降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★政府マニュアルを入手せよ!=『平成紀』を読む(15)

2016年09月20日 | 新聞/小説

(9月19日付の続きです。写真は本文と関係ありません)

青山繁晴さん(1952〜)の『平成紀(へいせいき)』(幻冬舎文庫、税別540円)を読んだ。
青山さんが、あの1987(昭和62)年から共同通信政治部記者として「Xデー」を担当した最前線リアルを活写した情報小説。
わずか195ページ、とても面白かった。
というわけで、Xデーをめぐり、あのとき共同通信社の深奥で、さらに官邸で何があったのか、そして僕たち新聞社サイドでは……の第15回。
*青山繁晴(あおやま・しげはる)さん
1952年、神戸市生まれ。
慶應義塾大学文学部中退、早稲田大学政治経済学部卒。
共同通信記者(1979〜1997年)、三菱総研研究員を経て2002年、日本初の独立系シンクタンク「独立総合研究所」社長兼、首席研究員に就任。
2016年、参議院議員に当選。

*幻冬舎文庫『平成紀』主な登場人物
▽楠陽(くすのき・よう)=通信社の政治部記者。
青山さんの等身大キャラ、35歳
▽常石功(つねいし・いさお)=別の通信社の政治部記者
▽元寇=佐藤元行(さとう・もとゆき)=楠が勤務する通信社の政治部デスク。
元行から元寇(げんこう)と呼ばれている
▽吉野庄一(よしの・しょういち)=通信社の官邸キャップ。岩手県花巻生まれ
▽赤錆(あかさび)さん=崩御に関して政府が動くマニュアルを司る実務責任者と評される高官
▽中曽根康弘(なかそね・やすひろ、1918〜)=第73代総理大臣。この小説では第3次内閣(1986年7月〜87年11月)


【幻冬舎文庫『平成紀』70〜71ページから】
元寇デスクから要求された取材は、大きく分けて四つある。
第一に、天皇陛下のご容態を正確に摑み❶、発表では隠される部分を全て通信社が知っているようにすること。
第二に、天皇崩御の瞬間を発表の前に、しかもどの社よりも世界へ打電、速報すること。
第三に、昭和に代わる元号は何か、考案者は誰かを新元号発表の前に「抜く」❷こと。
第四に、内閣が用意しつつあるマニュアルの全容を入手することであった。
元寇デスクがマニュアルを欲しているのは、楠が赤錆に話した理由からではない。
元寇は九階別室で鉛筆を舐め舐め「Xデイ予定稿」を毎日、書いては積み上げ、積み上げては破って捨てている。
崩御をめぐる政府の動きを事前に予測して原稿をつくり置きし、それを事前に通信社に加盟する新聞や放送局に送り、「ニュースの問屋」と自らを呼ぶ通信社として良い仕事をしていると言われたい。それが本音❸であった。
(中略)
元寇は、楠に天皇班入りを命じた翌日、「あんたにばっかり負担をかけたくないんだけどさ」て言いながら大きな三枚の紙を手渡した。右肩がひどく上がった文字で「四つのこと」の細部が、びっしりと書き込まれていた。

❶摑み
新聞社校閲部の赤鉛筆がぴたっと止まるところ。
「記者ハンドブック・新聞用字用語集第13版」では〈漢字表にない字〉なので平仮名表記にしましょう、としている。
つかむ(摑む)
➡︎つかむ。つかみどころがない、手づかみ、わしづかみ

——平仮名にすると1文字増えちゃうから、もうそろそろ使えるようにして欲しいな、と思う整理部であった。

❷新元号発表の前に「抜く」
うーん、これは怖い。
「昭和」元号のときもそうだった(らしい)けど、一歩間違うと通信社が吹っ飛びかねない。
共同通信社から配信を受ける新聞社側も独自に取材するし、たとえ「新元号」が分かっても果たして……どうなんだろう。

❸崩御をめぐる政府の動きを……それが本音
「通信社として良い仕事をしていると思われたい」
——共同通信の意外な本音に、拍子抜け&びっくりしたところ。

なぜ「マニュアル」が必要なのか。
赤錆高官に夜討ち朝駆けした楠記者(➡︎つまり、青山さん)が直撃している。
【69〜70ページから】
赤錆の眉を寄せた厳しい表情に、微かな変化があった。何を物語る変化なのかは分からない。
「それを政府に任せきりにするわけにはいきません。国民の側のチェックが必要です」
「つまり、何ですか」
「マニュアルです」
「マニュアル。そんな便利なものはないよ」
「はい。マニュアルはないと思います。
憲法も皇室典範も、敗戦後につくった法律はすべて、天皇陛下の御代の代替わりへの準備ができていないとわたしは思います。
だから政府はたった今、法律にない具体的な手続きを補うためにマニュアルを作っているはずです」
「私は何も言えませんね」
「はい。しかし国民の意見を聴く耳はお持ちだと思います。取材でなくて結構です。
わたしがひとりの国民として考えていることを聞いてください」
半分は嘘だと、冷やりとする思いで赤錆の反応を待った。


取材対象者と記者の信頼関係を構築するシーン。

というわけで、続く。
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▼1988=昭和63年参考データ
▽2月10日=「ドラゴンクエストⅢ」発売。初日で100万本完売
▽3月17日=東京ドーム落成
▽7月6日=リクルート江副浩正会長、未公開コスモス株譲渡で辞任
▽9月19日=天皇が吐血・下血し容体急変
▽9月24日=ソウル五輪でベン・ジョンソンの金メダル剥奪。
鈴木大地さんが100m背泳ぎで金メダル
▽11月17日=東京外為1㌦121円52銭の戦後最高値更新
▽12月5日=天皇の最大血圧が40台まで落ち「極めて危険なご容体」に

▼1989=昭和64=平成元年参考データ
▽1月2日=天皇は体内出血があり、計1,400ccの輸血を受けた。
前年9月吐血以来の輸血総量は30,865ccに

▽1月4日=大発会で東証平均が 30,243円66銭の最高値更新。
米海軍機が地中海上空でリビア軍機2機撃墜。
▽1月5日=天皇、最大血圧が60に降下。
輸血を受けるも回復遅く、尿毒症の症状
▽1月7日=午前6時33分、十二指腸部の腺がんのため、昭和天皇87歳で崩御。
皇太子明仁親王が即位。
翌8日施行の新元号を「平成」と発表
▽1月8日=竹下首相を委員長に大喪の礼委員会設置
▽2月24日=大喪の礼。
164カ国の代表・使節参列

▽4月1日=消費税3%スタート
▽4月26日=民主化を求めて天安門広場に集結していた学生市民を、中国戒厳部隊が武力制圧
▽6月3日=歌手・美空ひばりさん死去。52歳
▽11月4日=横浜の坂本堤弁護士一家3人が行方不明に
▽11月9日=「ベルリンの壁」崩壊
▽12月29日=東証平均株価 38,915円の史上最高値