内藤が不利の予想を覆し、3-0の判定勝ちでポンサクレックの
18度目の防衛を阻んだ。これは文句なく殊勲と言っていいだろう。
最初に断っておかなければならないが、僕は長い間内藤を応援
してきたので、客観的な文章はまず書けないと思う。その辺りは
ご了承いただきたい。試合が終わった時の正直な気持ちは、
「ざまあみろ!」である。乱暴な言葉を使うのは好きではないが、
これが内藤を見下してきた人たちに対する偽らざる気持ちだ。
とはいえ、僕だってやはり「内藤が勝つ」とは断言できなかった。
むしろ、やはりポンサクレックへの勝機は薄いと思わざるを
得なかった。勝敗よりも、内藤にはとにかく全力を出し切って
欲しかった。緊張で体が硬くなり、力を出せずに負けてしまった、
ということだけは避けてもらいたかったのだ。
試合が始まり、内藤が好調な出足を見せても、不安は消えなかった。
12ラウンド、残り10秒の合図を聞いて初めて、ようやく安心感が
出てきたのだった。
確かにポンサクレックの調子は悪かった。しかしそれ以上に、
内藤がポンサクレックを研究し尽くしていた。どうすれば
ポンサクレックのリズムを崩せるか、どうすればポンサクレックに
パンチが当たるのか。過去の2度の敗北は、決して無意味ではなかった。
堅実な攻防で知られるポンサクレックが、内藤に釣られるかのように
大振りを繰り返し、打ち終わりにバランスを崩す。よく動く内藤を
どうにも捉え切れない。信じられないような光景がリング上で広がる。
あのポンサクレックが焦っている。
内藤のパンチがよく当たる。やや変則気味の角度からの左右フック。
ポンサクレックがこれほどパンチを受ける場面は見たことがない。
上々の立ち上がりを見せた内藤だが、常に不安はあった。
ガードが低いこと、そしてスタミナが後半に切れること。
そして何より相手が百戦錬磨のポンサクレックであること。
ポイント上では優勢かもしれないが、それでも「内藤、勝てる」と
確信するまでには至らなかった。きっとどこかで波乱が起こる、と。
それは、9ラウンドにやってきた。8ラウンドまでの採点では、
ジャッジ3氏がいずれも内藤を支持。ただし、それは全て
1~2ポイントの僅差である。「守り切る」という意識では
逆転を許す可能性があるし、かといって不用意には攻められない。
ある意味ではこれからの作戦に悩む、微妙なポイント差だ。
9ラウンドが始まって間もなくのこと。一体何のパンチがきっかけ
だったか覚えていないが、内藤がズルズルと後退、そこへ
ポンサクレックが必死の猛攻を仕掛ける。公開採点により
ポイント上での不利を知ったポンサクレックが、なりふり構わず
前に出てきたのだ。もともと連打型のポンサクレック、そして
ガードの低い内藤。このまま倒されることも充分に考えられる。
しかし、ここで内藤は踏ん張った。フラフラになりながらも
パンチを返し、ポンサクレックの動きを止める。ダメージ、疲れは
両者にある。まさに死力を振り絞った、息が詰まるような打ち合いだ。
その中で、むしろこのラウンドの後半は、内藤が打ち勝ったように
さえ見えた。これまでの内藤なら、弱気になって一方的に
打ち込まれていたかもしれない。
2連敗している相手との対戦ということもあって、この試合前には
冷ややかな意見も少なからずあった。しかし、そんな周囲の声を
よそに、この日の内藤には「何が何でも勝つんだ」という強い意思が
はっきりと表れていた。そのことを象徴するようなラウンドだった。
このラウンドを乗り切ったことは大きかった。次のラウンドからは、
あれだけ打たれた内藤の動きに、力感が戻ってきた。しかし
ポンサクレックにも意地がある。何より、ポイントを挽回しなくては
ならない。こちらも疲れた体に鞭を打ち、逆転のパンチを放とうと
狙っている。しかし、終盤に入っても内藤の足はよく動いており、
ポンサクレックに決定打を許さない。
11ラウンド、内藤は守りを意識したか、手数を減らし、ガードも
(内藤にしては)やや高めに構えている。このラウンドは
ポンサクレックの細かい手数にポイントが流れるかと思った矢先、
内藤の右フックがジャストミート。これは効いた。あの難攻不落の
チャンピオンがよろめいている。しかし内藤は、決して強引には
行かない。ここへ来ても、まだ冷静さを保っているようだ。
12ラウンドも打ち合いが続くが、冷静さでは内藤の方が上だ。
確かに内藤はパンチが大振りなのだが、それがよく当たる。
当たれば、見栄えは当然ポンサクレックの小さいパンチより派手になる。
残り10秒。「歴史が変わる」そんな期待と興奮。そして、ついに
試合が終わった。ポンサクレックと抱き合った後、両手を挙げて観客に
アピール、そして精魂尽き果てたとばかりにコーナーに座り込む内藤。
判定は、115-113、そして116-113が2者。
8ラウンド終了時より、ポイント差はわずかに開いていた。
逆転を狙ったポンサクレックだが、思うようには行かなかった
というわけだ。
判定を聞いた直後の内藤。喜びを爆発させるかと思いきや、
意外と冷静な表情だった。試合が終わった時点で既に勝ちを
確信していたのか、あるいはまだ実感が湧いてこないのか。
しかし、観客は当然ながら大歓声。深夜の録画放送を見ていた
僕も、夜中であるにもかかわらず、思わず拍手をしていた。
内藤が、かつてはポンサクレックにわずか34秒で敗れ、
「日本の恥」とまで言われたあの内藤が、WBCの緑の
ベルトを巻いている。何だか夢を見ているような気分になる。
一瞬、本当にこれは現実なのか?と思ってしまった。
思えば、あの頃の内藤は、日本タイトルマッチで坂田健史
(現WBA世界フライ級王者)と引き分けたことで、辛うじて
ボクシングファンの印象に残る程度の選手で、敵地タイでの
世界初挑戦は、戦う前から「無謀」と批判されていた。
そして、それを裏付けるかのような惨敗。2002年のことだ。
しかし、そこから内藤は這い上がってきた。2004年、悲願の
日本タイトル獲得。「もうこれでやめてもいい」と内藤は言っていた。
再び世界に挑む自信など、その時点では全くなかったのだろう。
2005年、リベンジを期して上がった2度目のポンサクレック挑戦。
悪夢の第1ラウンドは上々の滑り出し。しかしその後はカットによって
大流血、負傷判定に泣いた。過去の自分を乗り越えることには成功したが、
ポンサクレックを越えることは出来なかった。
2006年。小松則幸を完璧な内容で下して東洋タイトルも奪い、
名実ともに「国内最強」を証明し、そしてついに3度目の世界戦の
チャンスを掴んだわけだが、それでも内藤有利の予想はなかった。
本当に色んなことがあった。そんな内藤が、ついにポンサクレックを
下し、世界の頂点に立ったのだ。
試合前、内藤は盛んに「KO宣言」をしていたが、終わってみれば
それはブラフ(おとり)だったのではないかとさえ思える。
今回の内藤は、決して無理にKOを狙っては行かなかった。
「倒す」ことよりも「当てる」ことを最優先させた攻撃。
序盤に圧倒しながら、後半はスタミナ切れ。それがこれまでの内藤の
典型的パターンだったのだが、あえて攻撃のテンポを抑え気味に
することにより、スタミナも何とか最後まで保たせた。考えに考えた
試合運びだったのではないだろうか。
現在32歳の内藤。昔に比べると、明らかに体のキレは落ちている。
しかし今の内藤は、それ以上に大きなものを手に入れているように思う。
年齢を考えれば、さすがに長期防衛は難しいだろう。しかし今は、
そんなことはどうでもいい。例え次の試合で誰かに負けて引退
したとしても、内藤が世界王者になった事実は永遠に歴史に
刻まれるのだ。そのことをただ喜びたい。
18度目の防衛を阻んだ。これは文句なく殊勲と言っていいだろう。
最初に断っておかなければならないが、僕は長い間内藤を応援
してきたので、客観的な文章はまず書けないと思う。その辺りは
ご了承いただきたい。試合が終わった時の正直な気持ちは、
「ざまあみろ!」である。乱暴な言葉を使うのは好きではないが、
これが内藤を見下してきた人たちに対する偽らざる気持ちだ。
とはいえ、僕だってやはり「内藤が勝つ」とは断言できなかった。
むしろ、やはりポンサクレックへの勝機は薄いと思わざるを
得なかった。勝敗よりも、内藤にはとにかく全力を出し切って
欲しかった。緊張で体が硬くなり、力を出せずに負けてしまった、
ということだけは避けてもらいたかったのだ。
試合が始まり、内藤が好調な出足を見せても、不安は消えなかった。
12ラウンド、残り10秒の合図を聞いて初めて、ようやく安心感が
出てきたのだった。
確かにポンサクレックの調子は悪かった。しかしそれ以上に、
内藤がポンサクレックを研究し尽くしていた。どうすれば
ポンサクレックのリズムを崩せるか、どうすればポンサクレックに
パンチが当たるのか。過去の2度の敗北は、決して無意味ではなかった。
堅実な攻防で知られるポンサクレックが、内藤に釣られるかのように
大振りを繰り返し、打ち終わりにバランスを崩す。よく動く内藤を
どうにも捉え切れない。信じられないような光景がリング上で広がる。
あのポンサクレックが焦っている。
内藤のパンチがよく当たる。やや変則気味の角度からの左右フック。
ポンサクレックがこれほどパンチを受ける場面は見たことがない。
上々の立ち上がりを見せた内藤だが、常に不安はあった。
ガードが低いこと、そしてスタミナが後半に切れること。
そして何より相手が百戦錬磨のポンサクレックであること。
ポイント上では優勢かもしれないが、それでも「内藤、勝てる」と
確信するまでには至らなかった。きっとどこかで波乱が起こる、と。
それは、9ラウンドにやってきた。8ラウンドまでの採点では、
ジャッジ3氏がいずれも内藤を支持。ただし、それは全て
1~2ポイントの僅差である。「守り切る」という意識では
逆転を許す可能性があるし、かといって不用意には攻められない。
ある意味ではこれからの作戦に悩む、微妙なポイント差だ。
9ラウンドが始まって間もなくのこと。一体何のパンチがきっかけ
だったか覚えていないが、内藤がズルズルと後退、そこへ
ポンサクレックが必死の猛攻を仕掛ける。公開採点により
ポイント上での不利を知ったポンサクレックが、なりふり構わず
前に出てきたのだ。もともと連打型のポンサクレック、そして
ガードの低い内藤。このまま倒されることも充分に考えられる。
しかし、ここで内藤は踏ん張った。フラフラになりながらも
パンチを返し、ポンサクレックの動きを止める。ダメージ、疲れは
両者にある。まさに死力を振り絞った、息が詰まるような打ち合いだ。
その中で、むしろこのラウンドの後半は、内藤が打ち勝ったように
さえ見えた。これまでの内藤なら、弱気になって一方的に
打ち込まれていたかもしれない。
2連敗している相手との対戦ということもあって、この試合前には
冷ややかな意見も少なからずあった。しかし、そんな周囲の声を
よそに、この日の内藤には「何が何でも勝つんだ」という強い意思が
はっきりと表れていた。そのことを象徴するようなラウンドだった。
このラウンドを乗り切ったことは大きかった。次のラウンドからは、
あれだけ打たれた内藤の動きに、力感が戻ってきた。しかし
ポンサクレックにも意地がある。何より、ポイントを挽回しなくては
ならない。こちらも疲れた体に鞭を打ち、逆転のパンチを放とうと
狙っている。しかし、終盤に入っても内藤の足はよく動いており、
ポンサクレックに決定打を許さない。
11ラウンド、内藤は守りを意識したか、手数を減らし、ガードも
(内藤にしては)やや高めに構えている。このラウンドは
ポンサクレックの細かい手数にポイントが流れるかと思った矢先、
内藤の右フックがジャストミート。これは効いた。あの難攻不落の
チャンピオンがよろめいている。しかし内藤は、決して強引には
行かない。ここへ来ても、まだ冷静さを保っているようだ。
12ラウンドも打ち合いが続くが、冷静さでは内藤の方が上だ。
確かに内藤はパンチが大振りなのだが、それがよく当たる。
当たれば、見栄えは当然ポンサクレックの小さいパンチより派手になる。
残り10秒。「歴史が変わる」そんな期待と興奮。そして、ついに
試合が終わった。ポンサクレックと抱き合った後、両手を挙げて観客に
アピール、そして精魂尽き果てたとばかりにコーナーに座り込む内藤。
判定は、115-113、そして116-113が2者。
8ラウンド終了時より、ポイント差はわずかに開いていた。
逆転を狙ったポンサクレックだが、思うようには行かなかった
というわけだ。
判定を聞いた直後の内藤。喜びを爆発させるかと思いきや、
意外と冷静な表情だった。試合が終わった時点で既に勝ちを
確信していたのか、あるいはまだ実感が湧いてこないのか。
しかし、観客は当然ながら大歓声。深夜の録画放送を見ていた
僕も、夜中であるにもかかわらず、思わず拍手をしていた。
内藤が、かつてはポンサクレックにわずか34秒で敗れ、
「日本の恥」とまで言われたあの内藤が、WBCの緑の
ベルトを巻いている。何だか夢を見ているような気分になる。
一瞬、本当にこれは現実なのか?と思ってしまった。
思えば、あの頃の内藤は、日本タイトルマッチで坂田健史
(現WBA世界フライ級王者)と引き分けたことで、辛うじて
ボクシングファンの印象に残る程度の選手で、敵地タイでの
世界初挑戦は、戦う前から「無謀」と批判されていた。
そして、それを裏付けるかのような惨敗。2002年のことだ。
しかし、そこから内藤は這い上がってきた。2004年、悲願の
日本タイトル獲得。「もうこれでやめてもいい」と内藤は言っていた。
再び世界に挑む自信など、その時点では全くなかったのだろう。
2005年、リベンジを期して上がった2度目のポンサクレック挑戦。
悪夢の第1ラウンドは上々の滑り出し。しかしその後はカットによって
大流血、負傷判定に泣いた。過去の自分を乗り越えることには成功したが、
ポンサクレックを越えることは出来なかった。
2006年。小松則幸を完璧な内容で下して東洋タイトルも奪い、
名実ともに「国内最強」を証明し、そしてついに3度目の世界戦の
チャンスを掴んだわけだが、それでも内藤有利の予想はなかった。
本当に色んなことがあった。そんな内藤が、ついにポンサクレックを
下し、世界の頂点に立ったのだ。
試合前、内藤は盛んに「KO宣言」をしていたが、終わってみれば
それはブラフ(おとり)だったのではないかとさえ思える。
今回の内藤は、決して無理にKOを狙っては行かなかった。
「倒す」ことよりも「当てる」ことを最優先させた攻撃。
序盤に圧倒しながら、後半はスタミナ切れ。それがこれまでの内藤の
典型的パターンだったのだが、あえて攻撃のテンポを抑え気味に
することにより、スタミナも何とか最後まで保たせた。考えに考えた
試合運びだったのではないだろうか。
現在32歳の内藤。昔に比べると、明らかに体のキレは落ちている。
しかし今の内藤は、それ以上に大きなものを手に入れているように思う。
年齢を考えれば、さすがに長期防衛は難しいだろう。しかし今は、
そんなことはどうでもいい。例え次の試合で誰かに負けて引退
したとしても、内藤が世界王者になった事実は永遠に歴史に
刻まれるのだ。そのことをただ喜びたい。
番狂わせで獲った選手は短命が多いが是非ぶち壊して貰いたい
内藤にしても長谷川にしても勝負時に反撃したから勝ちに結びついた、出来なかった西○サンは
「ざまあみろ!」
の気持ちわかります。
私は内藤選手がスポンサー募集をしている関係で知っただけですが、
全体に評価が低すぎる気がしました。
某会長には売名行為とか罵られて、本当に悔しい思いをしていたと思います。
無関係の私でさえ、不愉快な気持ちにさせられましたから。
少しずつスポンサーがついていく流れを追っていました。
試合の時には感情移入完了でホールに行きました。
10Rくらいから、「内藤選手が勝ったら泣くかもしれない」と薄々と感じ始めました。
試合が終わった瞬間には、感動のあまり立ち上がって叫びました。
私は、この試合に「奇跡」という言葉を使いたくないです。(どっかの記事が奇跡といってましたが)
ボクシングに奇跡はないです。
何があろうと、最後に腕を上げられた選手の勝ちなんです。
その勝ちを呼び込むのは、実力です。
ああ、もう、なんだろう?
たかおさんの感動とか興奮とか、わかりますよ!
私もほんと、言葉じゃ表現できないくらいに感動してますから!!
内藤選手が勝ってくれて、最高に嬉しいです!!!
もちろん僕も、本気で「初防衛戦で負けてもいい」
なんて思ってませんよ(笑)。
>まりぃさん
そうですね、「奇跡」という言葉には違和感がありました。
絶対不利の予想を覆したのですから、そういう表現も
決して不適切ではないはずなんですけどね。
これまでの内藤選手の歩みを知っている者としては、
着実に力をつけた内藤選手が、この夜はポンサクレック
選手よりも強かった。ただそれだけのような気がしています。