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中間試験を目指させる

2015-09-16 21:45:35 | 日記
学習指導というものは、
子どもの生きる意欲とか、
生活のしかたに
とても関係があります。
通信簿がいいと
子どもも親も
元気がでます。
逆に
通信簿が下がったりすると
しょぼんとなり
では今度はがんばるぞと
前向きにとれる子もいますが、
自信を失うこともあります。
私はそういうことがわかっているので、
とにかく通信簿を良くしてあげようと、
中学生なら中間試験が近づくと
徹底的に
試験範囲の学習をさせて
頑張らせます。
子どもも
この時期
頑張る気持になっているので、
勉強させやすいのも
事実です。

多くの人イエスを信じる

2015-09-16 15:34:18 | 日記
(参考 新約聖書略解 日本基督教団出版局)
・過越の祭りの際には、全世界のユダヤ人がエルサレムに集まり、都は人で埋められた。イエスはエルサレム滞在中、数多くの「しるし」を行われた。《イエスの名を信ずる》はイエスが神の子であることを信ずる、の意。「名」はある人の本質、人格そのものをさす。
・しかし奇跡によって引きおこされた信仰は、その初歩である。それが真の信仰となるためには、イエスによる、神との生きた霊の交わりが必要である。それがないと、彼らは動揺し、イエスから離れ、イエスを裏切るかもしれない。そこで、イエスは彼らを信任されなかった。イエスは自分で人間の心を知り抜いており、人間が自分の利益のゆえに、いっさいを顧みない性質の者であることを認めておられたので、その変わりやすい性質についての証言を必要とされなかった。イエスは誰に対しても警戒の手をゆるめなかった。

(参考 新約聖書 1954年改訳 日本聖書協会)
<ヨハネによる福音書第二章
2・23―25 多くの人イエスを信じる
23.過越の祭の間、イエスがエルサレムに滞在しておられたとき、多くの人々は、その行われたしるしを見て、イエスの名を信じた。
24.しかしイエス自身は、彼らに自分をお任せにならなかった。それは、すべての人を知っておられ、
25.また人についてあかしする者を、必要とされなかったからである。それは、ご自身の心の中にあることを知っておられたからである。