ほほほー、AT車 goo.gl/CprzRt
— 藤井裕子 (@YukoTrumpeter) 2017年12月26日 - 01:30
こんばんはー!
昨日借りた代車のシフォンくんは、Bluetoothが付いてるんで、普段はできなかった、iPhoneくんに入ってるいろんな音楽をカーステから流すことができます。
ステラくんのカーステは残念ながら、BluetoothはおろかAUXもないので、JBLのBluetooth付きのちっちゃいポータブルスピーカーで聴いているのだー。
で、シフォンくんはカーステでBluetoothが使えるもんだから、iPhoneのApple Musicを聞いたり、録音してた自分の演奏を聴いたり。
で、いつも思うの。
録音してすぐの自分の演奏聴くと、あーもーヤダヤダって思うんだけど、数ヶ月経って聴くと、あらら??思ったよりいいなぁ??みたいな。
そして、何年も前の演奏聴くと、うわぁ、よくこんなに吹いてたなぁ、、、的な。
で、現実問題、昔が良かったってこともあるんだけど、でも聴いた時点であーもー土に埋めたいよ、と思うモノも、忘れた頃に聴くとホホウ、、、と思うところをみると、ずーっとそうなってるのかなーと。
そしてひとつ自分の気持ちで発見できたこと。
自分の現実を受け止めないように、心のどこかを硬く閉ざしてるって気がしてきた。
「あー、ここもっとこーしよー」「あー、ここダメじゃーん」くらいにそのまま受け止められればいいのに、「ウワァ、嫌だ」「きっと嫌われる」みたいに思うから、そこで本気出し切れない。クリエイティブになるより、逃げたくなるんだね。そんな気持ちもヤダしね。
だからブレーキとアクセルを同時に踏むような、無理した感じになってしまう。
傷つかないようにブロックしてることで、さらに必要以上に傷ついちゃう。現実以上の状況を自分で想像して、もっと辛くなる、、、的な。
だから、もはやその頃の感情とか思い出せないくらい、自分が吹いたのか思い出せないくらい前の演奏を聴くと、あらら?!思ったより凄いな、と思うんだな。
それに、生演奏ってその時に放たれてる「空気」とか「オーラ」みたいなのとか、そういうのが相当な影響あると思うわけ。だから「いいなー」って思った演奏でも、録音で聴くとなんだ??ってなるようなことも案外ある。
だから、現実そこそこよく吹いてたとしても、そこで自分を受け入れてないような空気出してたら、それは伝わるよな。
実は人の演奏聴いてて、そう思うことが時々ある。
いいね!と思って聴いてても、終わった時にその本人が「ちぇっ」みたいな空気出してると、あらら??いいと思った私の感覚が間違ってたのかしら?って思っちゃう。
逆に、あらら?大丈夫かな??と思いながら聴いてても、満足気に楽しそうに終わってるのをみると、またしてもあらら?!実はこれで良い感じなのかな?って思ったりして。
それが生ってもんか?!(≧∀≦)
「反省」ってのは、後悔したりダメだったところを確かめたりすることじゃなくて、「受け止める」「受け入れること」みたいに書いてあるのをどっかでみた。
まずは、人がどう思うかより前に、自分の本気を出すこと。ま、その結果嫌われても良いではないか。嫌われるかどうかは、自分の問題ではなく、受け取り側の問題だ、っていう話もどこかで聞いた。自分に置き換えると、そーだな、と思ったりもする。
なので、こうなったら、とにかく自分自身が納得するものに集中。
つい「やり方」で乗り切ろうとしちゃうから、「やりたい音楽」にフォーカス。
そして起こった現実は、他人のフィルターを通してじゃなくて、また自分の中の偏ったフィルターも通すことなく、等身大に客観的に受け止める。
こんな自分はダメだ、こんな自分じゃ嫌われる、こんなはずじゃ、、、みたいな勝手に作った「自分像」に振り回されず、現実と「やりたいこと」にフォーカス!!!
そこかなー。
そんなことに気がついたってわけ。
なので、明日から嫌われることにします。ガハハ。
明日は午後からだなー、なんて思ってたら、まさかの9時からレッスンでした。うぉー!
なので、寝ます(≧∀≦)
おやすみなさーい☆
昨日借りた代車のシフォンくんは、Bluetoothが付いてるんで、普段はできなかった、iPhoneくんに入ってるいろんな音楽をカーステから流すことができます。
ステラくんのカーステは残念ながら、BluetoothはおろかAUXもないので、JBLのBluetooth付きのちっちゃいポータブルスピーカーで聴いているのだー。
で、シフォンくんはカーステでBluetoothが使えるもんだから、iPhoneのApple Musicを聞いたり、録音してた自分の演奏を聴いたり。
で、いつも思うの。
録音してすぐの自分の演奏聴くと、あーもーヤダヤダって思うんだけど、数ヶ月経って聴くと、あらら??思ったよりいいなぁ??みたいな。
そして、何年も前の演奏聴くと、うわぁ、よくこんなに吹いてたなぁ、、、的な。
で、現実問題、昔が良かったってこともあるんだけど、でも聴いた時点であーもー土に埋めたいよ、と思うモノも、忘れた頃に聴くとホホウ、、、と思うところをみると、ずーっとそうなってるのかなーと。
そしてひとつ自分の気持ちで発見できたこと。
自分の現実を受け止めないように、心のどこかを硬く閉ざしてるって気がしてきた。
「あー、ここもっとこーしよー」「あー、ここダメじゃーん」くらいにそのまま受け止められればいいのに、「ウワァ、嫌だ」「きっと嫌われる」みたいに思うから、そこで本気出し切れない。クリエイティブになるより、逃げたくなるんだね。そんな気持ちもヤダしね。
だからブレーキとアクセルを同時に踏むような、無理した感じになってしまう。
傷つかないようにブロックしてることで、さらに必要以上に傷ついちゃう。現実以上の状況を自分で想像して、もっと辛くなる、、、的な。
だから、もはやその頃の感情とか思い出せないくらい、自分が吹いたのか思い出せないくらい前の演奏を聴くと、あらら?!思ったより凄いな、と思うんだな。
それに、生演奏ってその時に放たれてる「空気」とか「オーラ」みたいなのとか、そういうのが相当な影響あると思うわけ。だから「いいなー」って思った演奏でも、録音で聴くとなんだ??ってなるようなことも案外ある。
だから、現実そこそこよく吹いてたとしても、そこで自分を受け入れてないような空気出してたら、それは伝わるよな。
実は人の演奏聴いてて、そう思うことが時々ある。
いいね!と思って聴いてても、終わった時にその本人が「ちぇっ」みたいな空気出してると、あらら??いいと思った私の感覚が間違ってたのかしら?って思っちゃう。
逆に、あらら?大丈夫かな??と思いながら聴いてても、満足気に楽しそうに終わってるのをみると、またしてもあらら?!実はこれで良い感じなのかな?って思ったりして。
それが生ってもんか?!(≧∀≦)
「反省」ってのは、後悔したりダメだったところを確かめたりすることじゃなくて、「受け止める」「受け入れること」みたいに書いてあるのをどっかでみた。
まずは、人がどう思うかより前に、自分の本気を出すこと。ま、その結果嫌われても良いではないか。嫌われるかどうかは、自分の問題ではなく、受け取り側の問題だ、っていう話もどこかで聞いた。自分に置き換えると、そーだな、と思ったりもする。
なので、こうなったら、とにかく自分自身が納得するものに集中。
つい「やり方」で乗り切ろうとしちゃうから、「やりたい音楽」にフォーカス。
そして起こった現実は、他人のフィルターを通してじゃなくて、また自分の中の偏ったフィルターも通すことなく、等身大に客観的に受け止める。
こんな自分はダメだ、こんな自分じゃ嫌われる、こんなはずじゃ、、、みたいな勝手に作った「自分像」に振り回されず、現実と「やりたいこと」にフォーカス!!!
そこかなー。
そんなことに気がついたってわけ。
なので、明日から嫌われることにします。ガハハ。
明日は午後からだなー、なんて思ってたら、まさかの9時からレッスンでした。うぉー!
なので、寝ます(≧∀≦)
おやすみなさーい☆