東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

桜井由躬雄,『緑色の野帖』,めこん,1997

2007-11-17 11:58:49 | 移動するモノ・ヒト・アイディア

それで、この一冊。
必読!最適!おもしろい!
というか、これを読まなかったら、東南アジアの歴史のイメージはつかめなかったでしょうね、わたしは。

全体が二種類に活字で組まれているが、ひとつは東南アジア史の短い概説。もうひとつは著書の旅と研究生活の記録。ぜんぶの章に地図入り、旅の記録は日付入り。

前項『東南アジア世界の形成』でとびだした、「ヌガラ」とか「ムアン」という概念がなぜ必要とされたか、そもそもなぜ東南アジア史を研究するのか、そういった事情が著者自身の経歴として語られる。この類の、悪くいえば自分史みたいなものになってしまう事情を、ちゃんと他人にわかるように書いてくれる歴史研究者はあんまりいないので、とても参考になる。
歴史研究のモーティベーションというか、目的というか、そのへんがわからないと、いくら新概念や新発見を説かれてもわからないのだよ。

さらにわかりやすくて楽しいのは、各章が短い旅行記になっていること。
第13章の終わりを見よ。著者・桜井由躬雄は、王国の呪術者であり長老である人物から、宮廷の賓客として認証され、王国の歴史家になるのだ!その「宮廷」「呪術師」「王国の歴史家」がどんなものかは、各自が本書を読めばわかるが、こんなエピソードがあるからこそ、歴史書の背景がわかる。
あるいは第11章のスマトラ・バルス。「新唐書・室利仏逝伝」「諸蕃志」の記述やトメ・ピレスの情報、マースデン『スマトラ志』の記述、タミル語碑文、などなどの史料に描かれたスマトラ・バルスがどんな世界だったのか、「インド化」とはどういう状況のことだったのか、世界市場向け商品を生む地に暮らすバタックの神話が外の世界とどう関連するか、そういうことがよーくわかる。

先史時代から摩天楼とドイモイの時代まで時空を旅するのであるから、当然、東南アジア全域をカバーするわけではない。
しかし各時代の焦点となるようなトピックと場所を描くことにより、全域・全世界の歴史のイメージが浮かび上がる。フィリピンもビルマもまったく描かれていないが、それは本書のイメージと方法を応用して他の本を読めばわかっているというものだ。
歴史家はむづかしい語句やいいまわしや専門用語を使うことに慣れているから、難解な文章になってしまい、一般読者にちんぷんかんぷんになっていまいがちだが、本書の文章は微妙な問題を扱いながらも読みやすい。ああ、わかりにくい部分があるとすれば地名や生態用語や植物名だろうが、それくらいは自分で調べよう。インターネットも事典も図鑑もあるんだから。

石井米雄・桜井由躬雄,『東南アジア世界の形成』,講談社,1985

2007-11-17 11:56:46 | 多様性 ?
これはとことん専門的な一般大衆のレベルをこえた一冊。
「ヌガラ」「ムアン」「プラ帝国」「制海路政国家」などの新しい概念を提出し、有史以前から19世紀までを描いたもの。

「〈ビジュアル版〉世界の歴史」シリーズの第12巻。つまり写真や図版をたくさん載せた一般読者向けのシリーズの一冊であるのだが、歯ごたえがありすぎ、消化しきれない分量をもりこんでいる。
ページの三分の一が文章で、残りが写真や図なのだが、文章と図がずれていて、説明の補助になっていない。本文にでてこない人物や建造物がいっぱい載っているのだが、それらが本文とどう関連するのかわからない。索引もなし。
なにしろ、文章が250ページほどの三分の一、新書本にして150ページほどの分量で、これだけ広範囲の内容を説くのはむりでしょう。

日本の東南アジア史研究の、当時の最先端を反映したものの、読者を悩ます結果になった一冊。

桃木至朗,「東南アジア史 誤解と正解」,2006

2007-11-17 00:09:53 | 多様性 ?

第4回全国高等学校歴史教育研究会、2006年8月2日、大阪大学での発表。
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/2006/momoki_honbun.pdf
質問への回答、「ではどうしたらよいのか?」
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/2006/momoki_qa.pdf
研究会のサイトの入口は
www.let.osaka-u.ac.jp/toyosi/main/seminar/index.html

あははは、おもしろい。失礼。現場の先生はたいへんでしょう。
高校教科書や大学入試問題の東南アジア史関係のマチガイを分析したもの。
まず、「誤解と正解」のほうだが、これがもう、日中韓の現代外交問題がからんだ論争とは、ぜんぜん別。わたしのブログでも、まちがいは多いだろうが、じぶんのことは棚にあげて笑ってしまう。

1.地理がわかっていない。
入試問題や教科書を書くひとが、山脈や島、河川や都市の位置を知らない。もちろん指摘されればわかるだろうが、のっぺりと赤黄緑青で着色された国別の地図しかあたまにない。だからへんな問題を平気で作る。

2.言語や文字を知らない。
これは、まず現在の国家語になっているベトナム語やタイ語を知らないということ。
それから史料が書かれている漢語やサンスクリット語、パーリ語やアラビア語を知らないこと。読めないのはしょうがないが、文書制作の約束事を知らない。
さらに、一民族一言語、一国家一言語の神話にとりつかれているので、古代の王族や住民を現代の国民のようにとらえていること。

3.宗教を知らない。
これはイスラームの教義がどうの、上座仏教のしくみがどうの、という問題ではない。そうではなく、民衆も王族も外来者も、みーんな信仰にかんしてはちゃらんぽらんで、真剣に信じたり、カノンを守ったりしないということ。この状態が東南アジアはもちろん、他の世界でも常態である。
遅れた国の人は敬虔な信仰心をもっている、という差別のあらわれじゃないか。

以上の基本的な無知の上にのっかっているのが、農業基盤重視、領域国家、単一民族国家、王朝交代史、植民地中心史、ナショナリズム史観である。
これがごちゃごちゃに組み合わされて、重箱のすみをほじくる入試問題が作られている。

一方、東南アジア史学界では70年代に常識になっていることが、やっと教科書に載りはじめた。
高谷好一も石井米雄もアンソニー・リードも「劇場国家」も「まんだら」も教えられず、というより教師も知らず、大学入試問題をつくる側も知らない、という状態がつづいてきた。そうした状況を改善しょうとするのが、この研究会である。

しかし、現場の先生からみると、「こんな新しい研究成果を教室ではとても追っかけられない、時間がない」という声がある。桃木至朗さんは無視。むむ。
東南アジア史研究者からいえば、単線発達史観や単一民族国家史観をくつがえすためにも、東南アジア史を教える意義があるのだろうが。

問題は、生徒にとっても教師にとっても、基本的なことを学ぶ時間すらないのに、重箱のすみをほじくった、おまけに基本事項をまちがえた入試問題が作られ、それに対処しなくてはならないことだろう。さらに、東南アジアなんて、入試の10パーセントにもならないし、最新研究成果を知らなくても、いや、知らないほうが解ける問題ばかりで……。

入試問題以外にもノイズは多い。
桃木至朗さんが強調している「かわいそうな東南アジア」イメージの増幅。戦争や環境問題を扱っても、結局生徒は、かわいそうイメージをもつだけで終わる危険がある。
あるいは、「バーンチェン・ショック」「鄭和の大航海」のようなトンデモ系。(あの『1421』については桃木さんもトンデモと言ってます。)
さらに、ジャワの「強制栽培」の例にみられるように、東南アジア史研究者としては、植民地主義万能ではない、という意味で影響を過大視すべきでない、という文脈で検討しているのに(さらにその後の「倫理政策」も問題だ!)、一周おくれの側からは、搾取を肯定しているのでは、という反論が起きる。そんな問題もある。

うーむ。
しかし、暇にまかせて東南アジア本を読んでいる年寄りからみると、高校生はたいへんだ。高校生としては、世界史なんてたくさんある科目の一部、東南アジア史はさらにその数パーセント、とてもつきあっちゃいられないよなあ。
土地所有制、封建制、産業革命、議会制、国民軍、労働市場の自由化、そんなことをやっと覚えたら、そんなもんじゃないって言われてもなあ。