ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

人との接触を避けた週末

2021-01-17 18:25:16 | 旅行記
人との接触を避けるべく。
とは言っても感染には“会話をして飛沫を飛ばすこと“ということが要因。
お寺のお勤めならば会話も少なく、読経も一定の方角のみを向いており向かい合わせにならない、そして何よりも祈祷する、ということで長谷寺の朝のお勤めに参加。




冬季は朝7時からのお勤め、30分前の6:30から受付開始なのでそれにあわせて名古屋を早朝に出発
長い回廊も他には人がおらず。

長谷寺と言えば花のお寺。今は寒椿が咲き始め。

夜明け前、幻想的です。

受付をしてお堂で待っています。



まだ、夜明け前。
思ったほど寒さは厳しくなく、冬にしては少し暖かいですがやっぱり凜とした寒さが感じられます。
おつとめの前に若い僧侶の方の説明。前回もうかがいましたが、山の中のお寺ということで僧侶の方の読経も力強いものでした。そして周囲の山々に向かっても読経を。
今回は、渡されたお経は目で追って、その力強い、そして美しい節のお経を聞くことに。やっぱり素敵な、そしてなにか心の中が洗われる気持ちが。元々、ご本尊の十一面観音、疫病退散の御利益も有り、更に、足元も、右足が前に出ていて今すぐにでも衆生を救おうとしているお姿(今回は足元へ行く特別拝観はありませんでしたが)。
最後には30人近い僧侶の方達が背後の舞台へ回り周囲の山々に向かって読経。その読経が山々に響きます。この季節、ちょうどその時に朝の陽光が山の端から。その朝日が五重塔を照らしはじめ神々しく輝き始めます。
朝のお勤めが終わるとお勤めに参加した我々に大きな声で“おはようございます”と。
最後に、お勤めを終わった僧侶の方からのお話しを。
今回、朝のお勤めに参加したのは我が家を含めて5人。
暖かい冬とは言え寒さは厳しいですが身も心も引き締まりました。
朝の境内を。




擬宝珠(ぎぼうし)を














朝の夜明け前に通った回廊も明るく。



いつも買う草餅を



桜の花の入った桜羊羹も。
とても美味しい草餅です。賞味期限は一日。翌日になると固くなってしまいます。余分なものが入っていない蓬(ヨモギ)の味が美味しい草餅。
このまま名古屋へ。
昼前には名古屋へ。



ご近所の喫茶マウンテンさんへ。
ここは、独特なメニューとボリューム感満載で有名です。いつもは遠隔地、関東はもちろん四国九州のナンバーの車が沢山。でもこのご時世、域外の車はありませんでした。
今日は名古屋スパゲッティ

その量の多さに、危うく残しそうでしたが完食。
ちなみにこのお店で食べ残す事を”遭難した“、完食すると“登頂した”と。お店の名前に因んで登山に例えるようです。
夜はこれもご近所のラーメン屋さんへ。





おばあちゃんがやっていて週末は息子さんがお手伝い。何故か、いつもよりお客さん多かったです。この飲食店が厳しい世の中、皆さん心配してきているのかな。いつもは鳴らない電話も多数。営業時間の問い合わせみたいです。こんなこと20年以上通っていて初めて。
やっぱり街のお店、昔からのお店、愛されているのですね。
日曜日は朝起きて、愛知県知多半島へ。
豊浜のさかな広場へ。


顔なじみのおじさんに、お勧めを聞くと、ブリかな、と。でも脂がのっていて美味しそうでしたが、大きすぎてとても我が家だけでは無理、ということで天然のサワラと金目鯛を。
夜のお酒の魚、肴。
観光客も殆どいないのでいつもは避けていいる海沿いの道を



よく見ると野球部の学生さんがランニング、トレーニング



日本有数の貿易港、名古屋港への船も遠くに見えます

いつもは巨大な自動車運搬船が通りますが、やはり厳しい世界経済のせいか、今日は見えませんでした。
暖かい知多半島
もう、菜の花が。



人間の世界はゴタゴタしていても自然は淡々といつもとは変わらず。
武漢肺炎で世界がひっくり返り、そして、それに対応出来ない情けない日本政府、と思っていてテレビを観ていたら、都会ではもう、自らの行動を律することの出来中かなった人達。自分だけは大丈夫、きちんと対策している、予定していた旅行、と、おかしなインタビューへの回答。そして歩行者天国が無くなって逆に人が密になっているという訳の分からないことを。
日本人も欧米並みに強力な強制力ないと無理になってしまったのかな?



















コメント (2)
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