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多妻婚について  

2013-05-09 09:14:12 | 教会の歴史 

たまWEB、シリーズ的に、少々、書けるかなぁって思っちゃってるのは・・・・多妻婚についてですね、おそらくは、日本語圏で新情報みたいなのが、そのへんを・・・・

おおざっぱであれですが、例えば、知恵の言葉の背景に、当時、米国内で、禁酒運動があったと、それから、共同制度では、背景としては、管長会が初めて構成されてですね、二人の副管長、シドニー・リグドン( 1793 -1876 教会員1830 第2副1832 第1副1833)とジェシー・ガウス(1785-約1836 教会員1831 第1副1832)は、教会に改宗する前に、他宗派の教会で、共有財産制の経験者だったということなんですよねぇぇ・・・・

     ”知恵の言葉”  禁酒運動
     http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E2%80%9D%E7%9F%A5%E6%81%B5%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E2%80%9D%E3%80%80%E3%80%80%E7%A6%81%E9%85%92%E9%81%8B%E5%8B%95&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

     「共同制度の実施にあたっては、ジョセフがシドニー・リグドンの影響を受けていた可能性がある。」
      http://garyo.or.tv/michi/sinjitu/keiji/DC-42.htm
      ”共産主義”というのは、暴力や強制ということで、ちょっと聞こえがあれなんですが、使徒行伝や第4ニファイ書にあるよう、理想的には、財産共有になるんだろうと・・・・
      ”ジョセフ・スミス”  "共同制度"
      http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E2%80%9D%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%82%B9%E2%80%9D++%22%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%88%B6%E5%BA%A6%22&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

じゃぁあ、多妻婚の背景に何かあるの??ということなんですがぁ・・・・
一つには、メイン州ヨーク郡サコ町にコクラン派というのが・・・・ヤコブ(ジェイコブ)・コクラン( 1782-1836)なる説教者は、共有財産の延長・拡張なんでしょうか、妻を多数娶り、支持者たちに妻たちを与えるみたいなのを実践していたと(1820年代以降)。コクランは、風紀を乱すとして刑務所に。30年代半ば、支持者グループは、ニューヨーク州に移り、多数が、教会に改宗、幾人かは指導者に、例えば、ライマン・ワイト、ウォレン・A・カウドリ(1788 –1851 オリヴァの兄)、ウィリアム・マークスが。

宣教する時、普通は、二人一組で伝道活動に従事するわけですが、ブリガムだけは例外として、一人で旅に出、コクラン派がいたところも巡回、後に妻の一人は、コクラン派であったと・・・・

多妻婚が公表されたのは、1850年代。

         http://en.wikipedia.org/wiki/Jesse_Gause
         ジェシー・ガウスなる人物の存在は、1980年代になって判明したと・・・・

         http://search.yahoo.co.jp/search?p=jacob+cochran++mormon&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt


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