東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

イスマイル・マラヒミン,『そして戦争は終わった』,その2

2007-11-10 20:00:41 | 20世紀;日本からの人々
これからがほんとうの書評・感想だ。
ハジ・ゼンとその家族は、その名のようにメッカへの巡礼もすませ、上の娘たちは嫁いでシンガポールに住む、というネットワークの中で生きるムラユ(マレー)文化圏の金持ち、ゴム農園経営が戦争のために停滞している富豪の家である。
アニスは、母系社会ミナンカバウに生まれたでかせぎ行商人、故郷のムスメと結婚できず、でかせぎ先のムスメと婚姻をめざす。(ここいらへんが、ミナンカバウの家族を知るのに最適な例かも)
ジャワからきたクリウォンも、ハジ・ゼンのムスメとの婚姻を望む。

こうした、移動・行商・婚姻のネットワークが乱される中でおきた関係が、この小説の中心ドラマだ。
同じように、家族関係や経済関係が乱された日本人やジャワ人のことも(オランダ人のことも)描かれる。
しかし、本筋は、リアウ州・トゥラタック・ブル村に生きる人間の結びつき、家族とのトラブルや男女のドラブルである。
異常な話にみえる、日本内地大阪のできごとや、ジャワ島プルウォクルトやパチタンのできごとは衝撃的である。しかし、この物語の中で重要なのは、やはりこの小さい村の日常の小さいできごとである。

日本人の描き方がおかしい(事実、おかしな描写も多い)、オランダ人の描き方がワンパターン、ジャワ人の描き方がステレオ・タイプ(と、いう批判はなかったのか?)、それはもっともであろうが、この小説は、リアウ州カンパル・カナン川流域の村の生活を描いた物語である。その細部を楽しむのが、まず一番である。

イスマイル・マラヒミン,『そして戦争は終わった』,1991

2007-11-10 17:18:56 | 20世紀;日本からの人々
高殿良博 訳、井村文化事業社。原書1979年、インドネシア語小説。

場所;インドネシア、スマトラ島、リアウ州、トゥラタック・ブル(カンパル・カナン川流域)
時;皇紀2605年8月半ばの月曜から木曜まで
登場人物

木口軍曹
小瀬中尉
宍道少佐
日本兵10名ほど
サティヤ(小瀬中尉の世話をする女、ジャワ島プルウォクルトのムルシ村出身)

ウィンペ(オランダ王国軍軍曹、元ボクサー、ジャカルタで育つ)捕虜
ファン・ロスコット(オランダ王国軍中尉、牧師助手)捕虜
オランダ人捕虜は31人

クリウォン(オランダ人捕虜といっしょのロームシャ、ジャワ島パチタン出身)
ハサン爺さん(15年前から村に住んでる流れ者)
ハジ・ゼン(村一番の金持ち)
ハジ・ドゥラマ(ハジ・ゼンの妻)
レナ(ハジ・ゼンの末娘、19歳未婚)
アニス(ミナンカバウ人の行商人、ブキティンギ出身で村に滞在)
ハジ・ウスマン(ワルンを営む村人、アニスがここに住んでいる)

「森」という名の奥地の村、100人ほどの男女が住むといわれる。

爆撃も戦闘もない静かな村の四日間を描く。近くには、プカンバルからシジュンジュンまでの石炭運搬用鉄道があるが、この村は工事現場から離れ、ロームシャの集団もいないし、日本軍も小隊が駐屯するだけ。

ラマダン月、礼拝や村人の日常生活が描かれる。
一方、村に滞在する日本軍将兵、オランダ人捕虜、ジャワ島から来た者たちの過去が、場面場面で回想の形で語られる。
どうも戦争が終わったらしいという噂が、ミナンカバウ人商人らの間にひろまる。日本が勝ったのか、アメリカが勝ったのか、和平か?これから売れる商品はなんだ?
一方、オランダ人捕虜たちは、「森」と呼ばれる奥地への脱走を計画している。

翻訳されたインドネシア語小説では、すこぶる読みやすい。事件や登場人物の描写も起伏があって簡潔。日常的風景と登場人物の過去がからまって、読ませる一編。

訳者のあとがきもおもしろい。
訳者が軍事専門用語のチェックをお願いした北埜忠一氏からの日本兵の暴力描写にかんする義憤と抗議の手紙も載せられている。

でも、この作品、空想物語ですから……。〈一度行って、村の女と寝たら、戻ってこれない村〉なんてものが出てくる話なんだが。
なお、英訳も出版されており、オランダ人の描き方が一方的だという批判もあるそうだ。ふーむ。

Ismail Marahimin, Dan Perang Pun Usai, 1979
英語版は、
John H. MaGlynn, And the war is over, Luisiana State University Press, 1986. 現在、Grove Press, 2002 で入手可能のようだ。