東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

川北稔,『世界の食文化 17 イギリス』,農文協,2006

2009-02-06 21:53:02 | ブリティッシュ
世界史の最大の(?)謎、イギリスの食事はなぜまずいかという謎に挑む。

しかし、ほんとにイギリスの食事がまずいのか、これはもうわたし自身たしかめようがない。
たくさんの旅行記、滞在記、伝聞でイギリス(ブリテン)の食事がまずいという話はしきりに出るが、一方でイギリスの食文化をもちあげる記事もある。
それに、イギリスだけでなく、ロシアやドイツもまずいという話はよく聞くし、フランスやイタリアだって、ほんとは口に合わなかったり体質に合わない日本人が大勢いるようだ。
タイやベトナムだってちょっとまえまでは、うまいとかまずいという以前にまったく情報がなかったのだ。

ともかくわたし自身行ったことがないし、たとえ行ったとしても短期間の滞在でわざわざマズイものにトライすることはないだろうから、自分で確認するのは不可能だ。
それに本書によれば、1970年代前半から劇的に変化し(転換点は1972、3年)、おいしくなっているし、旧植民地と地中海地域の食文化が根をおろしているという。

ここまで書いてきて、これはあきらかに、イギリス(ブリテン)に対する特殊な関心の持ち方だとわかる。

ほかの国・地域なら、他人様の食事をマズイとか酷いというのは失礼だし、環境により農産物・海産物が乏しい地域はおおいし、社会の下層の食生活が貧しいのは当然のことである。
それなのに、ブリテンだけとくにマズイ、マズイ、といわれるのは、ブリテンに対する日本人の特殊な感情によるものだろう。

本書は、歴史の中で何段階にも生じたブリテンの食生活の劣化を考察し、世界システムの中枢になったブリテン島の住民の食事をとおして、イギリス史に対する誤解を解きほぐす試みでもある。まあ、『路地裏の大英帝国』と『砂糖の世界史』を読んでいれば、ほとんどわかっている内容であって、頭を整理するために読む。

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日本の戦時中の食糧難について、「米がなかったら、パンを食べればいいのでは?」と言った学生がいたそうだ。
マリー・アントワネットみたいな発想の学生だが、著者・川北稔はこの発言に注目する。

>日本人は米さえあれば生きられるように思っていたが、その意識が、外国の食生活の理解にも反映されて、イギリスの食生活を考えるにも、ひたすら小麦のことを考えればいいというような、いささかとんちんかんなやりかたが専門の歴史家のあいだでさえ、とられてきた。じっさいのイギリス人の食生活では、小麦の比重はけっして大きくはない。小麦価格をもって、食費の指標とするようなことは、きわめて乱暴なことなのである。

>砂糖と茶の消費が増加し、ミルクやチーズが減少したことについては、もうひとつ押さえておくべき要因がある。栄養価が低く、多くの批判があったにもかかわらず、なぜこのような変化が起こったのか。
 (中略)
>囲い込みが進行すると、共有地を利用した牛乳の自給は困難になった。そうでなくとも、これらの商品は、供給される季節が限定されていて、変動が激しかった。保存や運搬の技術も未熟であったから、ロンドンのような大都会の住民にとっては、コンスタントにミルクの供給を受けることはきわめて困難になった。つまり、工業化と都市化とは、それ自体が、供給面でも、オートミールやミルク、チーズの消費を困難にしたのである。

ポテト・茶・砂糖については当然ながら記述が多いが、牛乳に関してもくわしい。
新鮮なミルクは下層の都市住民にとって高価な製品であった。離乳後の子供には栄養上、牛乳が必要だという事実を知らない母親が多い(?)、と言われるほど。タンパク質もカルシウムもほとんどない食生活である。
慢性的栄養不足による結核・赤痢も多かったし、クル病、トリ目、乳歯が生えない、という栄養失調による発育不全があった。

極貧層をのぞいて、一応、牛乳が衛生的に供給できるようになるのは、19世紀後半である。

食肉もジェントルマン階級以外に普及したのは、冷凍技術が導入された19世紀後半である。ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチン、アメリカ合衆国からの輸入が可能になって、ブリテン産食肉(アイルランド・スコットランド含む)は六分の一以下になった。

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とまあ、経済的要因は以上のようなことであるが、イギリスの食事のマズサというのは、家族構成・ライフサイクル、それにジェントルマン階級の教育制度もおおきな要因になっている。
親の世代から子へ調理が伝えられない。その労働者階級をサーヴァントにして、中産階級が料理を作らせる。また、少年期・青年期の寄宿舎生活で味覚を破壊される。女性が(妊婦も)タンパク質・ビタミン類が不足し、一家の主人はアルコールに収入をつぎ込む。

1930年代から第二次世界大戦期の食料配給・給食・食堂も強い影響をあたえる。ここで、決定的に、栄養素が足りていれば味はどうでもいい、というイギリスらしさが定着する。

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しかし、読み終わっても、やはり謎は残る。

なぜ海産物の加工は進展しなかったのか?(気候のせい?)

なぜトマトやトウガラシは普及しなかったのか?

醗酵食品が少ない理由は?(アンチョビー・ソースなど例外はあるが)
ザワークラウトやキムチのような保存技術はなかったのか?

どうしてまともなパン製造が普及しなかったのか?(商品化、外食化で進歩してもよいはず。)

臓物料理が民衆に普及してもよさそうなのに、それもなし。上等のクジラ肉料理が生まれる条件はあったはずなのだが。


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