2013.2.5
{韓国 公州}
公州博物館は挻門を通リ抜けた向こうにあるようですが、回り道をしていこうと思います。
公山城入口・観光案内所
2013.2.5
{韓国 公州}
公州博物館は挻門を通リ抜けた向こうにあるようですが、回り道をしていこうと思います。
公山城入口・観光案内所
2013.2.5
{韓国 公州}
地図を片手に前回行かなかった博物館などをぶら~り回ってみます。
公州博物館は次の交差点を右方向になります。
公州公山城の案内板です。
公山城入場券売り場です。
公山城へはここから入っていきます。
2013.2.5
{韓国 公州}
駐車場隅にある名勝地の道、案内図です。
公州観光案内図
観光案内所で地図を貰いました。
観光地が誇張されているので距離感・方向感に少しずれがあります。
2013.2.5
{韓国 公州}
熊津塔を過ぎると公山城の麓に観光案内所があります。
公州観光案内所の看板がかかっています。
公山城の門です。
入口は駐車場の隅にあります。
観光案内所前は駐車場になっています。
2013.2.5
{韓国 公州}
錦江鉄橋を渡ると熊津塔があります。
熊津(ゆうしん・웅진・ウンジン)は、古代朝鮮の百済の古都であり、万葉仮名では久麻那利(くまなり・こむなり)、百済語では古莫那羅(コムナル・곰나루)と表記・呼称される。
熊川(錦江)のほとりの都市であり、現在の忠清南道公州市にあたる。
475年に高句麗の長寿王が百済の国都・漢城(現在のソウル特別市)を陥落させ、百済の蓋鹵王を処刑すると、南方に逃れていた(あるいは新羅に救援を求めに行っていた)文周王が即位し、首都を熊津に移した。
後に聖王が538年に、さらに南方の泗沘(現在の忠清南道扶余郡)へ遷都するまでの63年間、百済の首都であった。
新羅の統一の後、熊川州→熊州という名称を経て、高麗時代に公州に改称された。
現在も公州市には熊津洞という地名が残る。
2013.2.5
{韓国 公州}
錦江 自転車道 テチョンダム 52km
錦江(クムガン)
2013.2.5
{韓国 公州}
錦江鉄橋を渡っています・・・
公山城です・・・・・、前回来た時に上ってみました。
2013.2.5
{韓国 公州}
錦江鉄橋を渡っています。
鳥たちが戯れています・・・・・・
前方は公山城です。
右側の橋は新しくできている車道です。
2013.2.5
{韓国 公州}
韓国3日目、温陽温泉~天安~公州に来ています。
市外バスターミナルから錦江鉄橋を公山城方面に向かって歩いています。
前方左側が公山城です。
河川敷は公園になっています。
歩道を歩く人はまばらです・・・・
錦江沿いにはモーテルが並んでいます。