「そもそもおかしい」5月31日
『組み体操の事故 高さを競うのは危険だ』という見出しの社説が掲載されました。名古屋大大学院准教授の内田良氏が、組み体操の危険性を指摘したことにより、ネット上で議論が盛り上がっていることを受けたものです。
組み体操による事故について、『跳び箱、バスケットボールに次いで3番目に多い』『前年度からの事故増加率はワースト1で、しかも重大事故につながりやすい頭部などを負傷する割合が高い』『高さを競い合う傾向が強まっている』という指摘に対し、『達成感や連帯感、一体感を育むのに役立つ』『けがを恐れていたら何もできない』という反発もあるということですが、大切な視点が抜け落ちています。
私は、教員時代に高学年を担任することが多く、10年以上も組み体操の指導をしてきました。ですから、賛成派反対派双方の言い分について理解できます。ただ、当時から疑問で仕方がないことがありました。それは、組み体操の舞台となる運動会そのものについてです。
運動会は特別活動の中の学校行事に位置づけられています。国語や理科の授業と同じように、学習指導要領に基づく教育活動です。当然のこととして、各学校では、実施計画を作成します。そしてそこには、運動会のねらいとして「日頃の学習成果を生かし~」というような文言が記載されていることが多いのです。
しかし、運動会で行われる競技、玉入れや大玉運び、綱引きや騎馬戦などのどこに日頃の学習の成果が生かされているのか、ということが疑問で仕方なかったのです。そうした競技は日頃の体育の授業ではいっさい行われることはなく、運動会の3週間くらい前になると、練習日程が組まれ、突然練習が始まるのです。そして、運動会が終われば、授業で取り組まれることはなくなるのです。組み体操も同じです。
私は20代前半の頃、運動会について話し合う職員会議で、「ねらいと実態が合致していない。日頃の成果というのであれば、徒競走以外には高跳びや幅跳び、跳び箱や平均台、あるいはバスケットボールやサッカーなどの大会にすべきではないか」と発言し、先輩方から苦笑で無視された経験があります。それ以来、そうした発言は控えてきたのですが、基本的には今でも疑問は解消されていません。
負傷事故1位の跳び箱も、2位のバスケットボールも、学習指導要領に基づいて行われる授業の内容であり、学校や教委の判断で止めることは難しいでしょう。必修化に伴って事故が懸念される柔道や死亡事故が多い水泳などの同じです。しかし、組み体操は、運動会という行事のためだけにその時期だけ臨時に行われ、学習指導要領にも位置づけられていないものなのです。
地域の住民や保護者に見せるために、普段に学習とは関係のないことを行うというのはどうなのでしょう。音楽会での演奏や合唱は日頃の学習の延長上にあります。展覧会も特別時間割など作られず通常通りの授業の中で作られた作品が展示されます。運動会、その中でも、組み体操などの競技だけが特別なのです。そんな組み体操を見せることが、地域住民や保護者の学校理解を深めるとも思えません。
慣習と惰性だけで続けるのは間違っています。そんな視点からも組み体操を論じてほしいものです。