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草枕

都立中高一貫校・都立高校トップ校 受験指導塾「竹の会」塾長のブログ
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越えられない壁~勉強の絶対量不足

2014年08月02日 10時28分07秒 | 
 おはようございます。8月に入り猛暑が続いております。連日熱中症と水の事故による犠牲者の報じられない日はありません。わたしは熱帯夜だけはがまんできません。幼い頃もそうでしたが、育った実家の夏の暑さは今でもリアルな感覚とともに思い起こすことができます。とにかく尋常な暑さではありません。あの頃だって熱中症で倒れる人はたくさんいたに違いないと思うけれど、今のようにテレビから茶の間に事細かに全国の様子が流されることはなかっただけのことではないかと思います。
 竹の会の子どもたちは、この中4日の休みの間にしっかりと勉強しているでしょうか。
 試験というのは、試験の合否というのは、結局勉強の絶対量で決まる、わたしはそう思っています。それぞれがみな与えられた時間はスタート地点では全く平等に同じです。しかし、その時間を習い事に、お稽古事に何時間も費やしたり、部活その他にそのかなりを費やしたりすれば、当然勉強にあてられる時間は減るわけです。お盆や年末年始の旅行、あるいは夏の小旅行も同じことです。みなそれぞれが与えられた時間を好きに使っていいし、好きに使っている。旅行や部活はその間だけ勉強が中断するわけではない。疲れを残せばそれだけ勉強は能率が落ちる、つまり質は落ちるわけです。わたしたちは好きに時間を使っていいことになっている。試験に成功する人、家族というのは、そういうことがよくわかっている人たちなのだと思うのです。
 8倍、10倍の試験を突破するにはそれだけの覚悟が必要だし、勉強量が極端に少ないのにどうして合格できると思っているのか、わたしには不思議なことです。
 都立高校だって同じことです。高校受験は中3になってがんばったからといって勉強の絶対量の不足をカバーできるわけでは決してない。都立上位校は倍率こそ低いけれど、つまり高くても2倍超ということですが、内申でしぼられた秀才たちに凝縮されての2倍超ですから、多くの頭のいい子たちがあきらめた結果の2倍超ということです。高校受験というのは、中1、2の勉強がいちばんできるとき、つまり時間に比較的余裕があるときにこそ猛然と勉強しておかなければならないということです。まだ中1の親御さんなんかを見ているとそのへんのところがわかっていないと思います。
 今日は越えられない壁ということで書くことにしました。実は、本年2月に受検した3人の子たちはそれぞれに越えられない壁というものをもっていたのではないかとよく思うのです。壁というのは自分が作る壁もあります。作文に不安を残したまま受検したというのが2人いましたし、それまでにわたしの難問を一度も自分の頭で解いたことがないという子も少なくとも2人はいました。いや本番で通じるかということなら全員に不安があったと思います。いつもなら「合格できる」と確信をもてる子にはそう言ったものですげと、今年はそういう言葉は遂に出てこなかった。 作文の壁というのは、考えられないほどに狭隘な精神レベルにあったと思います。段落を変えたのに、同じ内容をくり返す、同じフレーズが5回も、6回も出てくる、井の中の蛙状態の視野、論理迷路にはまり堂々巡りをした文、奇抜な表現、奇をてらった内容で、一般的な通念からかけはなれているといった、どうしてもぬけられない殻の中でもがいているようでした。わたしは簡単に抜けられると思っていた時期もありますが、いかんせん練習量が少ない、作文にかける時間の絶対量があまりにも少ないのです。夏や秋にまだ時間のたくさんあるときに全く出してこないわけです。先送りばかりしている。それで直前の1月にことの重大さに気づくわけですが、1月はもう勉強なんかしなくていい月です。この時期にやったものなんて身につくことなんかありませんよ。
 難問に対して一度も解けたことがないというのはどうでしょうか。いつも解けなくてわたしの解説レジュメを読んで「わかった」とやって終わらせる子のことです。こういう子は十中八九受かりませんよ。
 とにかく解くしかないのです。解けなければ落ちる、それが試験です。8倍、10倍の難関を勝ち抜くのは「解ける」子だけです。
 教えられて「わかった」という子が、ほとんどの受検生・受験生です。こういう「教えられる」というこに依存する子というのは、受検・受験には勝ち抜けないのです。
 高校受験でも、数学が「解ける」ことです。英語の長文を読んで「何について書いてあるか」がわかることです。国語の長文を読んで「どういう論拠で主張しているのか」がわかることです。
 中3になって勉強に喘ぐ生徒というのは、はっきりと勉強の絶対量不足が原因です。いわば栄養失調状態です。このときに大量に詰め込むなどは愚の骨頂です。当人に体力がないのですから。勉強の体力というのは一朝一夕に作られるものではないのです。
 毎日5時間、どんなことがあっても勉強を最優先させる生活を続けてきた子、勉強が生活の一部になっている子、勉強が習慣になっている子、そういう子のみが、勉強の体力を持ち得るのです。
 勉強の絶対量不足は、小5はお話しにもなりませんが、小6にはこれまで痛感してきたことでした。勉強量が足りないから「落ちた」、それで説明がつくのです。
 一度でも10時間やってみればいい、いや突然やっても成果はなにも上がらないだろう。勉強の習慣のある子のみが、10時間やるということが、どれだけ学問というものを極めることになるのかと言うことを知ることができることになるのであるから。
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