蒸気鉄道日記

5インチゲージ・ライブスチーム活動の日々を書き連ねます。

ムーミンの引退

2008年12月10日 | Weblog
 「ムーミン」の愛称で親しまれたEF55がいよいよ引退するそうですね。地元の駅の「びゅう」の前に引退セレモニーとしての「ラストラン」興行のパンフレットがぎっしり入っていました。昔のSL時代なら「さよなら運転」というところです。せっかく復活したのに引退とは、何のための復活だったのか…という気にもなります。

 拙著にも記したように、このEF551号機は長い間わが地元にあった中央鉄道学園の建屋内に保管されていました。毎年の学園祭のとき、クモヤ90に牽っ張られて表に展示され自由に見学できました。ただ、今のように開放的な展示とは違い、仮にも国有鉄道の財産ですから管理は厳重でうっかり触ったりしようものなら厳しく叱られました。

 このとき一緒にいたのがC56139号機で、やはり同じように屋外に展示されていました。こちらはSLブーム真っ只中の当時ですからキャブ内の立ち入りも自由で、わたしなど地元の鉄道少年は大喜びで運転席に座って加減弁ハンドルをいじったり、リバーをぐるぐる回したりしたものでした。

 中央学園がなくなったとき、EF55はてっきり廃車になったものとばかり思っていたら堂々の復活運転を行ない、ビックリさせられました。C56も民間の有志の手によって大事に保管されています。
 復活=永遠にという勝手な解釈で、いつでもみられると思っていたのですが、やはり老朽化は避けられなかったのでしょう。何年か前、クラブの旅行で高崎運転所へ見学に行き、間近にみたのが最後となりました。EF5861号機も引退するということですから、旧型電機ファンには寂しいニュースが続きますね。

 芋虫にヒョウタンツギのお面をかぶせたようなEF55は、決してデザイン的には成功したものとは思えませんが、1930年代の流線型ブームの中でそのブームをまとって登場しました。同じように流線型に改装されたC5343号機や生産ラインから流線型で登場したC55の二次型などの蒸機群は戦後早々に改装されて普通型になってしまいましたから、いまや鉄道の世界で当時のブームを後世に伝えるのはこのEF55しかありません。その意味でもどこかで雨ざらしにされるようなことなく第四の人生(?)をつつがなく送らせてやって欲しいと思います。
コメント
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