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草枕

都立中高一貫校・都立高校トップ校 受験指導塾「竹の会」塾長のブログ
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それのみに関わりきれなければ・・・

2012年07月11日 11時24分05秒 | 
 私はとにかく一応は受検を志し、子どもさんを塾に通わせているという家庭が、必ずしも家庭も子どもさんも受検のための勉強に専念しきっているわけではないということを思ってきました。受検直前になって「合格したい」という思いはひしひしと感じます。いやそれさえも「感じない」、あきらめた子もいましたが、たいていは合格したいという気持ちだけが、独り歩きし、それならそれまでにもっと勉強に専念した日々を過ごすべきあったのに、そのことは都合よく消えてなくなり、合格への思いばかりが募るのです。
 2月9日の合格発表の日、自分の番号がなくて泣いた子、哀しい思いをした親、それは悲喜こもごもの風景です。
 一心に勉強だけに専念してきた親子には「つらい」ことでした。及ばなかったのは能力が及ばなかったということかもしれません。それでダメならあきらめるのも人生です。
 しかし、私は大半の受検の親子が実はそういう理由で落ちたわけではないことを知っています。私のように長い間、塾の先生をやっていますと、試験合格をめざしたのに、なぜその目的と逆行するような行動ばかりをとるのかわからないという親子がたくさんいます。
 平成20年の受検では、小6の12月まで土日は野球で勉強が一切できないという子がいましたが、この子は勉強には熱心なまじめな子であっただけに、不合格のときのショックはひどかったようです。同じ年に桜修館にひとり合格していますが、この子も日曜は野球をしていたと聞いています。ただこの二人の違いは、桜修館に合格した子が能力的にすぐれていたこともあったのか、レジュメを遺すことなくこなしていたことにありました。とにかく迅速にやりあげて提出していた印象があります。かたやもうひとりのほうは、大量のやらないままのレジュメが増えていくばかりでした。スポーツと両立できるか否かという問題に還元することもできますが、ふつうは無理です。普通の人には無理です。
 去年は、オーストラリアに2週間ほどのホーム・ステイに行ったという子もいました。結局この子は夏休み明けに受検断念をしたといって退塾したのですが、実際は受検して失敗したようです。素人考えだと2週間ぐらい勉強しなくてもと思うかもしれませんが、夏休みの2週間はその何倍もの損失とみていいと思います。竹の会では夏全欠席というのは退塾の申し出として取り扱っていますが、小5の夏の全欠席は致命的なものです。少なくとも受検を志すのであれば絶対不可避の時間です。
 家庭によっては、土日は一切勉強できないという事情もあるようです。家族みんなで行動する家庭の事情があるようです。こういう家庭の子というのは、受検をめざすといっても、それほど真剣なのでは「ない」と思うのです。最初から受検を否定する行動を公然ととるわけですから。だから落ちてもそれほど悔いはないと思うのですが、・・・。
 ただ問題なのは「それでも通る」と思っている節があることです。
 受検勉強に優先するお稽古事、習い事、サッカー、野球、柔道、空手と子どもたちは大忙しです。親たち公認の活動です。これなどはもう合格には真っ向から反対の行動だと思うのですが、それでも合格できると思って受検勉強は受検勉強で真剣にやってはいますが、なにか甘さは拭いきれません。真剣なだけに落ちたときはかなりのショックを遺すのもこの部類の人たちです。
 自分がどれだけ賢いのかは本人や親がいちばん知っていることです。あれこれとやりながら受検勉強をこなせるほど自分は賢くないと思えば、もう勉強することだけに専念して、あれこれは一切やらないというのが賢明な選択であり、決断と思います。しかし、自分がなんでもマルチにこなせるほどに賢いと思ったのかどうか、親も自分の子がそれほどに賢いと思っているのか、あるいは勉強は大切だが、これだけは譲れないというものがあるということか、勉強だけに専念しないという選択は依然としてとられるわけです。
 私は人間というものはみな同じだと思っています。ひとつのことに専念しなければ決してうまくいかない。これが普通の人間です。ましてやそのひとつのことがとても侮れない難関合格ということなのです。それのみに専念しないで合格できると思うのはなんとも相手を舐めた話しではないでしょうか。それともどれだけ自分をすぐれていると思っているのかどちらかではないでしょうか。
 私はよく例に出すのですが、九州大学の井上正治教授が「大学に残りたい」と指導教授に相談したところ「司法試験で1番をとってこい」といわれて、半年間友人たちにも隠して借りた下宿に籠もり寝ても覚めても法律の体系書に取り組んだという話しがあります。先生は結局2番で合格し大学に残ることができました。先生の刑法理論は団藤刑法や平野刑法から見れば異端的でしたが、刑法ではとにかく名を成した人でした。これだけの人でも専念しきらなければとてもだめなのです。万難を排する、という言葉があります。本当に合格したいのであれば常に勉強が最優先なのです。私のそのような試験観が竹の会の指導の端々に表れているのはご存知の通りです。

By 竹の会
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