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「ヨハネの黙示録」を学ぶ・・・(ヨハネに対する命令と人の子の幻)

2015-09-11 22:10:58 | 日記
(参考 増訂新版 新約聖書略解 日本基督教団出版局)
・ヨハネは神の言の伝道のためにパトモス島に来たのでなく、その伝道活動のためにこの島へ流されたと解すべきである。
・《御霊に感じた》は神の黙示を与えられた、ということ。
・ラッパのような大きな声は神の顕現に伴う前ぶれの音
・13はメシアとしてのイエス、神的存在としてのイエスと解すべきである。
・キリストは天国のかぎを持っておられるが、死をも支配する力をもっておられるのである。
・《奥義》というのは、内的霊的意義

(参考 新約聖書 1954年改訳 日本聖書協会)
「ヨハネの黙示録」第一章9~20(ヨハネに対する命令と人の子の幻)
9.あなたがたの兄弟であり、共にイエスの苦難と御国と忍耐とにあずかっている、わたしヨハネは、神の言とイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた。
10.ところが、わたしは、主の日に御霊に感じた。そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。
11.その声はこう言った、「あなたが見ていることを書きものにして、それをエペソ、スミルナ、ぺルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒア、ラオデキアにある七つの教会に送りなさい」。
12.そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。
13.それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。
14.そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。
15.その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。
16.その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。
17.わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った。「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、
18.また、生きている者である。私は死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉
とのかぎを持っている。
19.そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ころうとすることを、書きとめなさい。
20、あなたがわたしの右手に見た七つの星と七つの燭台との奥義はこうである。すなわち、七つの星は七つの教会の御使であり、七つの燭台は七つの教会である。



「ヨハネの黙示録」を学ぶ・・・【祝祷】

2015-09-11 17:32:42 | 日記
(参考 増訂新版 新約聖書略解 日本基督教団出版局)
・アジアというのはアジア大陸のことではなく、小アジアのことである。
・七つの教会というのは、キリスト教会全体をさしている。
・神は〈今いまし、昔いまし、やがてきたるべきかた〉と言われている。
・〈その御座の前にある七つの霊〉は聖霊をさす。
・4節5節は神の名による祝祷である。
・ヨハネの黙示録においてはキリストを刺したのは全人類を代表する悪人であるとし、彼らはその罪のゆえに嘆くというのである。
・「わたしはアルパであり、オメガである」とは、全知、全能、遍在のこと。ギリシャ語のアルファベットの最初と最後の文字。

(参考 新約聖書 1954年改訳 日本聖書協会)
「ヨハネの黙示録」第一章4~8(祝祷)
4.ヨハネからアジアにある七つの教会へ。今いまし、昔いまし、やがてきたるべきかたから、また、その御座の前にある七つの霊から、
5.また、忠実な証人、死人の中から最初に生れた者、地上の諸王の支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。わたしたちを愛し、その血によってわたしたちを罪から解放し、
6.わたしたちを、その父なる神のために、御国の民とし、祭司として下さったかたに、世々限りなく栄光と権力とがあるように。アァメン。
7.見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。しかり、アァメン。
8.今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、「わたしはアルパであり、オメガである」。


イエスとヨハネの弟子たち

2015-09-11 16:36:19 | 日記
(参考 新約聖書略解 日本基督教団出版局)
・イエスは、以前ヨハネの弟子であった。
・イエスの問いは、彼らの求道心を見破ってなされたもの。
・《わかる》は、イエスが神の子であることを知る、の意。
・ユダヤの一日は午後6時に始まり、翌日の午後6時で終わる。
・「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」は喜びのあまり発せられた歓声である。

(参考 新約聖書 1954年改訳 日本聖書協会)
<ヨハネによる福音書第一章35~51(イエス弟子たちに自らを現わす>
1・35―42 イエスとヨハネの弟子たち
35.その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、
36.イエスが歩いておられるのに目をとめて言った。「見よ、神の子羊」。
37.そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った。
38.イエスはふり向き、彼らがついてくるのを見て言われた、「何か願いがあるのか」。彼らは言った、「ラビ(訳して言えば、先生)どこにおとまりなのですか」。
39.イエスは彼らに言われた、「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」。そこで彼らはついて行って、イエスの泊まっておられる所を見た。そして、その日はイエスのところに泊まった。時は午後4時ごろであった。
40.ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。
41.彼はまず自分の兄弟シモンに出会って言った。「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」。
42.そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼に目をとめて言われた、「あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする」。