草枕

都立中高一貫校・都立高校トップ校 受験指導塾「竹の会」塾長のブログ
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 寒気

2008年12月08日 10時26分28秒 | 
 日曜日は今年初めて寒さがきついと感じた。いつもTシャツ1枚に軽いジャンパーで防寒するのだが, いけなかった。土曜は懸案だった「英解の栞」の第7章の解説を書き上げた。ストーリーは「トロイの馬」。長文で解説に時間がかかることは覚悟していたが, 途中何度もくじけそうになりながらなんとか終わりまで漕ぎつけた。解説を書き始めるとあれもこれもと詳しくなりがちでそのために時間がかかるという癖があるのでどこで端折るかだ。それから, すぐに 中1のための「関数中1編」の次回指導のための原稿を仕上げた。その後, 中1のための英語新作問題を数枚書いてから, 「思考の素」のネタ探しのために過去問を斜めに読みながら,使えそうな問題に突きあたると早速解いてみて,難度判定。改変しても使いたい難問ではあるが良問に出会うと早速いろいろ構想する。こうして何題か候補を拾い, パソコンに向かう。創作しながらの原稿制作である。「思考の素」は, 子どもたちの「思考力」を育てるという私の年来の思いを凝縮したもので今年の7月頃から書き始めたものであった。制作の過程の中から様々なアイデアが思い浮かび, 特に「割合」の指導について, 私のに中にある構想が生成されつつあった。「思考の素」が進化し, 高度化する中で, 「割合」だけに特化した私の新構想のテキストを書かなければという思いをずっと持ち続けていた。今日は去年の指導で使った問題データを開いてみた。何か借用できるかなという軽い気持ちからだった。が, 「思考の素」が, 去年作った作品のレベルをはるかに越えた指導レジュメであることを思い知らされた。私の割合指導技術が格段に進化かつ深化していることを再認識する結果となった。ところで, ある時からずっと心に温めてきた構想を少しずつ原稿にしているのが, 冬のための特別オリジナル原稿「1%」だ。この原稿は, これから竹の会の春・夏・冬の特別指導用レジュメとして, 割合の苦手な子どもたちを想定した意欲作である。この教材を原典にして, 3学期からの割合入門者用の初級レジュメを作成する予定でもある。つまり, 新レジュメ「1%」は, 講習限定用テキストとしてこれからも推敲創作を続けていきたい。
 計算が未熟なうちは, 思考形成のための指導は無理である。分数の四則混合をこなしても, 1題解くのに30分以上かかるとか,誤答の頻度が高いとか, あるいは逆算ができないという段階では, 思考指導はまだ無理である。滑らかな計算処理能力は思考の前提となる。子どもたちの中には, まだこの段階で拘泥している子も何人かいる。最近入会した子を除いてもさすがにパスポートコースの子にはそのような子はいない。それぞれに計算力は超一級のレベルといっていい。難度の高い計算をこなせる子ばかりだ。が, 問題は計算マスター後にある。「思考の素」でもたもたする子がいるからだ。私は「思考の素」をまたNO.1からやり直すことを期待している。「思考の素」もNO.100くらいになると,いつしか割合思考はクリアしたことになっている。このあたりで思考停止するなら, 双六のように振り出しに戻った方がいい。冬はそういうことも考えている。
 広汎な受験知識には, 常にどこまでやればいいのかという「不安」が消えることはない。これをやるだけでいいのかという「不安」が現れては消え, 消えては現われる。心の安寧を保つことこそが, 受験本番の自信に満ちた確固たる思考と決断につながる。指導する側が「これだけで十分」という知識を提供する責務がある。知識は無限に広がる本質がある。しかし, 受験に成功するには知識の「限り」を見極めるということがどうしても必要である。指導のプロというのは, 普段からそういうことに思いを傾けて研究しておかなければならない。ところで, 知識の「限り」を補うのが, 無限の広がりをもつ柔軟な思考力である。思考することで単純な暗記から解放されることのいかに多いことか。理科などは思考することで, 入試問題のほとんどを解消できる。社会だって意味のない知識の暗記として勉強する者にはとてつもない難物となるが, 問題思考という視点から, 切りこんでいくとこれがまた暗記から解放され, 考える科目として興味もわく。試験の問題というのは, 受験生ならだれでも知っておかなければならない基本知識を問う問題が全体の8割でできている。残りの2割にとても解けそうもない問題が配置される。大切なのはこの2割を無視することである。ところが多くの親や受験生たちがこの2割に振り回される。そのために何冊もの分厚い大手テキストで勉強する。解けないといって悩む。しかし, 試験というものは, 少なくとも7割とれば合格である。仮に基本知識が8割出たとして, その8割のうち思考で導き出せる部分もかなりあるから, 受験というのは, 基本だけやっていれば実は十分なのである。だれも解けない, あるいは一部の超秀才しか解けない問題のために時間を費やすべきではない。そんな問題は捨ててしまえばいいのである。試験本番でも, 最初から難問は手もつけないで捨てておけばいいのである。実際, 竹の会で九段に合格した子は何問かを白紙で出している。それは私が指示したものである。解けそうもない難問はみんな解けやしない。それよりもみんなが解ける問題を落とすことのほうが致命的である。だから受験のために難しそうな問題集を親が買ってきて, こんなのが出たらどうしょうなどと心配し, 子どもに解かせるという愚行は決してやってはいけない。そんな問題なんかどうでもいいのである。それよりもその子が基本の事柄が十分なのかを心配したほうがいい。気体の性質の基本, 種子の殖え方の基本といった正確な基本の知識を涵養することこそが一番確実に合格する方法ということだ。難問や超例外問題を肥大化して妄想して時間を無為にしてしまうことだけはしないでほしい。
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