淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

贋日記「新・若大将的憂鬱」その3

2007年08月13日 | Weblog
 俺は、もしもしと何度も同じ言葉を繰り返した。妻は無言のまま何の返答もなく、結局数秒間後、その奇妙な電話は突然切れてしまった。
「澄子のヤツ、何なんだ一体!」
 俺は軽い怒りとともに心の中で叫ぶと、目の前に現れた田沼雄一という同い年の男性を目で追った。彼は俺のこれまでの行動を、奇妙な生物でも観察するかのようにじっと眺めている。
 そのまま彼女に掛け直そうとも考えた。
 妻、澄子がA子のマンションにわざわざ俺との離婚届を送ってよこしたぐらいだ。彼女は自堕落で放蕩し尽してきた俺の生活を嫌悪し、心の底から憎んでいる。それじゃなくても今の俺の体と心は、高層ビルから地面目掛けて叩き落した林檎みたいに砕け散っている。心底疲れていた。このままぐっすりと眠りたい、何も考えず・・・。
 妻との無用な言い争いは、今は出来れば避けたかった。どうせ離婚届にサインするしか突破口はないのだから。
 しかし、別の妄想が頭を不意に横切った。今の電話、もしかしたら妻以外の誰かなのかも・・・。あるいは妻が何者かに監禁され、必死で助けを求め声すら出せずにいる妻の沈黙の叫び・・・。まさか。ありえない。俺は疲労と薬で頭がどうにかなっちまったに違いない。
 スーツの内ポケットにまた携帯電話を仕舞い込むと、今度は目の前に突然現れて訳の解らない言葉を繰り返す田沼という男と改めて対峙した。
「妻のことについて話したいって急に言われても・・・。あなた、妻とはどういう関係なんです? よく意味が解らないんだが・・・」
 その途端、また携帯が鳴った。
 咄嗟に内ポケットから携帯を取り出し、すぐに耳元に電話をあてた。残念ながら、離婚届を送りつけてよこした妻からではなかった。A子だった。
「ジュン? 何なのよ! いきなり怒って帰っちゃうし、メールにも全然レスくれないし!」
「連絡しなかったのは悪かった。でもお前だって知ってるだろう、今の俺の状況。八方ふさがりなんだよ、このままじゃあ!」
 A子と話しながら、目の前で哀れむように俺を見つめる田沼雄一を醒めた視線で眺めていた。垢抜けない身なりをした憂鬱そうな男だった。
 俺の麻布十番のマンションを何故この男は知っているんだろう? 俺は、昨夜初めて店にやって来た客に、いくら酔っ払っていたとしても自宅を教えるほど馬鹿じゃない。
 まさか、妻の愛人? 確かに俺は3回も結婚を繰り返し、今はA子のもとに入り浸るようなどうしようもない男だが、妻の浮気に気づかないほど間抜けではない。
 一体誰なんだ? この男。離婚直前の俺の妻に対して馴れ馴れしい言い方をするこの男。同郷だとも言っていた。高校時代の友人だろうか? そんなはずはない。何故ならこの田沼雄一、俺と同い年だと言っていたではないか。
 A子は、相変わらず大声を張り上げ、俺に対する非難の言葉を電話に向かって吼え続けている。まるで激しく降り注ぐ豪雨のような速さで。
 俺は、猛烈な勢いで落ち続ける豪雨の音に耳を塞ぎながら、田沼雄一としばらくの間、向き合った。
 業を煮やしたように、田沼雄一が重そうな口を開いた。それは彼の独り言のようにも、彼とは全く別人格の人間が彼の体を借りて話しかけているようにも思えた。
 田沼雄一は確かにこう言った。
「非常に残念な事を申し上げるようで、誠に心苦しいのですが。澄子さん・・・あと生きるとして・・・多分一年間だと思います・・・」


                              ―以下次回―
    (第一回2006年11月3日掲載、第二回2007年1月23日掲載)




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