死別シングル奮闘記

夫の死を乗り越えて2人の子供と頑張って生きる母の日記です

父の入院

2015-11-24 09:23:18 | 
11/16に実家の父が入院しました。

もともと気管支の弱い父だったのですが、さいきんひどくなっていたようで。
先週の木曜日(11/12)に大好きなゴルフに行って帰ってきたら調子が悪いと。
風邪薬を飲んで休んでいたんだけど全然よくならないのでかかりつけの病院へ月曜日に行った所

重篤な肺炎で即入院

酸素マスクをつけて食事もなしで。

母はのんきな人なので「肺炎で入院したわ~、1週間くらいで退院かしら」なんて言ってまして。
80歳の父の肺炎がそんなに軽いものだとは思えなかったので週末にでも様子を見に行こうと思っていたのです。

そしたら火曜日(11/17)に母からメールで、「明日病院に来てほしい。一緒に話を聞いてほしい」と言われ。

11/18に仕事を休んで行って来ました。
肺のレントゲンを見る限り、ほとんど真っ白で半分くらいしか機能してないこと、呼吸不全で自発呼吸がいつ止まるかわからないこと。
などなどを説明され
父のかかりつけの病院が外科の個人病院であること、早く呼吸器内科の専門に診てもらったほうがいいということで、転院の方向で動くことに。
ちなみにそこでの診断は間質性肺炎と細菌性の肺炎になっていると。
午前中に主治医と転院すると言う話でまとまり、午後3時ごろにはだいたいどこで受け入れられるかが決まるのでもう一度出直すことに。
そして午後また病院に行くと午前中よりも明らかに状態の悪い父が。酸素マスクも午前中はマスクだけだったが午後にはその先に袋がある形状のものに変わっていました。それが何を意味しているのかよくわからずに主治医を待っていると。

少しして主治医がやってきて「午前中よりも呼吸状態も悪く、酸素の取り込みも厳しくなっています。早急に以前結核でお世話になっていたS病院に移したいのですが、満床の為移せません。市の医療センターにも問い合わせてますが、やはり呼吸器内科は満床の為移せません。」とのこと。
もう、早く、早く、どうにかしないと父の呼吸が止まっちゃう!!!そんな感じでした。
人工呼吸器の相談もされるくらい。いざと言うときの心臓マッサージをしていいかの相談もされるくらい。
少し経ってから主治医がやってきて
「救命救急センターでの受け入れができます」とのこと。ここよりはぜったにいいとのことなのでそちらに移すことに。

夕方5時近くになってやっと救命救急への搬送が決まり、救急車も到着し、移すことに。
移した先では担当医が写真等を確認し、受け入れが決定。
ただし、細菌性肺炎の細菌が何かが分からず、それを確認しないとセンター内には入れないとのことで。細菌を確認すること1時間
担当医がやってきて「申し訳ありません。結核菌が確認されましたので受け入れできないことになりました。これから受け入れ先を探しますが結核病棟のある病院がありませんので広範囲で探します」とのこと。
以前結核で掛かっていたS病院はどうなのか聞いたら満床の為だめとのこと。そうだよね、そこが満床だったからココに来たんだよ。
そして夜8時ごろ、いや、もっと後だったかもしれない。やっと清瀬にある結核病棟を持つ病院がこれからでも受け入れしてくれるとのこと。
清瀬、実家から車でさらに1時間くらい掛かるところですが、もうそこしかありません。
それからまた救急車で搬送することに。

到着して全ての受け入れが終了したのは日付が変わるころでした。

<続く>

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2 コメント

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それは大変 (ふみ)
2015-11-24 11:35:53
結核でしたか。


それにしても、息苦しくなかったのかしら、お父様。気付かないものですねー。

深夜までお疲れさまでしたm(__)m。


重篤な状態は脱していますように。
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Re:それは大変 (のんべの妻)
2015-11-28 21:43:51
ご心配をおかけしました。
本人はずっと苦しくてそれが日常だったので気がつかなったようです。
こまったじいさんです。
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