「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

この記事一応いいんじゃね?ボタン(作ってみました!) ちょっとさ、押してくれると、うれしいんです!(笑)

blogram投票ボタン

初夏はサイクリストの季節!

2010年05月16日 | アホな自分
いやあ、今日も気分良くサイクルトレーニングしてきました!

今月は、日本は自転車月間!ということで、まあ、世界的にもレースがかなり満載な感じで、

毎日、いろいろなレースを楽しめる感じです。

なにしろ、明日の朝から、ツール・ド・カリフォルニアが始まるわけですからね。

こっちは、ランス・アームストロング率いるレディオシャックが勝ちにいくレースですから、これもおもしろいんですね!

いやあ、もう、明日から夜は、ジロ・デ・イタリア、朝は、ツール・ド・カリフォルニア。そして、昼間は今、日本の大きな自転車レース、

Jツアーがやってますからね。もう、サイクリストには、たまならない季節!という奴ですね。


なんて、楽しいことばかり言っていますが、今日のトレーニングで、古傷の右膝の痛みが再発しちゃってねー!

まあ、コースで最も遠いところを走っている時に、その痛みが発症したので、帰り着くまで、だましだまし走っていました。

もう痛くてやばくなると、自転車を降り、休み休みだましだまし、帰ってくる感じでした。

まあ、自転車をやっていると、こういうことは、つきものですから、我慢しながら、走るわけです。

欧米のサイクルスポーツシーンでは、コーチから、

「Pain is beautiful.Pain is friend!」

なんて言葉が出るそうです。

「痛みは、美しい。痛みは友達なんだ!」

というわけですが、翼くんが、

「ボールは友達!」

みたいなことを言っていたのと同じ感じなんでしょうかね。

まあ、それだけ、痛みというものは、サイクルスポーツにとって、付きものだ!ということなんでしょう。

まあ、少しリフレッシュすることで、痛みはとれましたが、まだまだ、体がサイクリストになっていない、ということですねー!

まあ、段階的に上げては、来ていますが、まだまだ、です。

そんなことも感じながら、肉体を進化させることを目標に、トレーニングは、続くわけです。

でも、こういう空気の中で走るのは、本当に楽しいです。

気持ちのいい風景の中を走っていると、自然のすばらしさにすっかり魅せられてしまいます。

初夏の緑の美しさ、やさしさ。

そんなものが、語りかけてくるような、気持ちの良さを感じます。


それが、サイクリストのしあわせ、という奴なんでしょうね。

まあ、とにかく、気持ちのいい季節です。

これからも、存分に味わいたい、今はそんな気分です。


ではでは。




クソガキとバカ女の価値!(社会的役割を果たせ!:日本人的美学からの論考)

2010年05月16日 | 日本人の秘密
えー、まあ、僕は普段の論考シリーズが、「翔ぶが如く」批判になっちゃっているんですけど、

これ、やっぱり、西郷をしっかりと評価したい!という気持ちが強いから、そういうことになっちゃっているわけです。

それと、司馬という人間を代表にして、

「人間の美しさ、とは何か」

ということを考える契機にしているわけです。

まあ、司馬という人間を果てしなく嫌っていますからね。

「自分を偉い人間だとカン違いし、実際は能力のないバカ」

の代表ですからね、このひとは。

まあ、そういう人間は、TVの中にあふれていますが、まあ、ハナから相手にしていませんがね。

見るのも不快ですから、見ないわけです。

まあ、そういう低脳うんこバカは、どうしようもないなあ、という感慨になっていますね。


僕は、日本における、人間の価値とは、社会的役割をどれだけ果たせるか、だと考えています。

だから、高度な教育を受けても、社会的役割が果たせなければ、意味がない!と思っているわけです。

司馬のような人間、高度な教育を受ける機会を得て、結局、それが無駄に終わっている人間を、毛嫌いするわけです。

だから、池波正太郎大先生のように、小学校を出ただけでも、その価値が高いひとを、高評価するわけです。

というより、どんな教育を受けたか、どんな学校を出たか、なんてのは、全然関係ないんです。


社会的経験をずんどこ積み、社会的役割を果たせる人間こそ、尊いんです。


だから、司馬バカタイプというのを、僕は徹底的に嫌うし、批判するんです。


自分が偉いとカン違いした瞬間から人間は、だめになっていきます。

「俺はできる人間だ」

とカン違いして、だめになっていく人間を、僕は、たくさん見てきました。

まあ、司馬バカは、その典型的な例ですけどね。

まあ、それよりひどいのは、与党の人間ですけどね。

あまりに低脳で、責任がとれないバカ共ですからね。

責任とれない人間なんぞ、もはや日本人では、ありませんよ。

そんな奴は、国外へ追放してしまえば、いいんですよ。

どうせ、日本が嫌いな人間達なんだから。


僕が、20代以下について、「クソガキ!」と斬って捨てているのも、社会的役割を果たせない人間達だからです。

経験も浅いし、低脳ですからね。

だから、人間として、認めていません。

まあ、30代になれば、使えるかな、というのが、社会のお約束ですからね。

社会は厳しい。

子供を甘やかす必要なんて、どこにもないのです。

もちろん、かわいいですよ、そりゃ。

だけど、そればかりに騙されていてはいけないのです。

家庭にも社会の厳しさは持ち込む必要があります。

家庭は、子供達が、初めて接する社会!ですからね!


だから、社会に出て、当人が恥ずかしい思いをしないように、ビシバシ鍛えることが必要なのです。

「子供とは、友達のような関係です」

とか言う、馬鹿な大人がいますが、

そういう人間は、低脳うんこ馬鹿として、僕は斬り捨てますね。

クソガキは、社会的経験が少なくて、恥ずかしい存在だということを知らしめる必要があるんです。

時として、殴らなければならないことだってあるんです。

時として大人は、そういうつらい感情を捨てて、雄々しく殴らなければならない時があるんです。

誰だって子供の泣く姿は、見たくありません。

それでも、子供のためを思って、子供が恥ずかしいだめな大人にならないように、考えに考えて、殴るんです。

それを、バカ女は、理解できないもんだから、批判したりする。

賢い女性は、それくらいの理由わかっていますよ。

だから、バカ女とくそがきは、斬り捨てているんです。


この世は、社会的役割を果たせるか否かだけが、価値を決めるのです。

だから、社会的役割を果たせないクソガキとバカ女は、価値をもたないのです。


だからこそ、社会的役割を果たせるように、社会的経験を積み、立派な大人になることこそ、求められることなんです。

社会的役割を果たせる人間こそ、価値があるのが、この世界なのです。


もちろん、僕が地獄へ行ったら、バカ司馬を、徹底的に斬り刻み、輪廻転生を許さないけどね!


義経について、想うこと!(ゆるやかなこころを持つこと!)

2010年05月16日 | 日本人の秘密
おはようございます!

というわけで、日頃、「翔ぶが如く」モードになっちゃっているので、

週末くらい、好きなことを書こうかな!ということで、

好きな歴史上の偉人に思いを馳せている、今日この頃なわけですけれども(笑)。


さて、今日は、幕末とも戦国時代とも違う時代、そうですね。義経について、まあ、思っていることなどを

書いてみましょうかね!


ま、緩やかに論考を始めましょう。いつものように、ゆるゆるとね!


というわけで、義経なんですけど、このひとの鍵は、なんなんでしょうかね!


このひとの鍵のひとつは、「親父の敵の平家憎し!」だとは、思うんですが、

なぜ、あれだけ、天才的な手腕を見せられたのでしょう。


これ、奥州藤原氏の庇護を受けたことに理由があると思うんです。


奥州は、馬の産地ですからね。

自然、群れている馬を、見る機会が多くなる。

馬の基本的な性格なんか、わかってくるわけですね。

そして、馬を使った、攻撃方法に、いろいろ考えが生まれる可能性が高い場所なわけです。

義経の攻撃の特徴は、奇に出る、ということでしょう。

相手の裏をかく、相手の考えていなかったことを、して、相手を焦らせ、そこを討つ。

攻撃には、非常に有用な手なんですね。

彼は、子供の頃から、「平家を討つ」夢を見続けたのだ、と思います。

京の鞍馬山にいた頃、彼は、平家の若い公達を見たと思います。

世が世ならば、俺もあのような栄華な暮らしが出来ていたものを・・・と考える義経の胸中。

まあ、

「絶対に父親の敵を討つ!」

と誓ったに違いありません。

だから、彼は、相手に打ち勝つ方法を必死で、子供の頃から、何度も考えたことが、だだわかりになるのです。

そして、鞍馬山を抜け出て、いろいろ苦労しながら、奥州にたどり着くわけですが、その苦労の中に、

いろいろな人間との出会いがあったのだ、と思います。

そんな中に、

「相手に打ち勝つには、奇に出ることだ」

ということを悟らせる、なにかの出会いがあったのだ、と思います。

それに、農民にこきつかわれるような、暮らしもしたようですから、

彼を支えていたのは、

「俺は、源氏の御曹司なのだ!」

というプライドだけ、だったのかもしれません。

随分とひどい暮らし(百姓にこきつかわれるような)をしたようですから、

自然、その心の中のプライドは、強くなっていたでしょう。

だから、奥州に下っても、そのプライドは、崩さなかった。

そこを藤原秀衡が、見抜いたのでしょうね。

だから、彼を奥州の秘蔵っ子として、育てたのでしょう。

まあ、結局、それが仇になってしまうのですが。


義経は、結局、その

「俺は源氏の御曹司だ!」

というプライドと、

「平家は、親父の敵だ」

という思いによって、一瞬の栄達をします。

彼は正規の武士としての教育を受けなかったので、戦については、自由な考えを持つことができたのです。

「奇にでれば、相手はあわてる。そこを討つ」

という考えがあったからこそ、ひよどり越えや、屋島での奇襲戦に打ち勝ち、その勢いに乗り、

壇ノ浦の戦いでの勝利に結びつくわけです。

壇ノ浦の戦いでは、精緻に戦を考え、海流の流れの変わる時間などを土地の古老に聞いたと言われますから、

義経は、戦に対してはかなりの論考者だったことが、伺えます。

「親父の敵」

という想いがめちゃくちゃ、強かったのでしょうね。


しかし、彼は、そのことに熱中するあまり、頼朝や頼朝を祭り上げている関東の武家達の本当の想いというものを、理解していなかった。

彼らは公家の奴隷の位置からの離脱を想い、そして、さらに公家たちから、権力を奪い取る算段まで、していたのです。

京で生まれ、半分貴族的な思想を持っていた、義経は、関東の武家の忸怩たる想いなど、わからなかったのです。

頼朝のように、関東に流され、何十年も暮らした身なら、それもわかるでしょうが、義経は、そういう生活をしたことがない。

だから、そこらへんが、全然わかっていなかったのです。


それが、彼の没落を呼ぶのです。

彼が、送ったつらい生活が、彼の源氏の御曹司というプライドを強め、貴族的意識を強めた。

結局、それが、最後に、彼に死を与える結果となってしまったのです。

自分がつらいときにすがったプライドが、結局、彼を殺してしまったのです。


プライドや想いというのは、一刻、自分を助けることがあります。

しかし、そればかりにかけてしまうと、ひとは、結局、ある一点に落ち込んで行く。

自由なこころで、常に状況を見極めることが、人生には大切なことだ、ということが、これからもわかるんですね。


何かにとらわれてしまわないこと、これが、人生の幸福を、呼ぶということが、わからせてくれる、歴史ということが、

わかりますね。


僕は義経を想うとき、いつもそれを思います。

「僕はそうならない」

そう想いながら、僕は、義経の生涯を想っています。