史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

那珂川 Ⅱ

2021年10月09日 | 栃木県

(富山)

 

高埜君碑(高野源左衛門の碑)

 

 那珂川町富山は、富山川という清流に沿って人家が散在している静かな集落である。富山川にはほたるが棲息し、美しい花が咲き誇る桃源郷のような風情である。そのかなり奥まった場所に高埜君碑がある。高野源左衛門の顕彰碑である。この石碑を見るため、烏山駅前の蕎麦屋さんでレンタサイクルを調達し、片道約8キロメートルを駆けた。この夏一番の暑さであったが、訪ね当てた時には疲れも吹き飛んだ。

 富山という集落の中にあることは「馬頭町史」などで確認済であったが、正確な場所は不明。富山町の入り口から一つひとつ石碑を確認してようやく特定することができた。

 高野源左衛門は天狗党に与し、銚子の牢に入れられ、慶応二年(1866)獄死。明治二十四年(1891)二月建碑。佐久間謙の撰文および篆額。大森敬一の書。

 帰路は往路と同じ道をひたすら戻るだけである。残り数キロメートルというところで後輪がパンクしてしまったが、何とか烏山駅まで戻ることができた。蕎麦屋のオバサンは、観光協会に電話で問い合わせをしてくれて、「ご迷惑をおかけしたから」という理由でレンタル料七百円を返してくれた。パンクさせたのは私であるし、修理代もかかるだろうからと固辞したのだが、それでもオバサンは追いかけてきたので、已む無くレンタル料全額の返金を受けることになった。結果的にタダで那珂川町富山まで往復することができた。

 

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