インタビュー 米国で黒人初の国連大使 アンドリュー・ヤングさん――心の壁を乗り越える2021年5月11日
- 企画連載 私がつくる平和の文化Ⅲ
「私がつくる平和の文化Ⅲ」の第5回は、米国で黒人初の国連大使となったアンドリュー・ヤングさんです。マーチン・ルーサー・キング・ジュニア博士と共に公民権運動をリードして人種差別と戦い、下院議員、アトランタ市長など政界でも活躍しました。ヤングさんに、非暴力の精神や分断を克服する鍵について聞きました。(聞き手=木﨑哲郎、サダブラティまや)
――世界では今、人種差別をはじめ、さまざまな「分断」が起きています。こうした問題の根底にあるものは何でしょうか。
私は、相手を知らないことからくる「恐れ」だと思っています。それは、人と人の「差異」から生まれます。人は自分と同じグループの人たちに対しては安心感を抱きますが、そうでない人たちには、よほどの信頼関係がない限り、不安を抱くことが多いでしょう。
私には4人の子どもがいますが、一番下の娘が3歳の時、私の膝の上にちょこんと座ってこんなことを言いました。「私とパパの肌の色は茶色だけど、お姉ちゃんとママは少し黄色ね」
幼い娘が、なぜこんなことを気にしたのかは分かりません。でも一つ言えるのは、差異とは、小さな子どもでさえも敏感に感じ取ってしまうものだということです。
差別と向き合うとは、人間の差異を理解し、それを尊重することです。それには困難な努力が伴いますが、実践する最適の場は家庭です。家族は一番身近な存在ですが、それゆえに、対立が生じた時は互いを深く傷付けます。そうならないためにも、日頃から相手を敬い、考えを認め合っていけるかが重要です。ゆえに家庭が、社会の分断を乗り越える「訓練の場」となるのです。
また、私は大学などで講演する機会がありますが、最近の学生たちを見て気になるのは、学生同士が「話をしない」ことです。なので私は演壇に立つ時は、学生たちに「皆さん、今から隣に座っている人に自己紹介をしましょう。そして握手をしてください」と呼び掛けます。そうすることで、新たな関係が生まれるのです。
私たちは、自分一人では本当の意味で人間になることはできません。人間性とは、他者に心を開き、分かち合うことで磨かれるからです。私たちは皆、家族や仲間と共に生きていく存在であることを忘れないでください。
――キング博士と共に人種差別と戦われました。その中で、深く心に残っているエピソードを教えてください。
1962年、キング氏がジョージア州オルバニーで投獄された折、私は連絡係になりました。
あれは最初に刑務所を訪れた時のこと。キング氏との面会を申し込むと、白人の巡査部長は顔を上げようともせず、「こっちのチビの黒ん坊が、そっちのデカい黒ん坊に会いたいそうだ」と声を荒らげました。(※)
警棒と銃を引っさげた巡査部長は、相撲取りのような大男でした。その日は何とか中に入れてもらい、私はキング氏に、巡査部長から差別的な言葉を浴びせられたと苦情を伝えました。
するとキング氏は、こう言ったのです。「これこそ君に課せられた問題だよ。巡査部長と、どういう人間関係をつくるかだ。良い方法を見つけるんだよ」
翌日、私はあることを試みました。巡査部長の制服にあった彼の名前を読み上げ、「おはようございます、ハミルトン巡査部長。ご機嫌いかがですか」とあいさつしたのです。
これには巡査部長もびっくりし、あたふたしていました。さらに私は、彼の体格から予想して、「フットボールの経験があるのですか?」と尋ねました。
すると彼は、ニコッと笑みを浮かべました。そこから彼の出身校や、同郷のフットボール選手の話題で会話が弾み、その後も語り合う中で、私たちは友人のような関係になることができたのです。
それから20年ほど後、国連大使としてある街で演説した時のことです。その巡査部長がわざわざ会いに来てくれたのです。緑のジャケットに白いパンツ姿の彼は、威圧感もなく爽やかで、全くの別人でした。彼は私に言いました。
「もしあなたたちがオルバニーの刑務所で私と向き合ってくれなかったら、今も、かつてのような価値観で生きていたでしょう。だから今日はお礼がしたいのです」
――キング博士のアドバイスによって、人種や立場の違いを超えて、人間として友情を結ばれたのですね。ヤング元大使にとって、アメリカ公民権運動の「非暴力」を支えた哲学とは、どのようなものですか。
マハトマ・ガンジーの言葉を借りれば、非暴力は「魂の力」です。人間は、単なる肉体的な存在ではなく、何より精神的な存在です。私たちは精神の力によって、本当の意味で勝利を手にすることができるのです。
非暴力の精神を象徴する出来事をお話ししましょう。64年の夏の日、私たちが何週間もデモ行進を行ったフロリダ州のセント・オーガスティンで起きたことです。
私たちに対して暴力を振るい続けた「クー・クラックス・クラン(白人至上主義の集団)」が、ある日の夕方に行進を始めました。それを見た黒人の人々は、あれほど敵意をぶつけてきた彼らに対して、罵声の代わりに美しい歌声を届けたのです。「わが心ですべての人々を愛す」と歌い、彼らを迎え入れました。これこそ非暴力主義の振る舞いでした。
思えば私自身、多様な価値観の中で育ちました。故郷のニューオーリンズでは近所の子どもの大半が白人でしたが、学校では全生徒が黒人でした。私は中産階級で、他の生徒の多くは貧しい家庭でした。また地域住民のほとんどがカトリック系だったのに対し、わが家はプロテスタントでした。私は常に、人種、経済、宗教の違いなど、他者を排除する壁を乗り越える必要があったのです。
歯科医だった父からは、いつも「感情的になってはいけない。賢明になりなさい」「精神の力こそ、お前が生まれ持った最も強い武器だよ」と教わりました。
怒りに身を任せると人間の思考はまひします。人間は、知恵と精神の力で、どんな困難も乗り越えることができるのです。私は現在89歳ですが、「賢くあれ」との父の言葉を今も大切にしています。
――育った環境の中で、知恵と精神の力を培ってこられたのですね。ヤング元大使は、政界に進出した後も、一貫して率直な対話を実践してこられました。
私はカーター政権下で国連大使の任命を受け、77年に南アフリカを訪問したことがあります。この国では、アパルトヘイト(人種隔離政策)によって、黒人が抑圧され、尊厳を踏みにじられてきました。
現地では、何人もの黒人指導者と会いましたが、白人の政治家とは話す機会がありませんでした。そこで私は、「政府の中で一番の差別主義者は誰ですか?」と聞いてみたのです。周囲は猛反対しましたが、私は「その人こそ、話し合うべき相手だ」と決め、すぐに電話をし、会う約束をしました。
家に着くと、彼は一言のあいさつもなく、責め立てるように質問をぶつけてきました。なかでも最後の問いが印象的でした。「あとどれくらいで大量殺戮が起きると思うかね」と尋ねてきたのです。
「殺戮? そんなこと起きるわけがないでしょう」と私が答えると、彼は語気を強めました。「どうしてそんなことが言えるのだ! この国の黒人たちは必ず暴動を起こす。そして、われわれ白人全員を殺すに違いない!」と。
彼の心の奥底にあるものを見た瞬間でした。黒人に対する「恐怖」が生んだ「憎悪」でした。これがアパルトヘイトをつくりだしていたのです。
私は彼に粘り強く語り、アメリカでは黒人と白人が共に生きようと努力してきた前例があること、さらに、南アフリカの民主化が平和裏に進むよう応援したいとの政府の意向を伝えました。そして、アメリカの大統領の電話番号を伝え、彼の家を後にしたのです。
その後、彼は実際に大統領に電話をかけたようです。やがて、彼とアメリカの副大統領との会見が実現しました。そして後年、ネルソン・マンデラ氏の出獄、さらに南アフリカの民主化へと流れができていったのです。
――重要な証言です。勇気ある「対話」の行動が、平和と共存の道を開いたのですね。私たちは、身近なところでどのように実践すればよいでしょうか。
人の心とは繊細なもので、ともすると「心のバリア」をつくり、閉ざしてしまいます。ですから私は、多くの人に「自分から話し掛ける」努力を続けてきました。そうすることで、相手だけでなく、自分自身の心のバリアも乗り越えてきたと感じています。
決して難しいことではありません。必要なのは「スマイル」と「ハロー」(あいさつ)です。この二つの実践から、コミュニティーの建設は始まるのです。人間を隔てる壁は、人種だけでなく、男女をはじめ、さまざまな違いの中に存在します。
それらを打ち倒すために、自分と異なる人々を知っていこうと意識する。たとえ、現在の世界秩序の中では敵対していようとも、互いを理解し、評価するよう努める。これが、私たちが成し遂げるべき課題です。いかなる状況であっても、人間性という共通の基盤が私たち人類を深く結び付けています。そのことを固く信じて、共に進もうではありませんか。
<プロフィル> アンドリュー・ヤング 1932年、ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。キング博士と共にアメリカ公民権運動に身を投じ、人種差別と戦った。下院議員を務め、カーター政権のもとで黒人初の国連大使に任命される。その後はジョージア州アトランタの市長などを歴任。
<引用・参考文献> アンドリュー・ヤング著『道なきところに道をつくる――魂の回想録』中山理ほか訳(広池学園出版部)
※記事中の差別用語は引用文となります。
対話こそ人間の特権である。それは人間を隔てるあらゆる障壁を越え、心を結び、世界を結ぶ、最強の絆となる。
◆◇◆
二十一世紀の真の戦いは、文明と文明の戦いでもなければ、いわんや宗教と宗教との戦いでもない。「暴力」に対する「非暴力」の戦いである。それこそが「野蛮」に対する「文明」の戦いである。
池田 大作
(上は『池田大作 名言100選』、下は『君が世界を変えていく』)
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