2013.2.5
{韓国 公州}
錦江鉄橋を渡ると熊津塔があります。
熊津(ゆうしん・웅진・ウンジン)は、古代朝鮮の百済の古都であり、万葉仮名では久麻那利(くまなり・こむなり)、百済語では古莫那羅(コムナル・곰나루)と表記・呼称される。
熊川(錦江)のほとりの都市であり、現在の忠清南道公州市にあたる。
475年に高句麗の長寿王が百済の国都・漢城(現在のソウル特別市)を陥落させ、百済の蓋鹵王を処刑すると、南方に逃れていた(あるいは新羅に救援を求めに行っていた)文周王が即位し、首都を熊津に移した。
後に聖王が538年に、さらに南方の泗沘(現在の忠清南道扶余郡)へ遷都するまでの63年間、百済の首都であった。
新羅の統一の後、熊川州→熊州という名称を経て、高麗時代に公州に改称された。
現在も公州市には熊津洞という地名が残る。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます