自民党の1986年意見広告
国鉄分割民営化の前年の1986(昭和61)年5月22日、自民党は全国紙に意見広告を出した。それは、国鉄分割民営化後の懸案事項に関して不利益がないことを「公約」したものだった。意見広告に明記された公約は次の六つである。
●民営分割 ご期待ください。
・全国画一からローカル優先のサービスに徹します。
・明るく、親切な窓口に変身します。
・楽しい旅行をつぎつぎと企画します。
●民営分割 ご安心ください。
・会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません。
・ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。
・ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。
連載最終回となる本稿では、「ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。」について再考する。果たしてこの公約は守られているのだろうか。
赤字路線公開で進むJR再編の動き
2020年代に入り、世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスは、日本の鉄道事業者にも大きな影響を与えた。JRグループでは、新幹線や首都圏の主要路線でさえも一時的にほとんど乗客がいない「空気輸送」の状態に陥った。そのため、JRグループは未曾有(みぞう)の危機から脱却するため、赤字路線の見直しを進める動きを加速させた。
JRグループのローカル線問題を考える際、
・本州3社(JR東日本、JR東海、JR西日本)
・三島会社(JR北海道、JR四国、JR九州)
を分けて考えると、問題の本質がより見えてくる。ここではまず本州3社に焦点を当てる。
国鉄が分割民営化された際、本州3社は大都市圏の在来線や新幹線の収益で、赤字路線を内部補助する体制で発足した。また、旧国鉄の一部の債務も引き継いでいる。しかし、コロナ禍により各社とも巨額の損失を抱えることになり、この内部補助は機能しなくなった。
2022年4月11日、JR西日本は輸送密度2000人未満の17路線30区間の経営情報(輸送密度や収支など)を公開した。同年7月28日には、JR東日本も輸送密度2000人未満の35路線66区間の経営情報を明らかにした。一方、JR東海は同年8月4日の社長会見で、現時点で廃線の予定はなく、収支公表による自治体との議論を喚起する必要もないという立場を示した(『日本経済新聞(電子版)』2022年8月4日付)。
JR東日本やJR西日本が赤字路線の見直しを進める背景には、限られた人材をより収益性の高い事業に集中させたいという経営方針や、JR東海に比べて新幹線の旅客運輸収入の割合が低いといった事情があると考えられる。
JR東海は、高収益を生む東海道新幹線を抱え、営業距離が本州3社のなかで最も短いため、路線運営コストが比較的低い。これにより、JR東日本やJR西日本よりも利益を確保しやすい立場にある。
赤字路線の現実
次に三島会社(JR北海道、JR四国、JR九州)について見ていこう。
三島会社は赤字路線がほとんどで、営業損失が確実と予想されていたため、経営安定基金が設けられ、その運用益で営業損失を補う仕組みになっている。この基金は、経常利益が営業収益の1%になるように、年利7.3%で運用することを想定して設定されていた。しかし、その後金利が低下したため、運用益が減少し、利益を確保するのが次第に難しくなった。
そのなかでも、JR九州は駅ビルや不動産といった鉄道以外の事業に力を入れ、営業利益を生み出すことで上場の条件を整えた。2016年4月1日にJR会社法の適用除外となり、同年10月25日に東京証券取引所、翌26日に福岡証券取引所へ上場し、完全民営化を達成した。しかし、コロナ禍の影響を受け、2020年5月27日の社長会見で、同社は初めて路線別収支を公表した。その結果、全ての路線が赤字であることが明らかになった。青柳俊彦社長(現・会長)は、厳しい収支状況を沿線の住民と共有し、地方ローカル線の維持や継続のために知恵を出したいという考えを示した(『交通新聞』2020年6月1日付)。
JR四国は2019年3月22日に、初めて路線別収支を公表した。2022年度には、予土線など3路線4区間が1日あたりの輸送密度が1000人未満であった(JR四国「2022年度線区別収支及び営業係数の公表について」)。当時の西牧世博社長(現・会長)は、路線の存廃について「入口の協議」を行いたいという意向を示していた。
2024年6月に西牧氏から社長を引き継いだ四之宮和幸氏は、JR四国が2023年度に黒字に転換したことを挙げて、赤字路線の存廃協議を先送りすることを発表した。同社の泉雅文顧問(第4代社長)も最近、赤字路線を廃止しても収支改善はわずかであり、地域と大きな対立を避けるべきだと述べている(『読売新聞オンライン』2024年7月14日)。
ただ、四之宮氏は社長に就任後、メディアとのインタビューで鉄道の存続が地域の価値を高めるのであれば、そのための費用負担について議論する必要があると発言した(『読売新聞オンライン』2024年8月4日付)。これは、JR四国単独での恒久的な鉄道存続を約束しているわけではない。
筆者(大塚良治、経営学者)としては、ステークホルダーが協力して鉄道を支えるべきだという意味に受け取っている。今後は、2024年3月22日に開業したJR四国高松駅ビル「高松オルネ」のような非鉄道事業の成否が、赤字路線の行方に影響を及ぼすだろう。
鉄道と地域価値の接点
一方、JR北海道は度重なる事故や不祥事の影響で、経営難が広く知られるようになった。2016年11月18日には「当社が単独では維持することが困難な線区について」を発表し、安全投資や修繕費の削減が過去の事故を招いていたことを反省し、赤字路線の整理による収支改善へと方針を転換した。
1日あたりの輸送密度が200人未満の3線区を「赤色線区」とし、廃止の方向性が確定した2線区とともに、鉄道以外の交通手段への転換を進めている。現在残っているのは留萌本線の深川〜石狩沼田間のみだ。
輸送密度が200人以上2000人未満の「黄色線区」に関しては、2023年度中に自治体の費用負担を含む路線維持の結論を国に報告する予定だったが、コロナ禍を理由に3年延期が認められた。
一方、北海道は「黄色線区」のなかで観光利用が多い富良野線、釧網本線、根室本線釧路〜根室間の維持により、年間約330億円の経済波及効果があると試算を公表した。
会計上は赤字でも、社会的な効果を生み出す路線の運営費用をステークホルダーが負担することは、地域価値を維持するための投資と考えられる。そのため、継続的な路線運営を実現するための共通の合意点をぜひ見つけてほしい。
株主重視の復旧判断
人口減少やモータリゼーションの進展によって、赤字路線をめぐる状況はますます厳しくなっている。しかし、近年では気候変動にともなう自然災害の激甚化も鉄道の維持に対する新たな脅威となっている。
例えば、2017年7月の九州北部豪雨によって不通が続いていた日田彦山線の添田〜夜明間は、2023年8月28日にバス高速輸送システム(BRT)として再開した。また、令和2年7月豪雨では、肥薩線の八代〜吉松間が第一・第二球磨川橋梁の被災により長期運休を余儀なくされたが、八代〜人吉間については2024年4月4日に熊本県と鉄道復旧に向けた基本合意書を締結した。一方で、人吉〜吉松間については復旧の見通しが未定のままである。
JR東日本では米坂線の今泉〜坂町間、JR西日本では美祢線など、災害によって長期間不通になっている路線が存在する。鉄道の復旧にあたっては、復旧後の路線運営についてもステークホルダーの協力体制を築くことが求められる。
JR九州に限らず、JR各社は被災路線の復旧可否を厳しい視点で判断しているように見える。特に上場しているJR4社は、株主価値を無視できないためだろう。一方、非上場のJR北海道も赤字路線の整理を進めているが、その背景には大幅赤字がある。非上場の場合、もし恒常的に黒字を確保できるようになれば、赤字路線の整理に向けたプレッシャーは上場会社よりも緩やかだろう。
JR北海道、急務の経営改革
さらに重要な問題として、JR北海道の経営を根本的に改善するためには、JR貨物がJR旅客会社に支払う線路使用料に適用される「アボイダブルコスト(AC)」ルールの見直しが急務である。現在、JR北海道が収受している線路使用料は、貨物列車の運行に必要な経費を大幅に下回っている。このため、見直しが必要だ。
しかし、JR貨物からACを剥奪すると、線路使用料が大幅に増加し、JR貨物の負担能力を超えてしまう可能性がある。この問題については別の機会に詳しく検討するが、JR貨物の経営を維持するためには
「JRグループの経営形態の変更」
が必要だと筆者は考えている。
また、赤字路線の現状を検証することも重要である。最近、秋田県鹿角地域に行く際に時刻表を確認したところ、IGRいわて銀河鉄道線の盛岡発花輪線直通列車が日中は3〜4時間ごとに運行されていることに気づいた。スケジュールの関係で、行きは花輪線を利用できず、盛岡駅から高速バス「みちのく号」で鹿角花輪駅へ向かった。
みちのく号は、途中で前潟イオン盛岡や鹿角花輪駅前を経由し、岩手医大病院・盛岡〜大館間を結んでいる。早朝から夜19時台、大館発は17時台まで、おおむね1時間に1本のペースで運行されており、座席にはUSB充電設備が備えられている。また、交通系ICカードも利用できる上、新聞の無料サービスも提供されており、まさに充実したサービスで、花輪線にとって強力なライバルとなっている。
JR東日本の東北エリアでは、盛岡〜宮古間を結ぶ山田線で、2024年4月1日から2025年3月31日までの期間中、山田線の乗車券で並行する高速バス「106バス」に乗車できる実証実験が行われている。この実験で得られた課題を検証し、花輪線の乗車券でもみちのく号に乗れるようにするのはどうだろうか。
なお、2024年10月1日からはJR東日本の東北エリアで、インターネットから乗車券・特急券(特急券のみの購入は不可)を購入できる「えきねっとQチケ」が始まる。事前にきっぷを購入する手続きが必要だが、クレジットカード決済によるキャッシュレス乗車が可能になる。2026年度末にはJR東日本全エリアにサービスが拡大され、地方交通線の活性化が期待されている。
JR改革の難題
ここで、本稿の結論を述べる。特定地方交通線以外の路線廃止が進んでいるため、政府・与党の公約は守られていないと判断する。一方で、国鉄分割民営化から37年以上が経過し、社会環境が大きく変わったことを考慮すると、
「JRを批判するだけでは問題は解決しない」
ことは明らかだ。完全民営化後の民間企業の経営に国が干渉することは難しいということは、初めからわかっていたのではないだろうか。JR各社の完全民営化が目標とされた時点で、多くの公約が守られなくなることは既定路線だったといわざるを得ない。
JR会社法附則第2条(平成13年6月22日法律第61号)には「新会社(本州3社−筆者注)がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」(国土交通大臣指針)を定めて公表する旨の規定がある。この指針では「新会社は、鉄道事業法(中略)第28条の2の規定により現に営業している路線の全部又は一部を廃止しようとするときは、国鉄改革の実施後の輸送需要の動向その他の新たな事情の変化を関係地方公共団体及び利害関係人に対して十分に説明するものとする」と定めている。しかし、この大臣指針は「歯止め」にはならず、特定地方交通線以外の路線廃止は続いている。
さらに、六つの公約に整備新幹線の並行在来線の取り扱いが明記されていなかった点も問題だ。1984年12月26日に自民党の5役会議は、国鉄分割民営化にともない発足する新会社を配慮し、整備新幹線開業時に並行在来線を廃止することを決定していた(角一典「並行在来線経営分離問題をめぐる政治過程−北陸新幹線建設における信越本線経営分離を事例として−」『関東社会学会大会報告』2001年6月9日)。
こうした事実を考慮すると、並行在来線の扱いについても公約に明記すべき重要な事項だったはずだ。経営分離の対象となる並行在来線は、距離が100kmを超えることもあり、沿線地域に与える影響は大きい。したがって、六つの公約のなかに
「ローカル線(特定地方交通線・新幹線の並行在来線以外)もなくなりません。」
といった内容を盛り込むのが妥当だったと思う。歴史に「もし」はないが、もし並行在来線の廃止が公約に記載されていれば、国鉄分割民営化への反対意見が高まり、民営化の手続きにも影響を及ぼしていた可能性があったと考えてもいいだろう。
鉄道ネットワークの未来
当時の政権が目指していた国鉄分割民営化の目的のひとつは、
「国と一部の労働組合との関係」
を断ち切ることだった。国が新会社に関与し続ければ、労働組合との関係も継続してしまう。それを避けるため、JR各社に対して国との資本関係を完全に解消するよう求めたのかもしれない。
しかし、国と上場しているJR4社の資本関係を切ることは、赤字路線の維持には逆効果となっている。この問題を解決するためには、
・NTT(日本電信電話)
・JT(日本たばこ産業)
・JP(日本郵政)
と同様に、国がJR各社の株式の一定割合を保有し続ける制度を設計するべきだった。
今後、赤字路線の問題は
・JR貨物の線路使用料問題の解決を含むJRグループの経営形態変更とそれを実現するための制度的な手当て(財源確保策を含む)
・利用促進策・路線価値向上
の2本柱で検討する必要がある。後者に関しては、実行可能な路線を観光鉄道に転換する施策や、文化財として未来に残すための制度設計が考えられる。多様なアプローチで鉄道ネットワークを維持する必要がある。
ワンJR実現の道筋
最後に、本連載を通じて公約が守られたかどうかを評価して締めくくりたい。
・全国画一からローカル優先のサービスに徹します:△
・明るく、親切な窓口に変身します:△
・楽しい旅行をつぎつぎと企画します:〇
・会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません:×
・ブルートレインなど長距離列車もなくなりません:×
・ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません:×
「×」が6項目中3項目を占めており、公約は全体として守られていないと判断する。
民営化によって設立されたJR各社は、経営努力を重ねた結果、旅客サービスが向上した面も確かにある。しかし、一方で分割によってJR各社の連携が薄まり、境界駅での乗り換えの増加やサービスの分断といった旅客に不利益をもたらす状況も生じている。JR各社は自社の利益を優先するあまり、他の交通機関との競争でサービスが劣るケースも見られる。さらに、赤字路線の廃止に向けた検討も全体として進んでいる。
結局、各社の壁を乗り越えて
「ワンJR」
を実現することが、鉄道の競争力を回復させる最善の道である。そのためには、国をはじめとするステークホルダーの協力が必要だ。国が鉄道を支援するために、鉄道利用者から徴収する「ユニバーサル料金」の導入も提案したい。
JR各社が団結することで、JRの未来を切り開き、JRを取り巻くステークホルダーへの最大の利益還元につながると確信している。