れる。
「あなたを愛したあの子の代わりに、わたしはあなたを愛してみせる」
「あなたを愛した私があなたの、これからのすべてを守ってみせる」
シンイチは懐かしい言葉を歌い上げながら、曲は一気にサビに突入する。
「僕のこころは、いつでも飛べる、君のあの笑顔さえ、目の前にあれば、だから僕は君に会いたいんだ、会って何かを言うために・・・」
「僕のこころは、いつでも飛べる、あの日の君の真心さえ、思い出せれば、だから、僕は君を抱きしめたいんだ、あなたのすべてが欲しいから・・・」
シンイチは、気がつくと泣きながら歌っていた。
今までのすべての思い出が、シンイチを涙に変えていた。
それは、マミへの愛しいせつない思いが、歌の中に刻まれていたから。
「ふと、僕は思ってしまう。僕は君の為に生きていけてるだろうか。君を笑顔に出来ているだろうかと・・・」
シンイチは会場に静かに語りかけるように歌う。真摯な姿を皆に見せるように。
「僕のこころは、いつでも飛べる、君のあの笑顔さえ、目の前にあれば、だから僕は君に会いたいんだ、会って何かを言うために・・・」
「僕のこころは、いつでも飛べる、あの日の君の真心さえ、思い出せれば、だから、僕は君を抱きしめたいんだ、あなたのすべてが欲しいから・・・」
サビで一気に力を開放した「朱鷺色ワーカーズ」は、ロックっぽく力強くサビを歌う。
「あなたを愛したあの子の代わりに、わたしはあなたを愛してみせる」
「あなたを愛した私があなたの、これからのすべてを守ってみせる」
シンイチは切々と女性のこころを歌い上げる。シンイチを思ってきた女性のこころをすべての気持ちを思い出しながら、切々と歌い上げる。
「僕のこころは、君のモノだよ 君がくれた笑顔が全てさ だから、僕は君を愛する、二人の日々は、始まったばかり・・・」
最後のサビを力強く歌ったシンイチは、最後をゆっくりと締めていく。
「君だけを僕は愛しているから・・・」
最後のフレーズをやわらかく歌ったシンイチは、最後を鋭く締めて、歌い終わる・・・。
会場は大きな拍手と、さらなる大歓声に埋まり、北川ミチコは、横に居並ぶ音楽プロデューサー達の雰囲気を見ていた。
「ミチコさん・・・ちょっと」と、少し険しい表情の音楽プロデューサー達がミチコを呼ぶ。
ミチコは、神妙な顔をして、音楽プロデューサー達の元へ駆け寄った。
朱鷺色ワーカーズは、会場の大歓声に答えると、皆笑顔で舞台を降りていった。
最後、シンイチがマミに笑顔を向けると、マミは泣いていた。
涙でグズグズになったマミは化粧がはげかけていたけれど・・・彼女の感動がシンイチにも伝わった。
「マミちゃん・・・俺の気持ちが伝わったんだね。歌を通して・・・」
シンイチは心からの笑顔だった。
(つづく)
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