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トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

**次兄の詠む形

2014-03-20 | 今はうたかた

 処方されし薬飲まずに留め置きしその考えを誰もが知らず 

 流行風邪に会うことさえも適はねば痛みに耐ふる声も聞かざる

 望みなき介護役なり三月経ち妹の髪白髪を増しぬ

 逝きたりと案内を配る丘越えは天地分かたず地吹雪に遭う

 納骨を半月後に控えたる奥津城廻り四尺の雪


**枯草は敷くによしなし

2014-03-01 | 今はうたかた

 土を掘り運ぶきつさに父母想う朝星夜星生業の日々

 命日に想いだすさえ薄かりて孝行もせずはや親の歳

 歳を経て生家はすでに改まり想うよすがは山並み川辺

 郷を出で半世紀なるこの身でも忘れぬ故郷短き月日

 故郷に身体髪膚戻せぬ世うつしよなればあの頃は無し


**はるかな昔

2014-02-10 | 今はうたかた

 父母祖父母命日忘れ母の歳改めて知る祥月命日

 雪しぐれ静寂の中お別れの母の瞳に映る我が影

 立ち会えぬ父は小さく身を変えて苦労の浮世脱しけるなり

 祖母しるす柱の線の積み重ね一日一筋知るは祖母のみ

 除夜の鐘祖父送るよな音引いて雪の山里新年となる


初雪と言おうか

2014-01-16 | 今はうたかた

Photo  風倒木の処理が済んで、林床の手入れをしていたら白いものが落ちてきた。

 視認する前に竹の葉を鳴らしたから「霰か?」と感じたのだけれど、小さな粒で、期待した雪の結晶は見えなかった。これも「初雪」と言えるのかどうか、観測点で認められなければ時雨なのだろう。

 初雪に遭遇すると思い出すことがある。何歳の頃か不明だが、祖父が玄関の戸を開け空を仰いで「何やら白いものが落ちてきた…」とつぶやいていたのを今でも思い出す。

 子ども心に「雪なのに雪と言わない」のが不思議だった。


*形見分け

2013-07-15 | 今はうたかた

              米入れた衣類小包形見分け

              形見分け着て山に入る夏至の朝

              現世か形見分け着つ梅雨の空

              入梅にメガネも湿り着る形見

              義兄の形見と着替え汗を取る


*同級会

2013-06-20 | 今はうたかた

              中学の話題で一夜爺や婆

              面影の有るも無しでも同級生

              半世紀経てばそれぞれ浦島さん

              マドンナも婆さんとなり惑うなり

              静かすぎ故郷駅前梅雨の空


*邯鄲の夢

2013-06-19 | 今はうたかた

              撮影に膝折れぬ友増える会

              病得つ来る友来れぬ友憂う

              クラス会邯鄲の夢二日間

              意地悪も今は懐かし押し問答

              マドンナと笑み高らかに校歌なり

              竜宮城消えて今日から塩握り


八ヶ岳の主峰

2013-05-25 | 今はうたかた

Photo_5  諏訪から中央高速に乗った。快晴だったから八ヶ岳連峰が丸見えになっている。

 高校の部活動で年一回は縦走していたなじみの山なのである。社会人になって主峰赤岳登山を計画し、赤岳鉱泉にビバークした夜、激しい雷雨に見舞われ、翌日も天候不順で美濃戸へ下山した時、中年のグループの中に「もしや?」と思う顔を見出した。

 思い切って声を掛けたら、まぎれもなく顧問だった先生だった。お互いびっくりするやら喜ぶやらだったが、そんな偶然も今は遠い過去である。

 恩師は母校の校長を務め、家庭内介護をしていた身だったが、早い段階で百名山を達成している。小生はと言えば、里山でウロウロしているだけである。


*義兄身罷る(十七文字)

2013-03-01 | 今はうたかた

Photo_3

     霊峰と連なり故郷雪の中

     レンタカー雪の回廊通夜の道

     同胞も髪白くなり雪の通夜

     鉛色零度の里で義兄送る

     雪の里雪片残し義兄は去り


**義兄身罷る(三十一文字)

2013-02-27 | 今はうたかた

  大寒波車も止まる猛吹雪悲報に走る臨終の床

  義兄の身は内憂内患内戦の戦士を終えて旅立てるなり

  雪の郷縁遠ければ着る服の間に合うもなく列車で向かう

  雪の夜は音も聞こえず冷えつのる義兄小さき棺に静か

  哀しくも懐かしくあり義兄送る最強寒波豪雪の中

  鉛色雪の空色懐かしく零度の道をお斎に向かう


*星の出る頃

2012-10-27 | 今はうたかた

              母の後実家へ歩む星月夜

              野営して雉撃ち仰ぐ星月夜

              闇探しお花摘みなり月の夜

              稜線に浮かんででかし盆の月

              星流る地球も少し重くなり


**彼岸の彼方

2012-09-20 | 今はうたかた

    故郷は遠い記憶の彼方なりこの風景は他人の空似

    仏壇の前で寝た夜忍び泣く添い寝る母の寝息に寝入る

    開け放ち畳で昼寝る父母の午後の畑は星の出るまで

    稲を刈る手を休めては遠く見る昼餉を背負う母は点でも

    田の泥を洗いつシジミを漉き採りし小川もう無く田んぼは宅地


**母の生家

2012-08-13 | 今はうたかた

  馬小屋にありし不浄は恐ろしき馬の鼻息尻を這いおる

  何ゆえか生家石垣思うとき切なき思い老いの身にくる

  激しかり外の水音夜とともに響いて寝れぬ天井高し

  大鍋で食器を煮るや囲炉裏端ヒゲの爺さんキセルと鎮座

  よろい戸を抜けて板の間広きかな囲炉裏水屋に風呂場一望

  新雪のハッテの怖さ知りたるは囲炉裏で聞いた祖母の話か


*昨年の今月今期

2012-08-05 | 今はうたかた

               苦し日に撫子は咲く惨害列島

               報奨金男子は多い玉二つ

               撫でし子も今は王者となりにけり

               陽は斜め家に囚われ夏は消ゆ

               床上げに地下足袋届く友の情

               トンボ産む水辺を見ずに冬となり


遠い記憶

2012-06-17 | 今はうたかた

Photo  泥水地で虫の餌用の田植え?をしていたら、おチビちゃん一行が来た。声を掛けたら一人だけ降りてきて植えてくれた。やってみようとする姿勢が嬉しい。

 小生の生家は魚沼の稲作農家だったけれど、この年齢で田んぼには行っていないだろう。農作業の記憶は小学校高学年の頃からである。

 この子にとっては、いっそう記憶に残らない活動だけれど、「成長発達」の基盤の一砂になっていく事に間違いない。手つきを見ていると、若い頃に職業として活動していた頃の思いが蘇ってきた。これも遠い記憶だ。

 せっかく植えてもらった苗と場所なのだが、幼児らしくドロンコ遊びを始め、何日後かには別の子がドロンコ遊びをして痕跡は消えてしまった。でも「楽しかった体験」は、ニューロンのネットワーク形成に反映していく大切なことなのだと思う。これは環境保護や生物多様性の向上にも通じるものがあると考える。

       PS:写真はフイールドの利用者様から提供していただきました。深謝です。