木春菊の雑記帳

2005年6月開設の徒然日記。その時みたマーガレット(木春菊)が名前の由来です。

眉目秀麗の城

2007-05-21 15:05:17 | 東北
会津若松のシンボルといえば
鶴ヶ城

8年前の3月に見た、
雪を頂いた鶴ヶ城もよかったですが
今回見た、
新緑に囲まれた鶴ヶ城もいいものです。

三大名城には数えられてはいませんが
けっしてひけをとっていないこの城を
人間にたとえるなら
眉目秀麗」という男性へのほめ言葉が
ぴったりだと感じました。

城郭にしてはゆるやかな階段の先は
市街地を一望できる展望台。
北西には青々とした飯盛山
今は静かな戊辰戦争の跡地。
国敗れて山河あり」の一節が
あてはまりそうな風景でした。


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最高気温27℃でのサイクリングのあとは
東山温泉「やすらぎの宿新瀧」で
日帰り入浴。
与謝野鉄幹・晶子夫妻が愛した宿で
身も心も清めました。
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嗚呼白虎隊

2007-05-21 12:52:19 | 東北
一旦、自動車を降りて
自転車で会津若松市内を散策。
まず向かったのは飯盛山

会津藩白虎隊士中二番隊
悲劇で有名な小高い山

少年隊士の若々しさを象徴するかのように
新緑の木々が輝いていました。

自刃した隊士の中には
5歳で百人一首を暗誦した秀才や
藩に並ぶものなき弓の名手もおり
もしも命が長らえば」を
想像せずにはいらませんでした。


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隊士が自刃した場所から見る鶴ヶ城です。
戦乱が嘘のような今の姿を見ると
平和を実感します。
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野口英世記念館

2007-05-21 10:12:22 | 東北
志を果たさざれば 
再びこの地を踏まず

そう誓って故郷を後にした
野口英世博士の偉業を見たくて
野口英世生家を訪ねました。

猪苗代湖の如き存在感
磐梯山の如き高き志
世界のNoguchiは地元の誇りであると
いう雰囲気が館内にあふれていました。

偶然にも5月21日は博士の命日
この日の訪問できたことに歓喜せり。


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余談ですが清作少年がやけどした囲炉裏が
今も残されていました。


また、翌日訪問した会津若松には
やけどを治療した病院の建物がありました。
(今は喫茶店と資料館になっています)

野口英世博士の原点を見た思いでした。
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