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「キリスト吾に流れ入る」という神想観をやった

2017-05-31 13:57:37 | 日記
ストレートに
「キリスト吾に流れ入る」という神想観をやった。
実相世界は真理世界であって、
神の知恵・愛・生命・供給・喜び・調和の
六つの御徳の充満する世界であるのだが、
キリスト教では、
神の言葉満つる世界、ロゴスと
ヨハネ伝は説く。
そのロゴスとは
その肉化がイエス・キリストなのであるから、
「キリスト吾に流れ入る」というのは、
神の言が充満するロゴスを吸い込むことであって、
これは正しいやり方である。
勿論、
仏教に親しんでいる人は
正しい解釈で仏教的な実相を観る方法を
神のアイデアをキャッチして
着想してもよいのである(既にあるにしても)。
私はイエス・キリストが
実相真理の肉化として
現象界に降誕したと信じているから
(雅春先生も釈迦も同じだ)、
このやり方が
身に馴染みやすい。
勿論、谷口雅春先生の方法をそのままやったって、
それもよいのだ。
久遠いのちの流れの中にあるものは
どれも正しく、
そのようなとらえ方を
人類光明化に進む人たちは
するべきである。

「キリスト吾に流れ入る」という神想観をやった

2017-05-31 13:57:37 | 日記
ストレートに
「キリスト吾に流れ入る」という神想観をやった。
実相世界は真理世界であって、
神の知恵・愛・生命・供給・喜び・調和の
六つの御徳の充満する世界であるのだが、
キリスト教では、
神の言葉満つる世界、ロゴスと
ヨハネ伝は説く。
そのロゴスとは
その肉化がイエス・キリストなのであるから、
「キリスト吾に流れ入る」というのは、
神の言が充満するロゴスを吸い込むことであって、
これは正しいやり方である。
勿論、
仏教に親しんでいる人は
正しい解釈で仏教的な実相を観る方法を
神のアイデアをキャッチして
着想してもよいのである(既にあるにしても)。
私はイエス・キリストが
実相真理の肉化として
現象界に降誕したと信じているから
(雅春先生も釈迦も同じだ)、
このやり方が
身に馴染みやすい。
勿論、谷口雅春先生の方法をそのままやったって、
それもよいのだ。
久遠いのちの流れの中にあるものは
どれも正しく、
そのようなとらえ方を
人類光明化に進む人たちは
するべきである。

使徒たちの取り扱いに窮する当局(その1)

2017-05-31 12:20:34 | 日記
<使徒行伝第5章>
(5・17~32)使徒たちの取り扱いに窮する当局
(17)そこで、大祭司とその仲間の者、すなわち、サドカイ派の人たちが、みな嫉妬の念に満たされて立ちあがり、
(18)使徒たちに手をかけて捕え、公共の留置場に入れた。
(19)ところが夜、主の使が獄の戸を開き、彼らを連れ出して言った、
(20)「さあ行きなさい。そして、宮の庭に立ち、この命の言葉を漏れなく、人々に語りなさい」。
(21)彼らはこれを聞き、夜明けごろ宮にはいって教えはじめた。

使徒たちによる病人のいやし

2017-05-30 10:29:59 | 日記
<使徒行伝第5章>
教会の生活(5・12-16)使徒たちによる病人のいやし
(12)そのころ、多くのしるしと奇跡とが、次々に使徒たちの手により人々の中で行われた。そして、一同は心を一つにして、ソロモンの廊に集まっていた。
(13)ほかの者たちは、だれひとり、その交わりに入ろうとはしなかったが、民衆は彼らを尊敬していた。
(14)しかし、主を信じて仲間に加わる者が、男女とも、ますます多くなってきた。
(15)ついには、病人を大通りに運び出し、寝台や寝床の上に置いて、ペテロが通るとき、彼の影なりと、そのうちのだれかにかかるようにしたほどであった。
(16)またエルサレム附近の町々からも、大ぜいの人が、病人や汚れた霊に苦しめられている人たちを連れてきて、集まってきたが、その全部の者が、ひとり残らずいいやされた。

「神の生かす力」をロゴスと思って吸い込む

2017-05-29 19:36:41 | 日記
基本的神想観において
「神の無限の生かす力自分のうちに流れ入る流れ入る」と念じながら
鼻から息を吸い込むのだが、
「神の無限に生かす力」というのは
「神の無限の知恵・愛・生命・供給・喜び・調和」であることは、
この観法をやっている人には
周知のことである。
私は今日神様から啓示を受けて
息を吸い込む際、
「神の無限に生かす力」を
神の言(ロゴス)だと思いつつ、
念ずる言葉は変えないまでも
鼻から息を吸うということを始めた。
このようなちょっとした変え方は
やる人個人によって
多少変えるというか、自分に合ったものに
しても良いのである。
「実相」とは「神の言」でもある訳だし、
要は実相と現象の自分とが一体化することが目的で
神想観をやるのであるから、
私はしばらくこのやり方でやっていこう。