--いま、なぜこの悪質な組織の欺瞞性を問題にするか--
・もし(将来)自由民主党が過半数の議席を失なうというようなことになった場合…(池田創価公明と)自民党とで連立政権を組み、…自民党の右翼ファッシズム的要素と、公明党の宗教的ファナティックな要素の間に奇妙な癒着関係ができ、保守独裁体制となるだろう!(創価学会を斬る・藤原弘達の警告・昭和44年)
・(平成10年から)小渕・小泉・阿倍らは池田に土下座し、自民党支持を依頼した!
・かくて今日までの20余年、アクセルとブレーキ同時の政教一体(国・地方共)自公連立政権となり、自民は勿論、(宗教テロ恐れる)野党・有識者・マスコミなど各界の沈黙が続く!
・宗教政党が、個人・家庭・社会・国の“絶対悪”であることは、古今東西の歴史である!
創価学会に未来はあるか! /昭和54年(=1979年)・日新報道出版部 共著・内藤国夫
--「興」から「亡」へ動き出した巨大集団の実相--(目次は第2回に掲載)
---------(以下、本文)-------84
Ⅶ 学会は十年前と本質的に全然変わってない
◆ 学会批判のキッカケとボクの立場
内藤 藤原さんの創価学会批判のキッカケは、どんなものですか。
藤原 ぼくの場合は政治学者の立場から、昭和二十八年頃から一応注目はしていたんだが、たしか昭和三十二年か三年頃だったか、雑誌に創価学会のルポを、三回ぐらい書いたところ、これがものすごい反撃、中傷の嵐でね。そうすると性来のへソ曲りの虫が頭をもたげてくる。ヨシッ! それならコッちも徹底的に暴いてやろうじやないかと。もっとも最初の時の冒頭にも「たしかにファッシズムの危険性があるとぼくは考えている」といった書き方をしたので、やはりアチラはカチンときたのかも知れない。
内藤 ぼくの塲合は、昭和三十九年、東京オリンピックの前後ですが、東京都庁取材を担当していて、創価学会・公明党と関わりあったんですが、都議会なんかで公明党がそれは派手に活躍していた。ところがどうもその動きがオカシイ、言ってることと、やってることの間に、非常に大きな距りがある。ぼくも何年か新聞記者生活をやってますから、必ずしも言行一致でなければならない、といった書生論を振り回すつもりはないんですけど、それにしても、こんなにも言うこと自体がクルクル変わる、朝令暮改の見本のようなものはおかしいと疑問を持ちました。
当時の都議会は、現在の国会を先取りするかたちで、すでに自民党が過半数を割り、与野党がかなり伯仲していましたから、当然公明党がキャスティング・ボートを握っている。まあ公明党としてはすべてが思いのままになる状況で、ウレシクって仕方なかったんだろうとは思うのですが、それにしても子供がオモチャをもらったのとは話が違う。
日本の首都であり、全国的に影響力のある東京都議会ですからね。それで、まったく信用のおけない団体だなァ、その実態をもっと国民に知らせる必要がある、と思ったのがキッカケなんです。
藤原 ぼくは創価学会について書いたとは言っても、はじめは何も創価学会ばかり書いたわけじゃあない。その頃は、まだそんなに大きな力も持ってなかったし、やってることも今に比べれぱ可愛気があったからね。天理教も立正佼成会も、教団も、いろいろと書いたんだ。こっちは軽いルポのつもりなんだ、ウラミツラミがあってやってるのとは違う。
ところが創価学会だけは、まるで気が狂ったみたいに反撃してくる。コッちの方がオヤオヤと驚いたくらいだ。
内藤 ほかの宗教団体は、そんなにうるさくいってこないでしょ、それが従来までのぼくたちが持っている宗教団体のイメージでしたからね。ところが創価学会だけは、まるで異質なんですよ。こまかいことでも、批判めいたものを書くと、うるさく反発、介入してくる。
藤原 こんな市民的常識を平然と無視する宗教団体があるものか、とやはり腹が立った。だけどこちらも一応冷静に「事実がまちがっていれば、いつでも訂正する。しかし、評価というものは憲法上も明記されている表現の自由だから、私の世界観や思想から見て、私がこう思うと書いたのであって、訂正する必要はない。あなたたちが、それを堂々と批判されるのはご自由だが、集団で押しかけるとはなんという市民的モラルに反することか。反省を望む」と書いたんだが、それでも少しもやめない。それから『文芸春秋』で、宮城音弥、林健太郎、それに故平林たい子の四人で学会に関する座談会をやったこともある。
内藤 当時から現在まで、藤原さんの変わらぬ個性というか特徴として、“悪口雑言”がある。相手をズバズバッと遠慮なしに斬ってしまう。普通はあきらめてしまうんだけどね......。
藤原 それが失くなったら藤原弘達という虎が猫になってしまうよ(笑い)。それで、その座談会で「宗教はマルクスのいうようにすベてアヘンのようなインチキ性がある。そのインチキの中で非常に合理的なやり方をやっているのが創価学会だ。だからインチキ合理主義だ」と言ったところが、今度はダンボール箱に三杯以上も抗議文が来た。
内藤 やや一般論的になりますが、例えば自民党や社会党はもとより、共産党、立正佼成会、天理教といった他の団体や組織、宗教団体では、とても想像がつかないような思い上がった行為を、創価学会・公明党の場合はやっていた。
そうした思い上がりというか、自分達をタブーにしよう、アンタッチャブルな存在にしょうとする行為を、どうしてマスコミが許したのか、といった問題が一方にあるわけだけど、ぼくの場合、あえて創価学会・公明党のために弁じれば、『公明党の素顔』を出したときたしかに言論妨害は盛んに行なわれたが、身体的な恐怖感というほどのことはなかった。
藤原 ぼくが『創価学会を斬る』を出したときはものすごかったよ。殺すぞ、という脅迫電話は来たし、火薬をぶちこむ、家を焼くといったものまでもあった。息子なんか小学校まで送り迎えしなきや安全に責任が持てない、なんて警察に言われたくらいだから。
内藤 藤原さんは、創価学会は悪である、“くたばれ”、“斬る”という態度、アプローチに徹しておられたけど、ぼくは、新聞記者という職業上の制約がありましたし、創価学会のためにもなることを願って問題提起してるんだ、という態度でアプローチした。その違いかな。
藤原 ぼくだって、いろんなところで「創価学会は戦後民主化に役立っている」と功罪の功もちゃんと認めて書いてるんだ。社会の底辺、草の根から出て来て、多少の行き過ぎはあったにしても、せいぜい地方政治をよくするていどだ。職能団体としての宗教団体を背景にする政治的限界は参議院までだ、と書いたわけだ。ぼくがインタビューした時に、北条浩も「衆議院進出なんてことは絶対にしません」と言ってたんだ。
ところがその舌も乾かないうちに衆議院に出るべく政党を構成したからぼくは怒ったね。こんなことを平気でウソいうような団休は、とても信用できない! と。
----------(つづく)---------88