10月19日、8月に世界タイトルを獲ったばかりのWBA世界ミニマム級
チャンピオン、新井田豊の突然の引退が発表された。
これにはボクシングファンの誰もが驚いたはずだ。世界王者が一度の
防衛戦も行わずに引退するのは、日本では初めてのことだったからだ。
そして新井田がまだ23歳と若く、同時にこれまでの日本人選手とは
比較にならないほどのセンスを持った「天才」として評価されていた
ことで、引退を惜しむ声、疑問の声が一層多く上がった。
引退の理由は「腰痛の悪化と、世界を獲ったことによる達成感から来る
気力の低下」と報じられた。しかしどうも釈然としなかった。
ボクシングは、ハードな割に身入りが少ないスポーツである。
日本チャンピオンの多くが、他の職業を持ちながら練習、試合をしている。
また世界に挑むにしても、挑戦者として手にするギャラはごくわずか。
世界を獲っただけでも駄目で、防衛戦をやってこそ初めて稼げるのだ。
つまり新井田にとって、ボクシングは「金」ではなかったということになる。
そんな厳しい中でボクサーがボクシングを続ける最大の理由は、
「ボクシングが好きだから」という思いである。しかし新井田は
日本チャンピオンになった頃、「ボクシングはあまり好きではない。
リングは嫌な感じのする場所」と語っている。つまりこれも動機にならない。
溢れんばかりの才能に恵まれたボクサーは、しばしばその才能を持て余す。
ライト・ヘビー級に上がってからというもの、力の差がありすぎる相手との
無気力な防衛戦を勝ち続けるロイ・ジョーンズ・ジュニアがいい例だ。
それでも彼がボクシングを続けるのは、刺激が欲しいからである。
自分を興奮させてくれるような強敵、自分の名をもっと上げてくれるような
ビッグ・ネームとの対戦をずっと望んでいるのだ。
ナジーム・ハメドにとっては、強烈な自己顕示欲がその動機となっている。
自分の強さをアピールし、スーパ-スターであり続けたいのだ。
フェリックス・トリニダードには、金銭、名誉に対する欲に加え、母国
プエルトリコに対する誇りがある。だが新井田にはそういう欲もなく、また
多くの日本人がそうであるように、母国への誇りも大した動機にはならない。
聞くところによると、新井田は世界チャンピオンになった数時間後には、
ジムの会長に引退の意思を伝えていたという。彼にとって世界チャンピオン
というのは最終目標であり、よって防衛戦などには興味もなかったのだ。
恐らく新井田にとって、ボクシングは自分の存在を証明するためのもの
であり、その目安が「世界チャンピオン」だったのだと思う。それは
「なりたい」ではなく、「ならなければならない」ものだったのだ。
彼はボクサーとしては珍しく、自分の過去を全く語らないので、なぜ
世界チャンピオンになろうと思ったのかは分からないが、とにかく
そうしなければ「始まらない」何かがあったのだろう。
確かに「大人たち」からすれば、新井田の引退決意は彼自身のわがまま
であり、莫大な金を出して世界戦を開催したジム関係者や、応援してくれた
ファンに対してどう責任を取るんだ、ということになる。
しかし「周りの人間に申し訳ないから」、そんな理由で続けられるほど
ボクシングの世界は甘くないのも事実だろう。
当然周囲の人間は彼を思い留まらせようと説得したが、最終的には
新井田本人の意思を尊重した。これはボクシング界の鉄則でもある。
本人の強いモチベーションがなければ、一瞬一秒が勝負のリングの上では
文字通り命取りにさえなりかねないからである。
やるもやめるも自分次第。もしかしたら新井田は、そういう所が自分に
合っていると思ってボクシングを始めたのかもしれない。
ボクシングは麻薬のようなもので、一度リングを降りてもまたいつか
やりたくなるとよく言われるが、新井田自身は「復帰は絶対にあり得ない」
とこれを強く否定している。動機が「世界チャンピオンになること」だけ
だったとすれば、確かにもう彼にボクシングを続ける理由はない。
今後は、以前から好きだったジュエリー関係の店を開くことを目標とし、
すでにそのための資金も貯めているという。ボクシングは終わったが、
新井田の人生における「戦い」は、今始まったばかりであるとも言える。
いずれにせよ、自分自身の納得の行く人生を歩んで欲しいと思う。
チャンピオン、新井田豊の突然の引退が発表された。
これにはボクシングファンの誰もが驚いたはずだ。世界王者が一度の
防衛戦も行わずに引退するのは、日本では初めてのことだったからだ。
そして新井田がまだ23歳と若く、同時にこれまでの日本人選手とは
比較にならないほどのセンスを持った「天才」として評価されていた
ことで、引退を惜しむ声、疑問の声が一層多く上がった。
引退の理由は「腰痛の悪化と、世界を獲ったことによる達成感から来る
気力の低下」と報じられた。しかしどうも釈然としなかった。
ボクシングは、ハードな割に身入りが少ないスポーツである。
日本チャンピオンの多くが、他の職業を持ちながら練習、試合をしている。
また世界に挑むにしても、挑戦者として手にするギャラはごくわずか。
世界を獲っただけでも駄目で、防衛戦をやってこそ初めて稼げるのだ。
つまり新井田にとって、ボクシングは「金」ではなかったということになる。
そんな厳しい中でボクサーがボクシングを続ける最大の理由は、
「ボクシングが好きだから」という思いである。しかし新井田は
日本チャンピオンになった頃、「ボクシングはあまり好きではない。
リングは嫌な感じのする場所」と語っている。つまりこれも動機にならない。
溢れんばかりの才能に恵まれたボクサーは、しばしばその才能を持て余す。
ライト・ヘビー級に上がってからというもの、力の差がありすぎる相手との
無気力な防衛戦を勝ち続けるロイ・ジョーンズ・ジュニアがいい例だ。
それでも彼がボクシングを続けるのは、刺激が欲しいからである。
自分を興奮させてくれるような強敵、自分の名をもっと上げてくれるような
ビッグ・ネームとの対戦をずっと望んでいるのだ。
ナジーム・ハメドにとっては、強烈な自己顕示欲がその動機となっている。
自分の強さをアピールし、スーパ-スターであり続けたいのだ。
フェリックス・トリニダードには、金銭、名誉に対する欲に加え、母国
プエルトリコに対する誇りがある。だが新井田にはそういう欲もなく、また
多くの日本人がそうであるように、母国への誇りも大した動機にはならない。
聞くところによると、新井田は世界チャンピオンになった数時間後には、
ジムの会長に引退の意思を伝えていたという。彼にとって世界チャンピオン
というのは最終目標であり、よって防衛戦などには興味もなかったのだ。
恐らく新井田にとって、ボクシングは自分の存在を証明するためのもの
であり、その目安が「世界チャンピオン」だったのだと思う。それは
「なりたい」ではなく、「ならなければならない」ものだったのだ。
彼はボクサーとしては珍しく、自分の過去を全く語らないので、なぜ
世界チャンピオンになろうと思ったのかは分からないが、とにかく
そうしなければ「始まらない」何かがあったのだろう。
確かに「大人たち」からすれば、新井田の引退決意は彼自身のわがまま
であり、莫大な金を出して世界戦を開催したジム関係者や、応援してくれた
ファンに対してどう責任を取るんだ、ということになる。
しかし「周りの人間に申し訳ないから」、そんな理由で続けられるほど
ボクシングの世界は甘くないのも事実だろう。
当然周囲の人間は彼を思い留まらせようと説得したが、最終的には
新井田本人の意思を尊重した。これはボクシング界の鉄則でもある。
本人の強いモチベーションがなければ、一瞬一秒が勝負のリングの上では
文字通り命取りにさえなりかねないからである。
やるもやめるも自分次第。もしかしたら新井田は、そういう所が自分に
合っていると思ってボクシングを始めたのかもしれない。
ボクシングは麻薬のようなもので、一度リングを降りてもまたいつか
やりたくなるとよく言われるが、新井田自身は「復帰は絶対にあり得ない」
とこれを強く否定している。動機が「世界チャンピオンになること」だけ
だったとすれば、確かにもう彼にボクシングを続ける理由はない。
今後は、以前から好きだったジュエリー関係の店を開くことを目標とし、
すでにそのための資金も貯めているという。ボクシングは終わったが、
新井田の人生における「戦い」は、今始まったばかりであるとも言える。
いずれにせよ、自分自身の納得の行く人生を歩んで欲しいと思う。