創価学会・公明党をブッた斬る 藤原弘達
--いま、なぜこの悪質な組織の欺瞞性を問題にするか--
…S60/10=1985年…〈日新報道〉 ¥1,000
------(P.195)---(以下、本文)-------
◆ 功徳で釣って選挙にコキ使う
選挙になると、学会員は猛烈にハッバをかけられて動く。どんなふうにハッパバをかけられるのか、学会員は、ひたすら、選挙は信心であると教え込まれ、洗脳される。
一、選挙で戦うと功徳がある。
一、選挙で一票取ることは一人折伏したと同じである。
一、選挙のための題目闘争。
一、選挙に戦って宿命転換。
一、選挙は法戦。
一、信心をしていない者でも、公明党に投票すれば功徳がある。
一、学会員が死んだら「一票減った、あのひとは福運がない、せめて投票して死んだら成仏出来るのに」
というのが、学会員を選挙運動に駆りたてる信心なのだそうだ。選挙で戦うと功徳があるなど、いかにも「利・善・美」の御利益第一主義・創価学会流である。一票取ることは一人折伏したのと同じだと、あの折伏大行進を選挙運動に置きかえる。票集めを怠けるのは、折伏を怠けることなのである。選挙を戦って宿命の転換をというが、こんな呪術的文句で選挙運動に駆りたてようとするのだから、バカバカしさを通り越して、まことに、そら恐しい。
そして最後に、他人の不幸、死すらも「福運がない、投票して死んだら成仏出来るのに」とまで考えさせようとする。人間尊重をキャッチフレーズにする創価学会・公明党にして、人間の死をこれほど軽々しく扱うのだ。なにが人間尊重だ、と、あさましさを見せつけられる思いである。
功徳があると釣って、選挙は票集めの一点に絞り、公明党の主義主張、政策などは全くの論外という始末だ。これでは、キンの延べ棒は渡さずに紙切れ一枚でカネをかき集めた豊田商事の詐欺商法と変わりがないではないか。公明党議員が、豊田商事の悪徳商法を追及するとイキまくが、目クソ鼻クソを笑うの類いである。
さて、毎度のことながら、選挙ともなれば、学会・公明党対共産党の争いは白熱してくる。
そのあげく、いずれの選挙においても、それはドロ仕合的様相にまで至るのである。まずは野次の応酬から始まるのが常だが、選挙戦終盤に近づくにつれ、常軌を逸してくる。
創価学会では選挙となると、全国各地で選挙対策の政治座談会を開く。政治座談会とはいっても、要はハッパをかける会である。いみじくも、大B出陣式と称している。大Bとは、大ブロックの略だ。末端組織のブロックが幾つか集まって、大ブロックである。通常、大ブロックの世帯数は約五、六十世帯という。全国数万か所で、大B出陣式が開かれるのである。次にあげるのは、五十四年総選挙の際、ある地区で、大B長(ブロック長)以上に配られた文書である。出陣式のモデルだ。
(司会)男・大B長
〔式次第〕
一、勤行
一、活動体験2~3本
一、今後の支援活動について 壮年部大B長
一、決意発表 10人位
一、テープ再聴 竹入--伏木和雄
一、幹部指導選挙担当幹部
〔内容〕
○ 「活動体験」は、外 (注=外部票・F票、外米などといったことがある)づくり、交流に頑張っている人
○ 「今後の支援活動について」
① はがきを使つて強力なFづくりの推進
② 22~24日の一区重点区(緑、港北、神奈川)への交流(一人一人に確認)
③ 他党の支持者を切り崩す
④ 今後の日程
○ 「決意発表」は、できるだけ多くの人が発言し、会場のムードを盛りあげる(以下略)
五十四年といえば、もちろん、学会・公明党の政教分離宣言後である。公明党にとり、支持母体としては、まことに頼もしいばかりの創価学会である。選挙は功徳だ! で決起する信者たちなのである。
六十年七月の東京都議選を控え、事前の選挙戦たけなわだったが、創価学会都内ブロック長以上を集めた「六月度幹部会」では、都議選に臨む心構えを副会長が説くなど、懸命であった。「聖教新聞」は都議選立侯補者 三十人を紙面で紹介、公明党幹部らの街頭演説の模様を報道する。連日、選挙一色である。告示前に既にこうである。「聖教新聞」と「赤旗」は、申し合わせたかの如く、告示前から異常なフィーバーぶりだ。「赤旗」は日本共産党中央機関紙だが、「聖教新聞」は創価学会機関紙なのである。池田大作は政教分離後、選挙活動はあくまで公明党の組織の仕事、創価学会は支持団体として……といっているが、異体同心とまでいう。
公明党を創価学会の「別働隊」とみるホンネは、全く変わっていない。だからこそ、「創価学会」が一大選挙キャンぺーンを張るのである。
ただし、公明党の組織の中で党員がやる選挙運動と、創価学会会員の公明党応援活動が同質のものであってはなるまい。学会個人が動くのであればいざ知らず、相変わらず組織的動員をかけているとなると、世の中を見くびりすぎだ、といわざるを得ない。
選挙運動は功徳があるといって学会員のシリを叩く時、学会は公明党の集票マシーンになる。誰のためでもない、公明党という、もう一つの創価学会の票集めだ。「池田先生に喜んでいただくため」に選挙の勝利を目指すのである。
これが、今日、「分離」を誓いながら全くこれと逆のことをやってのける、政教一体路線の横断面である。
---------(199P)-------つづく--
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