裁判が退けられる
東北大震災の直後に、米軍が行った救援活動「トモダチ作戦」で、米軍兵士が被ばくし、それが原因で重い病気を発症したとして、原子炉を作ったGEと東電をアメリカで訴えた裁判の判決が出て、訴えが退けられたというニュースがあった。
私はこのニュースを聞いて、違和感を持った。それは、次のように思ったから。
・「トモダチ作戦」は米国が自らの意思で参加したものなので、それで被ばくして健康被害が発生したのであれば、米軍あるいは米国政府が責任を持つべきでは?
・米軍なら福島の原発から放射能がどのように飛散するか、計算して把握していたのでは? 把握していなかったのなら、「トモダチ作戦」は無謀だった。
・そもそも、「トモダチ作戦」に従事した米軍兵士の被ばく量は健康に害を及ぼす量か?
日本人の書いた記事
上に書いた元米軍兵士の裁判に関して、複数の日本人による記事がインターネットで見られる。ある記事では、アメリカの空母「ロナルド・レーガン」の3月12日の位置と放射線量の測定結果を捜しだしてきて、健康に害を及ぼす被ばく量だと言っている。ただし、この測定値が本当に「ロナルド・レーガン」の値なのか、確証が無い。(後に出て来る米軍の資料の3月12日分には、このデータが無い)
別の記事では数値による検証は全くせずに(出来ないだろうな)、裁判を起こした兵士の発言を元にした記事を書いている。軍務による放射線被ばくで兵士は病気にかかったのに、見捨てられているという同情的な記事になっている。
私が引っかかるのは、これらの記事を書いた人たちが放射線被ばくで病気になった人たちをどうしたいのか、わからないこと。アメリカ政府が放射線被ばくによる米兵の健康被害を隠ぺいしているので、それを明らかにしたい? それとも、日本政府が健康被害を補償すべきと主張しているのか、アメリカ政府に補償させたいのか?
被ばくデータと被ばくに対する米軍の考え方は?
放射能は見えないので、被ばくによる健康被害を立証するには、被ばく量のデータが無いと因果関係を証明できない。元米軍兵士の感情的な話をいくら聞いても何にもならん。アメリカ政府には、米軍や放射能を扱う政府部門に放射能に詳しい人たちが多くいる。そもそも空母「ロナルド・レーガン」は原子力(推進)空母であり、船内に原子炉があるので定期的に放射能の測定をしているし、乗組員の中には放射能の専門家や放射能測定に詳しい人がいるはず。アメリカ政府が隠ぺいしているのなら、どうにもならんけど、先ずはデータを見るべきで、それはどうなっているのかな?
というわけで、アメリカ政府のデータを捜していたら、下記の報告書を見つけた。
①“Radiation Dose Assessment for Fleet-Based Individuals in Operation Tomodachi”
「『トモダチ作戦』における艦隊勤務の兵士のための放射線量アセスメント」
提出元:” Defense Threat Reduction Agency “ 国防脅威削減局(国防総省の一部門)
提出日:2013年9月30日
(このブログをアップロードする直前に、2014年4月30日付の改訂版を見つけたので重要な変更があれば後で書き加えます)
②”Final Report to the Congressional Defense Committees in Response to the Joint Explanatory Statement Accompanying the Department of Defense Appropriations Act, 2014, page 90, “Radiation Exposure””
「議会の国防委員会への最終報告書」
提出元:the Office of the Assistant Secretary of Defense for Health Affairs
(国防総省で健康問題を担当する国防次官補)
提出日:2014年6月
これらの資料は現在もpdfファイルで入手可能です。
①は197ページの大部(半分は付録のデータ集)で、専門用語が沢山出て来るので、全部読むのはしんどい。そこで、全体はパラパラとみて、Summaryを詳しく読む。ここでは、「トモダチ作戦」に参加した全艦船と全航空機と乗組員の被ばく量を、艦船や米軍基地の放射線量の測定結果などから被ばく量を推測している。
②は議会宛の報告書のようで、28ページと短い。(私の入手したのは6月19日付なので、下書きかもしれない) 内容は、①の要約と、空母「ロナルド・レーガン」で米軍が行った被ばくを少なくする対策・処置について。特に後者について、力を入れて書いている。この時期、米国の議会で「ロナルド・レーガン」の被ばく量や乗組員の健康被害について話題になっていたのかもしれない。ただし、結論は①と同じ。
艦船の被ばく状況と結論
この資料を見ると、空母「ロナルド・レーガン」など米軍艦船の一部は日本近海を航行していたので、11日の地震発生の連絡を受けて3月12日には東北沖にいたようです。風の流れなどからシミュレーション(計算)した放射能の「雲」は、原発から太平洋にも流れたので、これらの米軍艦船が被ばくした可能性がある。ただし、これらの艦船が実際に被ばくしたかは測定値を調べる必要がある。
この米軍資料の154ページから158ページにわたって、3月12日の途中から16日までの空母「ロナルド・レーガン」の機械室(艦内)と甲板(艦の外)などの放射線測定データが掲載されている。これを見ると、ほとんどの観測点・観測時間で平常値ですが、13日の午後から夜にかけて上昇しているので、この前後に原発からの放射能「雲」に遭遇したようです。
一方、放射能の「雲」のシミュレーション(計算)では、多量の放射能を含んだ「雲」が福島沖の太平洋に流れたのは15日前後と読めます。しかし、空母「ロナルド・レーガン」の15日前後の測定値はほとんど平常値なので、空母「ロナルド・レーガン」は多量の放射能の「雲」は避けられたようです。
この報告書では、空母「ロナルド・レーガン」以外の全艦船と航空機の被ばく量も検討している。結論は被ばくした放射線量は十分小さく、健康被害は考えられないということ。(報告書には被ばく量が数値で示されている)
それに元米軍兵士の発症率も高くは無い(異常値ではない)と書いている。これでは元米軍兵士の訴えが取り上げられることは無い。といっても、これらの元米軍兵士は軍務とはいえ、東北大震災の救援に参加した人たちなので、それらの人が病気になって苦労しているのには心は痛む。彼らを援助したいのなら、別の方法を考えるべきです。
米軍は被ばくを隠ぺいしたか?
米軍艦船の放射線量のデータはこれしか無さそうなので、この米軍のデータを使わざるを得ない。この米軍のデータを使うと、導き出る結論は同じになる。米軍のデータは正しくない、あるいは隠ぺいしているのでは?と疑っても、覆すに足りるデータが他にあるかどうか?
米軍がデータを隠ぺいしていると疑うなら、艦船で実際に放射能を測定した米軍兵士を捜しだして、「本当はどうだった?」と聞くしかない。あとは、測定ポイントの放射能測定値は低いけど、健康被害を受けた人には特に濃い放射能の「雲」が来た可能性があるかどうか?
ただし、先に揚げた記事を書いた日本人は、前に揚げた米軍の報告書に一言も言及していないので、読んでいないかもしれない。でも、そんなことないよな。仮に米軍の測定値が改ざんされたデータであっても、彼らにこれをひっくり返す能力は無いと思う。
2019.04.03