(政教一体)公明党・創価学会 政権参加を問う しんぶん赤旗・特別取材班
新日本出版社 800- 2000/3
-------(P67)--以下、本文--
理想は「自公」
◆田中角栄、池田大作両氏の奇妙な一致
田中元首相が、創価学会,公明党について、思わず語つた本音--。
口ツキード事件の一審有罪判決〔一九八三年)を受けながら百二十人もの軍団を抱え、なおも“闍将軍”などして君臨していた八四年九月十日午後、神奈川・箱根町で九年ぶりに開かれた田中派議員研修会。一時間半にわたる熱弁のなかで、元首相はこうまくしたてたものです
◆“お前たちは自民の一派だ”
「(公明党を)ワシはそう嫌いじやない。なぜかというと、間違っても共産主義者や社会主義者じやないからだッ。これ、宗教政党だもの。これは日蓮さんの一派だ。日蓮宗なんか、だいたい全部、自民党を推してくれてるでしよ。……創価学会にお世話になつてないだけだ。そうでしよ。しかし、創価学会だってね、公明党の候補者を出してないところは、ちゃ~んとやってくれてる所があるんですよ」「だから公明党の諸君にねえ、『お前たちは自民党の一派なんだよ』というと、怒るねぇ(笑い)。そんなに怒るな」
顔を赤らめ、つばを飛ばしながら、自・創選挙協力にまで言及、得意満面の姿が目に浮かぶようです。さらに--。
「公明党は最終的にどうなるか。......ワシはこういうことをいったことがあるんだ。『おぃッ、これで憲法改正論が出たらどうするかい』。もちろん社共は反対だろう。……さあ、公明党はどっちいくかだ。……そのときに彼らが自民党と行動をともにするか、共産党を含む社会主義政党とともにするか。これが日本民族の岐路だ。どうだ諸君。私は、公明党が自民党と一緒になるものだという確信を持つものである。......これは命がけの発言だ」
反共主義の共通の土壤に育つ特異な宗教政党を、憲法「改正」などの「日本の岐路」の際にとり込み、最大限に活用する--もはや多くを説明する必要もありません。
一方の創価学会、公明党はどうか--。
手元に、「池田大作・懇談概要」と題したワープロ打ちの七ページにおよぶ文書があります。国会でもその一部が議論され、週刊誌も取り上げたこの文書、日付が「H6・9・14」とあり、細川、羽田政権が崩壊し、九四年に「自社さ」の村山富市内閣が誕生してから約三力月後のこととみられます。場所は「於、信濃町の中華料理屋」と書かれており、
創価学会幹部御用達の「はくぶん」か--。
文書は次いで「〔出席者〕学会側:池田名誉会長、秋谷会長、野崎、西口……」と七人の名が記され、「我が方:新聞・通信・NHKの9社」とあります。
どうやら、池田氏とのオフレコの懇談内容を、報道側の出席者が終了直後に書き留めた備忘録--取材メモであるとみて間違いなさそうです。
◆「社共なんかとやれるか」
本文は「Q&A」の問答形式になっていますが、その内容の一部--。
「Q:小沢という人物をどう思いますか」
「A:彼は少し性急だね。ものごとには待つべき時もあるのに、それを急いでしまうというのは、功を焦るからだろう。性格だろうね」
問題は、次のくだり。
「Q:自民党の候補を応援することもあるんですか」
「A:そうです。もともと、私の理想は『自公』なんです。国民はやはり自民党だと安心する。保守中道なんてスタンスはポーズで、やはり本質は保守なんですよ。社会党や共産党なんかと一緒にやれると思いますか。今なら自民、新生、公明というのが私にとってベストなんです。だから、その状況になれば自民党でも推しますよ。何の抵抗もない」
「理想」は「自公」であり「その状況」になれば自民党と組む、共産党などと組む気はさらさらない--これが池田氏の本音だったのです。それはまた、なんと田中元首相の話と共通することか。
長い記録の残りの部分は、後に譲ることにします。この文書の内容の一部を報じた週刊誌記事について、創価学会の西口浩広報室長は、テレビ番組(「朝まで生テレビ」)で、「わたしも懇談会に出ていた」「自公がいいなどという話は一切ない」と全面否定。「記事については抗議した」と色をなして反論しました。ところが--。
九六年に出版された本のなかで、西口氏は同じ問題について次のようにのべています。
「オフレコということは、(発言の)存在そのものを否定しているわけで、内容については、そうでなかったとは言えない」(『創価学会解剖』アエラ編集部刊)。
懇談の際、報道側参加者は「テープレコーダーはもとより、メモもとらせないよう上着まで脱がされた」といいます。しかし創価学会側は、「現代の御本仏」たる池田氏の発言を一言もらさず記録・保存するのが慣例。創価学会がこれ以上、否定を続けるなら、保存している記録を、国民の前に公開してはいかがでしようか。
◆いまの連立は「架空の多数」
自自公連立政権は、船出して一力月もたたないのに、早くも大揺れです(九九年十一月二日現在)。連立の「立役者」野中氏の官房長官退任にまつわる小溯派内のきしみ。「人柄の小渕」が組閣をめぐってひき起こした加藤派との深刻な確執。さらには“目玉”のはずの防衛政務次官の暴言と引責辞任....。これらはすべて、強引な自自公連立に起因する揺らぎです。
自自公は、たしかに衆院定数五百のうち、三百五十七議席と実に七一・四%、参院も二百五十二のうち百四十一議席と五五・九%を占める巨大連立。けれども、単純にみて衆院与党のうち五十二 (公明・改革)プラス三十九(自由)の九十一議席は、「反自民」を掲げた新進党(その後解党)で得た議席です。同じく参院も二十四(公)プラス十二 (自由)の三十六議席は「反自民」で得た議席なのです。
連立はいわば、主権者たる国民の意思をゆがめた「架空の多数」に過ぎません。
一刻も早い解散・総選挙で、主権者の真の審判を--これが国民の声です。
---------(71P)-------つづく--
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