東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

近藤信行 校訂,志賀重昂,『日本風景論』,岩波文庫,1995

2009-11-16 22:08:21 | 名著・話題作 再読
初版 明治27年(1894)。
初出は『亜細亜』明治26年12月、『亜細亜』とは政教社の機関誌『日本人』を誌名変更したもの。

岩波文庫での最初の版は1937年(昭和12年)で、小島烏水の解説・校訂で、第15版(1903年 明治36年)を底本とする。

この岩波文庫の新版は、旧岩波文庫版を底本にして初版・第17版も参照している。旧版の烏水の解説と内村鑑三が『六合雑誌』に発表した書評(1894年12月15日)も収録。

ええと、わたしは実は旧版を見た(読んだとはいえないな)ことがあるのだが、岩波文庫版が1995年に新しくなっていることを知らなかった。

近藤信行氏の解説にあるように、日清戦争の前年に刊行され、日露戦争までの10年間ほどの思潮に莫大な影響を与えた書であるそうだ。
日本の明治期ナショナリズムの最重要文献で、本書を論じたものは多数あるので、そのナショナリズム方面に関してつけくわえることはない。

現代の読者が手にとってみると、まず圧倒されるのが、漢文の引用である。
とても読めません。とほほ。訓み下し文がついているのでなんとか読めるが。

どこがナショナリズムやねん、こんなシナ語ばっかり使って!とツッコミたくなるが、当時の教養ある人士はみんなこの程度のものは読めたのだろう。ただし、ほんとうに一般読書人が読めたとは限らない。というより、ムード的に読んでいたはずである。

それに、和歌・漢詩・俳句などの引用、めまいがする。

つまり、本書は、自然地理学と漢文教養と江戸時代の文学的素養とヨーロッパ的自然観のゴタマゼなのである。ゴタマゼといって悪ければ、アンソロジー、和漢洋折衷とでも言ってよいだろう。

実は、わたしが本書の存在を知ったのは、
三田博雄,『山の思想史』,岩波新書,1973
からである。
『山の思想史』は手元にないし、内容も忘れたが、明治期の登山啓蒙の出発点として、とりあげられていたような気がする。(記憶違いだったらスマン)

登山や自然観察という点で本書を読むと、ヨーロッパ的アルピニズムと歌枕や俳諧紀行文の橋渡しをする内容として読める。
著者・志賀重昇は札幌農学校に学んだ英語の素養のある人物で、ヨーロッパ的自然観をいちはやく紹介したとも言えるが、身体はまだまだ江戸時代のままという状態。後の加藤文太郎や今西錦司とは、ほど遠い感性・肉体であるなあ、と思ってしまう。

岩手大学の米地文夫という方が、ちゃんと分析しているので参考までに。
岩手大学教育学部研究年報第56巻第1号(1996.10)15~34

米地文夫,「志賀重昂『日本風景論』のキマイラ的性格とその景観認識」

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気がついた点をランダムに。

屋久島も白神山地も根釧原野もない!

著者は愛知県岡崎の出身で、札幌農学校に学び、北海道各地を渉猟しているが、寒いと感じなかったのだろうか。吹雪がひどいとか、逆に積雪が素晴らしいという記述がない。絵を見ているような描写ばかりだ。

全体的に禁欲的。温泉につかって温まった後、きゅっと一杯、という感じはない。

何度も繰り返し出てくる〈跌宕(てっとう)〉という見慣れない語。

細事にこだわらぬこと/しまりがなく勝手にふるまうこと
豪放/のびのびと大きいこと

という意味らしいが、英語の sublime の訳語ではないか?
と、思ってウェブを流したら、やっぱり、そう考える人がたくさんいるようだ。
でも、やっぱり訳し間違いではないか?

p36 に

日本に絶特なる禽鳥の多住するはこの所因、ダーウヰン、ウォレースの「島国は生物の新種を多成す」と立説せしもの、日本これを例証して余あり、即ち鵂鶹の一新種の如き日本に絶特なる者あり、……

とあるが、ダーウィンもウォーレスも「島国は生物の新種を多成す」なんて言ってないはずだ。もしそうだったら、日本列島もブリテン島も同じくらい種が豊富だってことになるでしょ。よくある誤解だが、このころすでに広まっていたのか?

ちなみに、鵂鶹(きゅうりゅう、文字化けするかもしれない)というのはミミズクのこと。学名Glaucidium。
それでこのあとに鵂鶹(きゅうりゅう)という語をふくむ栗本匏庵という人の漢詩が紹介されているんだけれど、日本にミミズクの新種が棲息する、という事実とはまったく関係がないんだよね。

新種というのは、この場合、たんにヨーロッパの分類学に知られていなかった、という意味だから。

日本の風景の優位を説く志賀重昂の一見科学的な主張ってのは、フィリピンやインドネシアにもばっちり当てはまる。火山性の島嶼、水蒸気の多い気候というのは、島嶼部東南アジアのほうが顕著なんだよな。

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本書に対する解毒剤、もしくはワクチン。

照葉樹林帯から出発し、多様な生態を実見した著者による、ほんとうに生態的な観点から日本の自然の多様性を論じた、

佐々木高明,『日本文化の基層を探る―ナラ林文化と照葉樹林化』,NHKブックス,1993

ボルネオ島のフィールド・ワークをした研究者が、日本の自然の多様性を論じたもの。これは、実際『日本風景論』を意識しているんじゃないかと思えるような書き方である。

加藤真,『日本の渚 ― 失われゆく海辺の自然』,岩波新書,1999

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なお、
大室幹雄,『志賀重昂『日本風景論』精読』,2003
は未読。というより、この本を読む前に、『日本風景論』を見てみようと思ったわけ。