さて、その時、僕は事務所の大部屋で、御島社長(31)と辛辣姫ユキちゃん(28)と今後の打ち合わせを終え、
お茶していました。
「でも、そのユミちゃんの言い分はよくわかるわ」
と、御島さん。
「ユミちゃんらしい・・・彼女、身体張る人だから」
と、ユキちゃん。
「ゆるちょくんはいろいろな女性を恋に落としてるのね・・・ま、もっともそれくらいじゃないと」
「わたしも、事務所の社長としては、物足りないけどね。もっともっと女性に愛されないと」
と、御島さん。
「まあ、それはわかっていますけどね。うちの稼ぎ頭として、がんばらなきゃいけないし」
と、僕。
「でも、ユミちゃんの考え方ってわかりやすいですよね。「冊に囲われた命令されるがままの羊の群れの中にはいたくない」」
「それってわたしも同じ事、考えていましたもん、サラリーマンの時代」
と、ユキちゃん。
「わたし達はその支配から卒業して、日本社会と言うどこまでも続く平原を疾駆する一匹狼となった、とそういうわけね」
「脱サラとはそういう事でしょ?」
と、御島さん。
「事務所に所属すると言う事と、企業に所属する事では、どこが具体的に違うんですかね?」
と、ユキちゃん。
「うーん、それはヤンキースにいるマー君と、サラリーマンをやってるオヤジ達との違いって事かしらね」
「マー君はヤンキースにスカウトされ、大事に使われている。彼にはそれだけのチカラがあるから」
「そのチカラが見込まれ、ピッチャーとして契約されている。ヤンキースと言えば、世界一の球団だし」
「マー君はそこに自分のチカラで上り詰めたと言っていいわね。この場合、彼の方に裁量権があるわ・・・」
「そして、彼は一匹狼として、機能しているのよ・・・」
と、御島さん。
「一方、サラリーマンをやってるオヤジ達は、ユミちゃんも言ったように、冊に囲われた支配される羊達・・・」
「裁量権はどこまでも企業側にあるから、彼らは過酷な環境で、過酷な労働を強いられる・・・」
と、御島さん。
「そっか。個人に裁量権すら、無いのがサラリーマンのオヤジ達って事になるんですね」
と、ユキちゃん。
「裁量権は責任の問題に直接絡むわ。マー君は自己責任で自己管理をしているわけで、まあ、今回の故障以降」
「「ピッチャーはどこまでも、マウンドに立たなければいけない」と言う旨の話をよくするようになっているわ」
「逆にサラリーマンの裁量権は上司にあるわ。つまり、責任すら、取り上げられているの。これは与えられた仕事に」
「全力で取り組ませる為の仕組みなんだけど・・・結局、仕事以外の事を考えなくなる悪影響を及ぼすの」
「・・・と言うか、脱サラ出来なくする施策かもね、これ・・・」
と、御島さん。
「冊で囲い込みをして、さらに仕事以外の思考すらさせないようにすれば、脱サラなんてできはしないし」
「元々、冊外に出ようなんて勇気すら作れないようにする・・・これって思考停止者を量産するようなモノじゃないですか!」
と、ユキちゃん。
「ま、この世は「純思考者」と「思考停止者」の世界だからね。「純思考者」がしあわせになれるの対し」
「思考停止者は「俺偉い病」か「逃げ込み者」となるから、ふしあわせスパイラル一直線だから・・・怖い事だよ」
と、僕。
「思考停止したら、一切成長出来ませんものね。そういうサラリーマン、結構、多いし」
「「成長してないね」って意味で、「入社した時から、変わらない」って言ったら、「若いだろ、俺」って笑顔になるバカもいたし」
「言葉の裏すら、読めないのよね・・・思考停止者のバカは・・・」
と、辛辣姫。
「いずれにしろ、うちの事務所的には、自分のライフワーク的な仕事を見つけて、それに一身に取り組んで成果を出せている」
「自己責任の一匹狼の純思考者を採用しているわ。ユミちゃんを確保出来なかったのは残念だけど」
「ゆるちょくんも仕事で組ましてもらっていいインスパイアを貰っているみたいだから、現状では満足しているわ」
と、御島さん。
「じゃ、逆に聞くけど・・・御島さん的には、うちの事務所にスカウトする条件って言うか」
「・・・クリエイターの条件って何ですか?」
と、僕。
「そうね。1を聞いたら、10を知るではダメで・・・100から200は発想出来る事・・・端的に言うと、そういう事じゃない?」
と、御島さん。
「それね、誤解を受けそうだから、別な説明もするけど・・・経験知がまずたくさんあって、その知恵を展開出来るメモリを」
「そもそも大きく成長させている人でなければダメって事ね」
「例えば、渡辺謙って言えば、ブロードウェイの舞台「王様と私」でのトニー賞ノミネートから、その泣きそうな笑顔から」
「主人公にケリー・オハラさんと言うトニー賞ノミネート6回の実力派が配されていた、とか演出家は世界的に有名な」
「ブロードウェイの重鎮的演出家バートレット・シャーだとか・・・その名前を見ただけでも、この19年ぶりの」
「リバイバル作品がいかに本気で作られているかを理解していなきゃいけないし、そのバートレットシャーが」
「「ベストシンガーも、ベストダンサーもいらない。わたしは本物の王様が欲しいんだ」と言って、渡辺謙さんを」
「キャスティングした・・・その意味も理解出来なければいけないわ・・・その洞察力がクリエイターとして重要だと」
「わたしは、思っているの」
と、御島さん。
「日本では、ケン・ワタナベが、日本人初のトニー賞の主演男優賞を逃した・・・と言う点が重点的に報道されていましたね」
「「残念だ」と街の声が報道されていたり・・・」
と、ユキちゃん。
「バカじゃないの?だから日本の報道ってクズなのよ。「日本人が何かを獲得した/失敗した」の観点からしか人を評価出来ない」
「どんだけ上から目線なの?例えば「王様と私」と言えば、ユル・ブリンナーでしょ?彼はアメリカを代表する」
「有名な俳優でしょ?その役に、19年ぶりのリバイバル作品として、渡辺謙がキャスティングされた・・・」
「しかも、彼はブロードウェイのミュージカルに初挑戦なのよ!それがどれだけすごい事か、日本のマスコミはわかっていないの?」
と、辛辣姫。
「ブロードウェイは、本物しか評価されないわ。ブロードウェイでは、世界一辛辣な批評家が自分の目を信じて命懸けで批評を」
「書いている。その批評すら、ブロードウェイの本物の客から批評されるの。演者も含めた制作側と批評家、観客が」
「お互いが切磋琢磨しあって、だからこそ、最高の舞台が制作される、世界最高峰の舞台の現場、ブロードウェイが」
「生きられるのよ・・・その現場に日本の俳優、ケン・ワタナベが求められ、あまつさえ、トニー賞ノミネートだなんて」
「それがどれだけすごい事か、わかっているのかしら?」
と、御島さん。
「結局、それって情報の劣化と言う事だと思うんですよね。理解力の無い人間は、目の前ですごい事が起こっていても」
「自身の理解力が低ければ、低い位置にまで、落とさないとそれを理解出来ない・・・そういう事だと思います」
と、辛辣姫。
「さらに言えば、テレビは中二向けに番組を制作をしていますから・・・どうしても、中二以上の理解力が必要になる項目に出会うと」
「「中二でも、理解出来るように、わかりやすくする」と言う言い訳の元、情報の劣化が行われるんです」
「なぜなら、テレビは情報を過不足無く提供するのが目的でなく、あくまで視聴率を取るのを目的としていますから」
と、ユキちゃん。
「ま、そういう事だとは思うけどね。でも、今回の報道はあまりにひどかったわ」
「朝の8時以降の奥様向けの報道バラエティを二、三見たけど、どれも酷いものだったわ」
「例の「ベストシンガーもベストダンサーもいらない。俺は本物の「王様」が欲しいんだ」と言ったバートレット・シャーの」
「エピソードだけど・・・その意味を理解出来た人間なんてひとりもいなかったわよ・・・」
「ある女性の教授がそれに対してなんと言ったと思う?「渡辺謙さんの存在感ですね、それは」って、しれっと言ったのよ?」
「だから、こういう大学教授みたいな「知識者」は頭が悪いのよ。自分の持っている知識を持ってきて」
「それらしい事を当てはめているだけじゃない?何、存在感って?どこが説明になっているの?もっと具体的にわかるように」
「言葉に出来なければ、解説役として、失格でしょ?」
と、御島さん。
「それって、以前、ゆるちょさんが、ブロードウェイから「王様と私」の王様役をオファーされたケン・ワタナベさんが」
「ニューヨークで、会見を開いた時、興奮気味に食いついたゆるちょさんに具体的に説明を受けましたね・・・わたし達・・・」
と、辛辣姫。
「まあ、ゆるちょくんの受け売りだけど・・・バートレットシャー程の超有名なブロードウェイの演出家が」
「「ベストシンガーもベストダンサーもいらない。俺は本物の「王様」が欲しいんだ」と言って渡辺謙さんを欲したなら」
「それは取りも直さず、ケン・ワタナベの目を欲したんだ。あの「サル山のボス力」旺盛な「ヒカルの君の目」を・・・」
「王様は大衆に見つめられるから、その大衆全員を説得出来る目でなければならない。その目を持っている東洋人の俳優こそ」
「猛禽類の目を持ち、王様の目を持つ渡辺謙さんだったんだ。つまり、演技の本質は目にあるんだ。その目が王様の目であり」
「その目が王様を彷彿とさせられるからこそ、王様の演技が出来る・・・その人間がバートレットシャーにとって、唯一」
「ケン・ワタナベだったんだ。彼は王様の目を欲していたんだ・・・そういう話だったわよね」
と、御島さん。
「そうだったね。いや、だって、ブロードウェイって別物の場所だよ?渡辺謙さん自身だって、そこは一度諦めた場所だって」
「言ってたじゃん。クオリティーは日本とは天と地の差だし、渡辺謙さん自身、「俺55歳だけど、何も出来ないじゃん」って」
「嘆いたってくらい、追い込まれたって言うしね・・・でも、それは当然で・・・ブロードウェイはそういう場所なんだよ」
と、僕。
「でも、バートレットシャーの目論見は大当たりして、ケン・ワタナベは、トニー賞ノミネートまで行った」
「それはブロードウェイの辛口の批評家達を認めさせたって事でしょ?ケン・ワタナベの演技が・・・そもそも王様の目が」
と、辛辣姫。
「そうだね。あの猛禽類のような王様の目・・・大衆を説得出来る、王様の目だね・・・」
と、僕。
「それをアメリカ人が認めたと言う事は、ケン・ワタナベは今後、さらにいい仕事をするでしょうね」
「だって、ブロードウェイのベテランにして、トニー賞6回ノミネートのケリーオハラさんにトニー賞を与えたのよ」
「それがいかに難しいことか・・・ケリーオハラさん自身が痛感している事でしょ?」
「それを取らせた・・・ケン・ワタナベこそ、わたしの王様って言いたくなるわよ」
「自分にトニー賞をもたらした素敵なわたしの王様・・・全米の女性達も、その物言いに共感するんじゃないかしら」
「それだけの事をケン・ワタナベは、為遂げたのよ。それがどんだけすごい事か・・・ここまでの説明をわたしは」
「ゆるちょくん以外にされた事はないわ。だから、ゆるちょくんは使えるって言うの。使えない大学教授はいらないの」
と、御島さん。
「わたしは、今回の事で、その人間の目がいかに大事かって事がわかりました」
「ブロードウェイでは主に常連の目の肥えたお客さんや批評家達にプレビュー公演を見せ、出来を確認し、演出や表現など」
「細かい直しをしてから、本公演に入ります。その時、この「王様と私」でも、ケン・ワタナベさんの英語や歌に辛辣な批評が」
「寄せられたそうです。でも、ケン・ワタナベは、その修正点をちゃんと直して、本公演では、ブロードウェイレベルの」
「作品に格上げして表現出来たそうです。ミュージカルは歌が命だし、身体の演技も必要でしょう」
「でも、わたしは、今回のエピソードで、演出家が最も大事にしているのは、役者の目だと言う事に気づいたんです」
「つまり、演技とは、目の演技こそ、最も大事・・・人間はその目こそ、その人間を100%語る、と言う結論に」
「わたしは、辿り着いたんです」
と、辛辣姫。
「ゆるちょくん、言ってたわね。日本人の男性なら、ケン・ワタナベ・クラスの「サル山のボス力」を持った「ヒカルの君の目」が必要」
「日本人の女性なら、柴咲コウさん・クラスの美しいキラキラお目目「ヒカルの姫の目」を持てって」
「その言葉・・・結構前に話してくれた話だけど・・・・トニー賞が証明しちゃったって事でもあるわね・・・」
と、御島さん。
「それって真実をわかって話している人間の言葉は・・・真実のわかっている人間にこそ、証明されるって事でしょうか」
と、辛辣姫。
「そうね。あらあら、今日はクリエイターの資質について話すつもりだったのに・・・全然話せなかったわ」
と、御島さん。
「今日の話で、クリエイターの資質、わかったような気がします。幾多あるニュースから、わたし達の価値になる話に食付き」
「その裏側に流れている素敵なストーリーの意味をいち早く教えてくれる・・・その洞察力こそ」
「優れたクリエイターの証・・・そういう事ですよね?」
と、辛辣姫。
「それと、優れた発想力よね。たった一行程度しか言葉が湧いてこないようだと、優れたクリエイターとは言えないわ」
「そういう人間が多いけどね」
と、御島さん。
「優れた発想力と優れた洞察力・・・それを人並み以上に備える事」
「それが優れたクリエイターの証になるんですね」
と、ユキちゃん。
「ふふ。そうね・・・そういう感じかしら。だから、ゆるちょくん、使えるし、女性に広く愛されるのよ」
「だからこそ、わたしは、あなたをプロデュースする、甲斐があるの」
と、御島さんは嬉しそうに言うと、
「さ、今日も気分がいいから、飲みに行きましょう!」
と、言って、ウォークインクローゼットの中に消えた。
(おしまい)